今回紹介するのは、かかりつけ医に何かを相談したらその度に薬が増えていくという悪循環に陥り、気づけば10種類の薬を服用するようになっていた80代の女性である。
薬が増えるに従って体調は悪化し訴えが増えるため、見かねた息子さんが転医希望で連れてきたという経緯だった。
80代女性 他剤併用で具合の悪くなった方
初診時
独居。
30年来降圧薬内服中だが、1年前から上昇傾向。同時期に家族を喪っており、そのことが影響したのではないかと息子さんは考えている。
C型肝炎でインターフェロン治療歴あり。副作用で脱落するも、新薬が効いて「治った」と言われた。これが3年前。
その後、かかりつけ医に何か相談したら薬が増えるという悪循環を心配した息子さんが転医希望で連れて来られた。認知機能には問題なし。
頭部CTは特記所見なし。バイアスピリンが処方されているが、根拠は?脳梗塞痕はなく、狭心症や心筋梗塞の既往もなく、血栓を指摘されたこともないと。
「ふらふらする」と言うが、いつからかは不明。明らかな小脳症状や耳鳴、難聴などは伴わない。アデホスとユベラN、セファドールは中止。メインテートの副作用の可能性は?
血圧手帳を確認すると、時にsBP200を認めるが、120という日も少なからずある。降圧薬で追っかけすぎない方がいいかな。心不全の既往なく息切れや動悸の訴えもなし。脈不整なし。メインテートは5mgから2.5mgに減量。
ウルソは?肝炎治療中に処方され、漫然投与なのか?
次回はウルソを減量しバイアスピリンはバファリンに変更する。昼の内服を無くして朝夕にまとめ、最小限を狙っていく。
訴えは多いが、表情は明るく深刻感はない。
4週間後
「午前中のムカムカがなくなった!」と喜んでいる。
今回は、ウルソを6Tから4Tに、ムコスタを3Tから2Tに減量して朝夕とし昼の内服を無くする。
バイアスピリン100mgはバファリン81mgに減量変更、朝のユニシアHDをザクラスHDに変更して夕方に回し、夕方のアジルバ20mgを朝に回すことで、早朝高血圧対策とする。
4週間後
体調は凄く良いと。食欲が出て若干食べ過ぎてしまうと苦笑い。めまいの訴えもなし。
メインテート減量が良かったのかな。血圧は前回の工夫で平均してsBP150前後になりつつある。
難聴を認めたのでfemimiを着けて貰ったところ、その場で「よく聞こえる!」と好感触。
購入して帰られた。
4週間後
自宅血圧は平均でsBP140前後とかなり落ち着いた。
友人が訊ねてきたときに、一緒にお茶菓子など食べられるようになった。消化器症状の改善が嬉しいと。
femimiはマメに付けている。先日同窓会に参加して、ちゃんと会話が出来ているのが自分だけだったと嬉しそうに教えてくれた。
次回はC型肝炎フォロー目的で採血と腹部エコー。問題なければウルソは終了かな。
4週間後
(腹部エコー所見)
- 肝:辺縁鈍、軽度fatty liver(+)、軽度粗雑化(+)、明らかなSOL(-)。
- 胆:腫大や結石(-)
- 膵:fatty change(+)、MPD拡張(-)
- 脾:n.p
- 腎:右腎1cm大Cyst(+)、左腎に1.8cm大Cyst(+)。
- ascites(-)
- AST(GOT):19IU/l
- ALT(GPT):9IU/l
- γ-GTP:15IU/l
- HCV抗体(CLIA):陽性
- カットオフ比:14.13
- HCV核酸定量:検出せず
C型肝炎治療後の経過は良好。ウルソは終了。ムコスタはどうする?
初診から5ヶ月後
絶好調。食事は美味しく、つい食べ過ぎてしまうので体重計に乗って気をつけるようにしていると。ふらつきやめまいもなし。
バファリンがあるのでムコスタは一旦残しておくかな。
当面今の処方内容で維持かな。
良かったですね。
(前医処方)
- ウルソ(100)6T3X
- ユベラN(200)4C3X
- ムコスタ(100)3T3X
- セファドール(25)3T3X
- アデホスコーワ3g3X
- ユニシア配合錠HD1T1XM
- バイアスピリン(100)1T1XM
- メインテート(5)1T1XM
- アジルバ(20)1T1XA
- エディロール(0.75)1C1XM
(当院最終処方)
- ムコスタ(100)2T2XMA
- アジルバ(20)1T1XM
- バファリン(81)1T1XM
- メインテート(2.5)1T1XM
- ザクラスHD1T1XA
(引用終了)
減薬判断の根拠について
今回行った減薬の判断や根拠について、少し述べてみる。
セファドールやアデホスなどの抗めまい薬については、何ら躊躇することなく中止した。理由はシンプルで、患者さんが効果を実感していなかったからである。
ビタミン剤のユベラNも同様。冷え症でもなく耳鳴の訴えもない方が飲み続ける必要はない。
利胆剤ウルソ600mg/dayは、胆石や胆嚢炎の既往がなかったため、恐らくC型肝炎の治療中に処方され肝炎陰性化後も漫然と処方されていたのだろうと判断。エコーと採血で評価後に終了とした。
抗血小板薬のバイアスピリンは処方根拠に欠けるので中止でも良かったのだが、一旦バファリン81mgに減量し継続とした。頚部エコーなど評価を重ね、近い将来で終了にする予定である。
抗血小板薬については、
- 脳梗塞や一過性脳虚血発作の既往があるか?
- 頭部CTやMRIで脳梗塞を指摘されたことがあるか?
- 頚動脈エコーでプラークを指摘されたことがあるか?
- 狭心症や心筋梗塞の既往があるか?
- 循環器でエコーやカテーテル検査を受けたことがあるか?
などを確認し、一つも該当がなければ中止とすることがほとんどである。「隠れ脳梗塞があるから飲んでおきなさい」という医者の言葉は、多くの場合で当てにならない。*1
抗血小板薬は上部消化管出血のリスクを上昇させるため、大体セットでPPIやH2-blockerなどの胃酸分泌抑制薬が処方される。
全ての抗血小板薬は上部消化管粘膜障害を来しうるが、その頻度が最も少ないと思われるプレタール(シロスタゾール)を使用することが自分は多い。*2
胃酸分泌抑制薬は、H2-blockerは特に高齢者では幻視惹起に注意する必要がある他、長期連用に伴うビタミンB12や鉄の吸収低下、タンパク質消化への影響が懸念される。よって、当院が他院から処方を引き継いだ時に、抗血小板薬やステロイドと併用ではない胃酸分泌抑制薬を見つけたら、事情を確認した上で一旦止めることが多いのだが、ほとんどは問題がない。
「ピロリ菌除菌後のPPI長期使用で胃癌のリスク上昇」というニュース。 - 鹿児島認知症ブログ
抗血小板薬は上部消化管だけでなく小腸や大腸の粘膜障害も起こしうるが、胃酸分泌抑制薬は小腸や大腸の粘膜を保護してはくれないため、対策として自分はムコスタ(レバミピド)を使用することが多い。*3
私見だが、抗血小板薬の上部消化管対策もムコスタで十分と感じることが多い。
降圧薬について。
ユニシア配合錠HD(ブロプレス8mg+アムロジン5mg)にアジルバ20mgという、ARBを何故か2種類用いるという謎処方の整理が必要と感じたので、アムロジン5mgはそのままでARBはアジルバに統一し、配合剤はザクラスHDに変更した。
そして、メインテート5mgを2.5mgに減量した。
今回紹介した方が元気になった最大の要因は、メインテートの減量だったと思っている。
メインテートは、頻脈や心不全、軽度から中等度の高血圧に使用される「βブロッカー」と呼ばれる薬である。
心不全治療における重要なキードラッグではあるものの、その心機能抑制効果によるものなのか、活気が低下することをしばしば経験する。この活気低下は、メインテートが脂溶性で血液脳関門を突破することによって生じる一種の精神症状(この場合は抑うつ)なのではないかと思うこともある。
精神症状に関しては、多数例の検討では問題ないとされてはいるものの、ケースレポート好きの自分としては、「βブロッカーのインデラルという薬で用量依存性に明確なうつ症状を来した」という報告は見過ごせない。
今後、この患者さんのメインテートは更に減量して中止を予定している。
課題を分離しよう
他剤併用で具合が悪くなっている状態のことを「ポリファーマシー」と呼ぶが、個人的には医療が専門に分化しすぎたことによる必然的な弊害と捉えている。
15種類の内服を減量、調整して8種類にすることで復活した77歳女性。 - 鹿児島認知症ブログ
医者が自分の専門に特化しすぎると、例えば「胃が痛い?僕は耳鼻科医だから分からないよ。専門外だから他所で相談して」ということが起きる。
以前、とある集まりで
「自分は専門外のことには手を出さないと決めている。何かあって訴えられたくないから。」
と言った医者がいた。
これは、多くの医者の本音なのかもしれない。
「自分の専門外には手を出さない」というポリシーは、医者個人の訴訟リスク回避策としては有意義なのかもしれない。しかし、そのポリシーで仕事をする医者が増えれば増えるほどポリファーマシーは増える。
ミクロのリスク管理としては正しそうなことが、マクロでもそのまま通用するとは限らない。
認知症診療における「合成の誤謬」について - 鹿児島認知症ブログ
今回紹介した症例は、患者の訴えに応じて一人の医者がどんどん薬を増やし、ポリファーマシーになっていた。このような例も、実は結構多い。
その医者は勿論よかれと思ってやっていたのだろうが、処方後に丁寧に効果判定をしていた形跡がなく、また、「何かを足すなら何かを引く」という引き算処方の発想がなかったのは残念だった。
突き放した言い方に聞こえるかもしれないが、薬を飲むメリットとデメリットについて、医者から情報提供を受けて最終的に決断するのは患者さんである。
なので、「医者から詳しく説明してもらえなかった」、または「良く理解出来なかった」と感じたら、薬は貰わない方がよい。良くわからないまま飲んで具合が悪くなるのは、医者ではなく患者である。
特に慢性疾患の治療薬ではそうだが、将来的な病気のリスクを減らしたいと考えて薬を飲むとき(処方するとき)は、「課題の分離」ということを、医者も患者も意識した方が良い。
そして、「ゼロリスク」を求めてもならない。そんなことは不可能だからだ。
ゼロリスクを求めると、どうしても足し算的発想となりがちで、薬を無思慮に足し算していくと、必ずポリファーマシーに繋がる。
認知症、高血圧、糖尿病…「その薬」本当に必要ですか?(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)
医者の仕事(課題)とは、知識と経験に基づいた医療情報と対処法を患者に提供し、患者がそれを了承し治療が開始となったら、その後の安全性を注意深く観察しながら調整を続けることである。患者の求めるままに薬を出すことではない。
患者にリテラシーが期待できないのであれば、医者が自制して敢えて投薬しないことも時には必要である。
患者の仕事(課題)とは、医者から提供された医療情報を自らのリテラシーで判断し、治療を受けると決断したら、治療経過中のあらゆる変化を医者に伝え、共に調整を続けることである。
医者が信頼できなければ、その医者からは薬を貰わない方が良い。
どの医者を選ぶかは重要なことだろうが、互いの課題を分離することも同じぐらい重要なことである。
課題を分離せず、内服行為(処方行為)に伴うリスクも意識せずに、病気のリスクだけを減らそうとするならば、起こるべくしてポリファーマシーは起こるだろう。
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