鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

15種類の内服を減量、調整して8種類にすることで復活した77歳女性。

よその薬を減らすことが、仕事の3割近くを占めるようになりました。あくまでも体感ですが。

         薬の飲み過ぎは危険
flickr photo shared by University of Salford 

77歳女性 原因不明?の食欲と活気の低下

 

初診時

 

(既往歴)

慢性関節リウマチ 腹部大動脈瘤術後

慢性心房細動 慢性心不全 腰椎圧迫骨折

(現病歴)

昨年末に大動脈瘤の手術、しばらく寝たきりに。
その後、活気の低下、食欲低下が遷延している。脱水になったら、かかりつけの循環器病院に点滴入院。その間ずっとベッド上で、退院する頃にはより活気が落ちてしまう。これを繰り返しているうちに状況が悪化してきたようだ。


今回は傾眠と歩行困難の相談でかかりつけから紹介。水頭症などの認知症ではなかろうか?と。家族に車椅子を押されながら来院。

 

(診察所見)

長谷川式テスト:施行不可

立方体模写:不可
時計描画:不可
クリクトン尺度:32
病識:あり
レビースコア:2 傾眠
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:-
頭部CT左右差:なし DESHなし
介護保険:要介護4
胃切除:大動脈瘤でOP
歩行障害:あり?
排尿障害:以前は頻尿
易怒性:なし

萎縮の左右差はない、眼窩面萎縮は軽度あり。ATDベースなのか?多剤併用の影響は?DLB要素は感じられない。


かかりつけ医に不満あり。食事が摂れなくなったら点滴をするだけで、内服の説明や調整も殆どないと。

入院。TAPテストをしつつ賦活を図ってみよう。併行して薬剤調整も行う。

 

入院後の経過

 

TAPテストを行ったが、反応はなかった。現時点での水頭症関与の可能性は低いと考えておく。

 

内服を調べると

 

  1. バイアスピリン(100)1T1XM
  2. ラシックス(20)1T1XM
  3. ワーファリン1.5mg1XM
  4. アロプリノール(100)1T1XA
  5. ランソプラゾールOD(15)1T1XA
  6. フェキソフェナジン塩酸塩(60)2T2XMA
  7. キャベジンUコーワ(25)2T2XMA
  8. アモバン(4,5)1T1X眠前
  9. プレドニゾロン(1)4T1XM
  10. タクロリムス(1.5)1T1XA
  11. エディロール(0.75)1C1XM
  12. Lアスパラギン酸Ca(200)2T2XMA
  13. ベネット(17.5)1T1X 週一起床時
  14. セレコックス(100)2T2XMA
  15. アルジオキサ(100)2T2XMA

 

この15種類が確認出来た。(T=錠、M=朝、A=夕)

 

食欲低下が著しく、ひとまず補液を行いつつ食欲セット(ドグマチール50mg+プロマックD)を処方。リハビリによる刺激入力も開始。

 

内服は試行錯誤の末、以下の如く減量整理。

 

  1. プレタールOD(50)1T1XM
  2. ラシックス(10)1T1XM
  3. ワーファリン1.5mg1XM
  4. プレドニゾロン(1)2T1XM
  5. ランソプラゾールOD(15)1T1XA
  6. ドグマチール(50)1T1XM
  7. プロマックD(75)2T2XMA
  8. フェロ・グラデュメット1C1XM

 

発語は少ないものの、食欲と活気は明らかに向上。

補液は5日間で終了し、経口摂取確立。ムセもなし。

入院から18日後、軽介助歩行で自宅退院。

 

退院後の1回目の外来

 

ゆっくりだが、独歩杖歩行で来院。受け答えもゆっくりだが可能。娘さん曰く、別人のように元気になり、食事も摂るし歩行も出来るようになったと喜んでいる


ドグマチールは終了し、プロマックDは残す。2ヶ月後で採血、フェリチンが改善していたら鉄剤は終了に。

 

(記録より引用終了)

 

薬剤調整の根拠

 

この方の入院時の採血で目立っていたのは、

 

BUN38.6、Cr2.4

 

という腎機能の悪さ。このことについては、かかりつけに確認をとったが把握していなかった。

 

BUNはともかく、食欲不振による脱水だけでCrがここまで上がることは通常ない。薬剤による腎機能悪化の可能性はあるかもしれない。また、Hb(ヘモグロビン)は10.3だが、恐らく脱水で血液は濃縮しているので、補液で補正されると本来のHbが分かるだろうと予測。

 

点滴を行い、入院1週間後の採血では

 

BUN21.6、Cr1.7、Hb8.2

 

脱水は補正され、Hbも予想通り低下。フェリチン低下を確認し、鉄欠乏性貧血の診断で鉄剤を開始した。

また、同時に測定したHbA1c(糖尿病指標項目)は5.2。腎機能低下は、糖尿病性腎症ではないと判断。

 

腎機能に影響を及ぼしうるタクロリムス(抗リウマチ薬)は中止。また腎機能を考慮するとベネット(骨粗鬆症対策薬)、アロプリノール(尿酸値下降薬)、セレコックス(鎮痛薬)も中止が妥当。脱水を助長する可能性のあるラシックスは、10mgに減量。

 

リウマチ対策のステロイド長期内服で抑うつ傾向を来している可能性を考慮し、プレドニゾロンは4mg→2mgに減量。

 

頻脈がないことを確認し、バイアスピリンはプレタール50mgに変更。傾眠に関与している可能性のある抗アレルギー薬フェキソフェナジンは中止。

 

胃薬のキャベジンとアルジオキサ(鎮痛薬と併用)を中止。骨粗鬆症対策だろうが、エディロールとアスパラCaも一旦中止。眠剤のアモバンも中止。

 

これで、退院後の外来に来られた時には上記の様に改善していた。どこも痛みを訴えることなく、胃の不調を訴えることもなかった。なにがしかのアレルギー症状もなく、浮腫の増悪もなかった。夜もしっかり眠れていた。

 

自分の科の疾患以外には、責任を持てない構造

 

以前書いた記事と

 

www.ninchi-shou.com

 

今回の記事の根底にある問題は同じである。

 

診療科が専門に分化して、互いに紹介し合うのが今の医療システム。医師は基本的に、自分の専門領域の治療に専念する。

 

  よその科の診療方針に口を出すことは憚られるし、下手に口を出して何かあっても専門外だから責任はとれないし、面倒は避けたいよね・・(大多数の専門家達の心の声)

 

専門分化制度は、それぞれの専門科が密に連携を取りあってこそ、高い効果を発揮するシステムである。しかし、連携が上手くいっていないケースは、残念ながら数多く存在する。

 

今回のケースでは、整形外科はリウマチの診療に特化。循環器科は大動脈瘤術後の診療に特化していた。

 

この分業により、以下のようなストーリーで状況が悪化したのではないだろうか?

 

  • リウマチ治療の為のタクロリムスで腎機能は悪化。
  • リウマチ治療の為のプレドニゾロンで抑うつ傾向となり食欲低下。また、骨粗鬆症が悪化し圧迫骨折を起こした。
  • 骨粗鬆症対策として出されたベネットや、鎮痛剤のセレコックスなどは腎機能低下時には使いにくい薬だが、整形外科は腎機能を把握していなかった。
  • 採血は循環器科の役割になっていたのかもしれない。
  • 一方循環器科では腎機能悪化の原因がわからず(分かっていたかもしれないが)、むくみ(心不全治療?)を取るためにラシックスを処方。しかし、抑うつ傾向で食欲低下を来しているところにラシックスで利尿がかかり、脱水が悪化。
  • 脱水状態による偽性高尿酸血症に気づかず、アロプリノールが処方される。食欲改善を期してキャベジンが出されるも効果なし。以前に鼻炎か何かで出されたフェキソフェナジンが傾眠に拍車を掛ける。

 

整形外科からの返書に、「腎機能悪化は把握していませんでした」と書いてあったので、このようなストーリーもあり得るのかな?と思った。真相はわからない。ちなみに、循環器科からの返書は残念ながら帰ってこなかった。

 

この方の今後は?

 

家族の強い希望で、処方は当院に一本化されることとなった。その旨は、循環器科と整形外科に情報提供書で通達。

 

現在リウマチによる痛みの訴えはなし。リハビリでこれまでの整形外科にも定期的に通うので、そこでリウマチについてはアドバイスを頂く。

 

循環器領域に対するケアとして、大動脈瘤手術を行った病院に今回の経過及び現在の内服について情報提供。定期的な術後フォロー受診はして頂くことに。

 

ただ、新たな処方が発生する場合には必ず連絡を入れ合うことと、可能な限り処方は一本化することを、家族を含めて確認した。

 

そう言えば、認知症の疑いで紹介だったのでは?

 

そうそう、確かにそうでした。

幸い今のところ、抗認知症薬の必要は全くありません。