胃薬で幻視が誘発されていた方を紹介する。
70代男性 レビー小体型認知症とはいえないものの・・・
初診時
(既往歴)
4ヶ月前に、胃癌の内視鏡手術
(現病歴)
2週間ほど前から、「道路の標識が人に見える」、「虫があちこち飛んでいる」と言ったりするようになった。
「たまたまかな?」と思ったご家族は様子をみていたが、2~3日前からは「山の上にヘルメットをかぶった妊婦さんがいる」とか、 「『朝ごはんは食べたのか?』とソファーに向かって話しかけたりする」といった行動が見られるようになった。
慌てた娘さんがインターネットで当院を検索し、遠方ではあるが連れて来られた。
(診察所見)
HDS-R:28
遅延再生:5
立方体模写:可
時計描画:可
IADL:5
改訂クリクトン尺度:3
Zarit:14
GDS:2
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:8
rigid:なし
幻視:ありあり
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー
頭部CT所見:シルビウス裂拡大
介護保険:なし
胃切除:5年前と今年の計2回、内視鏡的切除術
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
傾眠:あり
(診断)
ATD:
DLB:△
FTLD:
その他:
(考察)
目つきになんとなくのレビー感あり。ただし、明らかなパーキンソニズムも認知の変動も認めない。
大声で寝言を言ったり、寝ながら立ち上がったりなどのRBD(レム睡眠行動異常)は以前からあり、これは重視すべき。
家族曰く、胃癌術後で2ヶ月前にプロテカジン(20mg/day)が始まってからの幻視、とのこと。
かかりつけにプロテカジン中止を依頼しつつ、抑肝散を3P3Xで開始。
3日後
(奥様よりTEL)
プロテカジン休薬して3日目だが、改善がみられないとの事。
夜中に懐中電灯を持ってウロチョロし「布団にシミがある・農機具がバラバラにされている・誰か来ている」等、何度も起こされたり1日中ずっと、その事を言っている。
「自分も体調が思わしくないのに、休まる時間がない為しんどい・・」と奥さんが電話口で涙される。
奥様の声掛けがご主人の言われる事に全部否定されているとの事だったので、合わせてみる声掛けをお伝えした。
次回予約を前倒しで受診したいとのこと。(受付〇〇記載)
その4日後
奥様より電話があり、「幻視がなくなりました。落ち着いているので予定通りの予約日で伺います」とのこと。(受付〇〇記載)
初診から1ヶ月後
日中の幻視は完全に消失。
ただし、RBDは残っている。しかしこれも以前ほどではない。
抑肝散は継続で。何となくのレビーらしさはもっているので、今後は油断なくみていきましょう。
免許はまだ大丈夫だと思うが、少しずつ準備はしていきましょうね。
(引用終了)
「何となくのレビーらしさ」を忘れることなく、ゆるく経過観察を続ける
プロテカジンの添付文書には、以下の記載があった。
9. 精神神経系注)
頻度不明
可逆性の錯乱状態、幻覚、意識障害
プロテカジンに限らず、H2-blockerは高齢者では相当気をつけるべき薬剤だという認識の元、自分は高齢者には基本的にH2-blockerを使うことはない。
H2拮抗薬ラフチジンによると思われる幻覚 ・幻視, 異常発言などの精神神経症状がみられた血液透析患者2症例を経験した. 症例1は64歳男性, ラフチジン20mg/日を10日間投与した後, 幻覚 ・幻視 を訴えた. 症例2は55歳男性, ラフチジ ン20mg/日 開始後6か月目より幻覚症状が発現し, その際の血漿ラフチジン濃度は918.8ng/mL(透析前)であり, それは腎機能正常者に同量投与した時の平均ピーク濃度の4.5倍であ った.
2症例ともラフチジン投与中止後精神症状が速やかに消失したことから本剤の中毒症状であると考えられた. (「ラフチジンによって精神神経症状 を発現した2透析症例」 透析 会誌 38 (3): 213~217, 2005)
上記は透析患者におけるプロテカジンで幻視が誘発された事例だが、腎機能が低下している(してくる)高齢者においても同様に気をつけるべきことだと思う。ちなみに今回紹介した方は、腎機能低下はなかった。
「プロテカジンを止めて幻視が消えて、はいオシマイ♪」、と出来たらよいのだが、この方にはまだレム睡眠行動異常が残っているし、何となくのレビー感も気になるところ。
幸い現時点では理解力、判断力、いずれもしっかりしており、家族の受け入れもよい。遠方の方ではあるが、2~3ヶ月おきであれば通院可能とのことであったので、
- しばらくは抑肝散は継続、将来的には減量を
- レビー小体型認知症という病気の可能性は忘れずに
- プロテカジン以外の他の薬剤にも過敏性を示すかもしれないので、特に風邪薬や睡眠薬には気をつけて
- 運転免許卒業のタイミングを、ご家族みんなで話し合っていきましょう
このような説明を行い、ゆるくゆるく経過をみていくことにした。
unreal flickr photo by Alvinangelo shared under a Creative Commons (BY-ND) license