鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

アメリカで承認されたアデュカヌマブ(アデュヘルム)について。

メマンチン以来、実に18年ぶりにFDA(アメリカ食品医薬品局)がアルツハイマー病の新薬を承認した。

 

製品名は「アデュヘルム」。一般名はアデュカヌマブ。

 

アルツハイマー発症の原因とされるAβ(アミロイドベータ)を標的とした、モノクローナル抗体薬である。

 

アルツハイマー治療薬の歴史は、仮説の歴史

 

偶然見つかる薬もあれば仮説に基づいて作られる薬もあるが、アルツハイマーの薬は全て何らかの仮説に基づいて創薬されてきたという歴史がある。

 

アセチルコリン仮説

 

アルツハイマー患者の脳ではアセチルコリン作動性神経の減少に伴い神経伝達物質アセチルコリンも減少し、その結果、記憶力や判断力が低下するという仮説。「減って困るのであれば増やそう」という意図で開発されたのがドネペジル。

 

ドネペジル(アリセプト)、リバスチグミン(リバスタッチ・イクセロンパッチ)、ガランタミン(レミニール)の創薬根拠となったのが、アセチルコリン仮説である。

 

グルタミン酸仮説

 

記憶や学習に関わる神経伝達物質グルタミン酸が、アルツハイマー患者の脳内では過剰となり、神経細胞を障害しているという仮説。グルタミン酸を調整することで細胞毒性を減らし認知機能低下を遅らせようと開発されたのがメマンチン(メマリー)。

 

Aβ仮説(Aカスケード仮説)

 

Aβが蓄積し老人斑が形成されるとタウ蛋白質のリン酸化が起き、引き続いて神経原線維変化をきたす。神経原線維変化は神経細胞の機能障害を誘発して最終的には神経細胞を死に至らしめアルツハイマー型認知症が発症・進行していくという仮説。

 

今回のアデュヘルムはAβ仮説に基づいて創薬された薬である。

 

アデュカヌマブが承認されたのは、政治的判断だったのではないか

 

過去のブログで自分は、Aβ仮説について以下のように結論づけた。今でも、その考えは変わらない。

 

ヘルペスをはじめとしたウイルスや細菌によって、また、過度の糖質や質の悪い油の摂取によって炎症を起こした脳を保護するために発現・沈着したAβを見て、我々は「オマエが犯人だ!」と言ってきたに過ぎないのではないか。

 

また、別の記事では以下のようにも書いた。

 

一度治験が中止された薬の承認申請が、もしも「話し合いを続けること」で通るのであれば、そこには「政治的判断が働いた」と考えるのが妥当だろう。

 

臨床試験で衆目を納得させるに十分なデータを提示できなかったアデュカヌマブが承認されたということは、それは医学的判断によるものではなく政治的判断だったということだろう。

 

この決定は恐らく、将来に大きく禍根を残すと思われる。

 

政治的判断とは常に何らかの妥協の結果であることを考えると、医学的判断を重視するFDA諮問委員会の委員が妥協をよしとせず辞めていくのも頷けるところだ。

 

エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬を米食品医薬品局(FDA)が条件付きで承認したことに抗議し、ハーバード大医科大学院の著名な教授がFDA諮問委員会の委員を辞任した。「アデュカヌマブ」(製品名・アデュヘルム)承認を巡る諮問委員の辞任はこれで3人目となった。

  アーロン・ケッセルハイム教授はウッドコックFDA長官代行に宛てた書簡で、諮問委員を辞任する意向を表明。アデュカヌマブ承認は「恐らく米国では近年最悪の医薬品承認となろう」と批判した。

  同薬品を巡るエビデンスは一様ではなく、2件の大規模臨床試験では認知機能低下を遅らせる効果について相反する結果が出た。このためケッセルハイム氏を含むFDA諮問委員会は、さらなる研究を経ずに市場に投入することのないようFDAに勧告した。(Bloombergより引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

アデュカヌマブに期待のコメントを寄せる研究者・医者達もいるようだが、大体は「○○大学教授」といった肩書き付きの人たちであり、ということはつまり、製薬会社を意識した「政治的」な発言と思われる。

 

お小遣いを稼ぐという意味では、ヨ○ショの準備は早いに越したことはない。

 

年間約613万円というコストは妥当か

 

アメリカでは、アデュカヌマブのコストは約613万円/年とのこと。

 

www.bloomberg.co.jp

 

月に1回の点滴を1年間で12回打って613万円ということは、毎月約50万円である。

 

全額実費ではないにせよ、この薬でアルツハイマーが治るわけではないことを考えると、途方もない値段設定のように思う。

 

同じ値段で日本で承認されるとなると、3割負担で計算すると毎月約15万円ぐらいになる。

 

エーザイの内藤社長は6月9日の記者会見で、「薬剤のもたらす多面的な価値によって評価されるべきだ。いわゆるValue-based Pricingになる。」と強気の発言をしていたが、果たして彼の言う"Value"はエーザイにとってのValueなのか、それとも、患者にとってのValueなのか。

 

創薬の難しさと高騰する開発費のせいか、モノクローナル抗体薬の値段は基本的に高い。

 

例えば、最近発売された片頭痛治療のモノクローナル抗体薬「エムガルティ」だと、月に1回の注射で初回注射が約9万円、2回目以降は約4万5000円である。

 

3割負担だと初回が約3万円で2回目以降が約1万5000円。1年間で約20万円の出費となるエムガルティは十分高い薬と言えるが、片頭痛の発作頻度減少と痛みの最大値減少という「自覚可能」な症状改善が期待できる。そして、改善の実感が無ければ途中で止めることも可能である。既に当院でも導入を始めたが、手応えありの薬である。

 

その点、アデュカヌマブはどうか。患者や家族がもの忘れの改善を実感出来るのだろうか。

 

ドネペジルで患者や家族が散々聞かされたであろう、「この薬を使っているから、"これぐらい"で済んでいるんだ」というあの台詞がまたしても繰り返され、やめ時が分からないまま毎月約15万円の出費が続いていくことにはならないだろうか。

 

アデュカヌマブを使うAさん、使わないAさんを同時進行で比較することが出来ない以上、認知症の進行を本当に遅らせることが出来ているのかを検証することは不可能である。

 

個人的に使いたい薬か?→全く使う気にならない

 

薬価のことを考えると、今の抗認知症薬のように「医者なら誰でも処方出来る」という訳にはいかないだろう。恐らく、認知症専門医のみ使用可能な薬となるのではないか。

 

その他、アデュカヌマブを実臨床で使用する際のボトルネックになるのは、使用が適切と思われる患者を選定するための"検査"である。

 

臨床試験と同様に軽度認知障害(MCI)、または初期アルツハイマー型認知症の患者が投与対象となるのだろうから、そうすると、アミロイドPETで脳へのAβ沈着を投与前に全例で確認し、定期的にPETでフォローしていくことが必要になる。

 

その為にはまず、アミロイドPETを保険償還可能としなくてはならない。

 

また、臨床試験では実に約40%の患者が脳浮腫や微小出血を来したということから、定期的なMRIフォローも必須と思われる。

 

そうなると、アミロイドPETとMRI両方の検査が可能な施設に常駐する認知症専門医が扱う薬、ということになる。

 

事前及びフォローアップ検査をアミロイドPETではなく、脳脊髄液中のAβやリン酸化タウを測定することで代用するのであれば、現時点でも多くの患者に投与可能だろう。更に、将来的に画期的な血液検査が開発されたら、より多くの患者に投与可能となるだろう。

 

日本で承認されるのかどうかはまだ不明だが、早速患者さんの家族からは「先生、あのニュースになっている薬は使って貰えるのですか?」と聞かれ始めている。

 

その人たちには、「いやぁ、まだ分からないですね。ちなみにアメリカでは値段が年間600万円みたいですよ。」とだけお伝えしているが、みなさん酢を飲んだような顔になる。

 

もし日本で承認が下りて、それを自分が使えるようになったとしても、使うことは恐らくない。

 

Aβ仮説の脆弱性、承認経緯の不透明性、高すぎる費用といった理由以外に、「ARIA(アミロイド関連画像異常)」と呼ばれる脳浮腫や微小出血が臨床試験で約40%の患者に起きたという事実がある以上、少なくとも脳神経外科医の自分にとってはまず使う気にはならない。

 

脳が腫れたり微小出血を起こしたりなどというのは非常事態であり、「一般的な副作用」としてよいものではない。

 

過去の抗Aβ薬の治験では、Aβを除去した結果死者が出ている。Aβを除去しようとすると脳が腫れたり微小出血を起こしたりするということは、「Aβが脳を保護している可能性がある」と考えるに十分な根拠のように思う。

 

多額の費用をかけ、ARIAのリスクを抱えてもなお、「アルツハイマーの進行を遅らせられている(かもしれない)未来」を掴みたい人たちが、果たしてどれほどいるのだろうか。

 

ADUHELMは、次のような重篤な副作用を引き起こす可能性があります。アミロイド関連画像異常(ARIA)は、通常は症状を引き起こさない一般的な副作用ですが、重篤になる場合があります。これは、通常、時間の経過とともに減少する脳内の一時的な浮腫として最も一般的に見られます。一部の人々は、浮腫とともに脳の中または表面上に小さな出血の斑点ができることもあります。脳に浮腫がある人はほとんど症状がありませんが、頭痛、錯乱、めまい、視力の変化、吐き気などの症状が現れる人もいます。患者様への医療提供者は、ADUHELMによる治療前と治療中に磁気共鳴画像法(MRI)スキャンを行い、ARIAをチェックします。

上記の症状のいずれかがある場合、患者様はすぐに医療提供者に電話するか、最寄りの病院の救急治療室に行く必要があります。(エーザイのプレスリリースより引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

 

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