鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

時間泥棒。

当院通院中だった90歳のAさん。

 

あるとき転倒してB病院に入院となった。幸いにも治療経過は良好で、担当のC医師が退院前の病状説明で

 

「認知症だから、今後は独り暮らしは難しいでしょうね」

 

と家族に話したところ、家族から

 

「今まで認知症とは診断されていませんが・・・」

 

と言われた。

 

認知症ではないと判断する根拠

 

C医師は、当院に電話をかけてきた。

 

医者同士が直接電話でやり取りをする時、それはくも膜下出血や脳梗塞疑いの患者を緊急搬送依頼する時など、緊急性の高い場合に限られる。

 

C医師の電話の要件は、

 

「Aさんを認知症ではないと判断した根拠を今すぐ知りたいので、院長に代わって欲しい」

 

だった。

 

まじすか(゚o゚)

 

よほどヒマだったのだろうが、自分がヒマだからといって相手もヒマとは限りませんよ、C先生。ちなみに自分は、C先生との面識は一切ない。

 

当然、受付は

 

「診療中ですので・・・」

 

と断るも中々納得してもらえず押し問答があり、最後は

 

「シンチも撮らずにどうやって診断したのだろう・・・」

 

とブツブツ言いながらC医師は電話を切ったらしい。

 

シンチグラフィ(scintigraphy)は、放射性同位元素(ラジオアイソトープ)で標識された薬剤を体内に投与後、放出される放射線を画像化することによって薬剤の分布を調べる検査です。 薬剤の種類によってどの臓器に分布し、どの様な機能を反映するかが決まり、検査の種類が異なります。(九州大学大学院 臨床放射線科学分野HPより引用)

 

シンチという検査については、以下の記事をご参考に。

 

www.ninchi-shou.com

 

「認知症の診断にシンチは必須」と考えるシンチ教(狂)の信者には、以前ほどはないにしろ、今でもしばしば遭遇する。

 

Aさんは90歳である。

 

90歳という超高齢者の認知機能低下に対して、シンチを用いて診断(確定診断ではない)を付けることに自分は全く意義を感じない。超高齢の患者さんにとって、治療上のメリットがほぼないからだ。

 

では、シンチ教に入信している医者は、何らかのメリットを感じているのだろうか?

 

これは想像だが、シンチで「あ、後頭葉の血流低下を見つけた!!じゃあ、レビー小体型認知症って診断してもいいよね?ドネペジル出してもいいよね?」という風に、シンチからお墨付をもらえたような気分になれるのだとしたら、それはその医師にとって重大なメリットなのかもしれない。

 

信仰とは理屈を越えたところに存在する。

 

 

www.ninchi-shou.com

 

 

「認知症の診断では普通、シンチをしますよね?なぜしないのですか?シンチを撮れば分かるのに。」

 

C医師は、90才の患者にシンチを行わない理由など考えたこともないのだろうし、シンチが認知症の混合病理には無力だということも知らないのだろう。

 

自分の都合で相手の時間を奪うことにためらいを覚えたこともないのだろうが、無自覚な時間泥棒と直接電話で相対したら消耗するのはこちらなので、普段からかなり気をつけている。

 

以下、C医師宛の情報提供書を多少フェイクを入れて掲載する。

 

こういう書類を書くのもそれなりの時間を要するのだが、後日退院して会いに来てくれたAさんの処方に抗認知症薬は含まれていなかったので、多少なりとも役立ったのだろうと考え溜飲を下げた。

 

 

〇〇様に関する診療情報提供です。

 

平成〇年末頃より物盗られ妄想を発揮するようになり、その他、運転免許継続に拘りすぎるなどのお困り事を主訴に、ご家族に伴われて平成〇年〇月〇日に当院もの忘れ外来を受診されました。

 

HDS-Rは21/30で日時見当識2/4、遅延再生は0/6、語想起4/10で得点に至らず。時計描画及び透視立方体模写は問題なく視空間認知は保たれていました。その他、脳神経系に特記所見なくパーキンソニズムもなし。変形性膝関節症によると思われる歩行の不安定性あり。病識はなく発言はとり繕いが目立つも保続はなし。

 

遅延再生の弱さととり繕い言動からアルツハイマーの可能性なしとはしませんでしたが、視空間認知はほぼ完璧に保たれていましたので、断定的な診断は行いませんでした。

 

この理由として、一度家族が本人を認知症外来に受診させようとして激怒されたことがあること、また、突発易怒がありうかつなAChEI処方で易怒性亢進に繋がる可能性や、メマンチンによる易転倒性惹起などを懸念したからでもあります。

 

ごく僅かではありましたが脳萎縮に左右差がありましたので、嗜銀顆粒性認知症の可能性は留保してあります。

 

ちなみに、認知症の診断(特に中核的特徴)において核医学を含めた画像検査は必須項目ではなく、侵襲性のある核医学検査は、それで治療方針が大幅に変更になる可能性がない限りは私はorderすることはありません。後部帯状回や楔前部、後頭葉の血流低下などの所見は、認知症病理が混在した場合では逆に診断困難となり、その可能性は加齢に伴い高くなります。

 

狷介なご性格から、医療介入がかえって逆効果になる恐れがありましたが、ご家族のたってのご希望がありましたので、CTで右島皮質に認められた虚血痕を引き合いに出して、「血圧と脳梗塞には気をつけていきましょうね」とご説明し、これまで関係構築に努めてきた次第です。

 

プライドが非常に高い方でしたので、初診時以降は敢えて神経心理学検査が行っておりません。初診からは2年以上が経過しておりますので、現時点での認知機能検査の結果から先生が認知症の診断をされるのであれば、それはおまかせいたします。

 

以上ご報告申し上げます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

☆本編と何も関係はないが、ホーガンには名作が多い。

 

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