鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】水分摂取を拒否するので、点滴を止められない患者。

脳梗塞や脳出血などを起こした後に、膀胱が収縮できず排尿困難になることがある。

 

この状態の膀胱のことを、「神経因性膀胱(中枢性)」と呼ぶ。

 

神経因性膀胱に対して処方されるウブレチド(ジスチグミン)という薬がある。

 

コリンエステラーゼという酵素の働きを阻害することで末梢のアセチルコリンを増やし、膀胱収縮を促す薬である。ちなみに、ドネペジルやリバスチグミン、ガランタミンなどの抗認知症薬もコリンエステラーゼ阻害薬で、薬の副作用で頻尿(過活動膀胱)になることはしばしば経験する。

 

20年近く前の話になるが、当時の上司から「脳出血後の○○さん、神経因性膀胱になっているからウブレチドを処方しておいて」と頼まれたことがあった。

 

添付文書を確認し、「これぐらいでいいのかな・・・」と恐る恐る1日2回朝夕5mgずつを処方したところ、数日で覚醒レベルが低下し流涎や発汗過多をきたしたため、慌てて中止したことがある。

 

コリン作動性クリーゼ ウブレチド

ウブレチドは2010年に添付文書が改訂されている

 

幸い速やかに元に戻り大事には至らなかったのだが、その経験以降、「コリン作動性クリーゼ」には十分な注意を払うようになった。クリーゼとはクライシス、つまり「危機」のことである。

 

コリン作動性クリーゼとは、アセチルコリンが過剰に増えることにより徐脈や縮瞳、下痢、発汗や唾液分泌過多などの副交感神経刺激症状をきたした状態のことで、時に循環不全や呼吸不全を併発して死に至ることもある。

 

循環不全や呼吸不全などの重篤なクリーゼに遭遇することは滅多にないだろうが、軽度の徐脈や唾液分泌過多、また、嚥下困難や下痢腹痛などであれば、現場が気づいていないだけで実は結構な頻度で起きていると推測する。

 

www.ninchi-shou.com

 

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痩せて食欲がなく腎機能が低下している高齢者であれば、5mgという常用量でもコリン作動性クリーゼを来しうるため、自分はウブレチドを使うときは2.5mgないしは1.25mgで開始し、効果なしと判断すれば早めに撤退してカテーテルの持続留置を検討する。

 

少量投与の工夫や効果の見切りについては、抗認知症薬を使用する際と感覚的には同じである。

 

注意すべきは、施設入所時に前医でウブレチドが処方されていた場合である。

 

専門領域外の処方を引きついだ場合は特にその傾向が目立つが、施設嘱託医は前医の処方を変えずに維持していることが多い。

 

吟味されないdo処方は時に、致命的となる。

 

高齢者は年々体力が衰え、体重は落ち、腎機能は低下していく。1年前は問題なかった薬が、1年後も大丈夫とは限らない。

 

  • 食欲が低下している
  • 流涎が多い、嚥下しにくそう
  • 異常に汗をかく
  • 徐脈である
  • 抗認知症薬を使用している

 

施設入所者で上記症状があり、かつ、その人がウブレチドを内服中であれば、それは軽度のコリン作動性クリーゼかもしれない。

 

70代女性 脳出血後 コリン作動性クリーゼ?

 

初診時


(現病歴)

 

独居であった6年前に自宅で脳出血を発症し救急搬送、開頭血腫除去術を受けるも重篤な右片麻痺と失語症が後遺した。

 

在宅生活困難と判断され、退院後はそのまま施設に入所となった。入所後に処方の変更はない

 

入所当初より水分摂取拒否傾向だったが、昨年夏頃より殆ど飲水しなくなり、ここ数ヶ月は毎日700mlの補液が行われている。食事摂取量も不良である。

 

訪問診療医に何とかならないか相談するも、「水を飲もうとしないのだから仕方が無い。止めると命に関わる。」としか言われない。

 

何とかならないものかと、施設スタッフの希望で来院。

 

(診察所見)

 

重度の脳出血後遺症。頭部CTで両側前頭葉眼窩面の強い萎縮と左半球の広範な損傷を認めた。有意味発語はなく疎通は困難。

 

尿意の訴えはないが自尿の排出は良好とのことなので、ウブレチドを5mgから2.5mgに減量。入所後はてんかん発作は目撃されていないとのことなので、興奮の可能性があるイーケプラは朝夕から朝だけとし、代わりに、夕方には不穏対策も兼ねてデパケンシロップ200mgを入れる。

 

不穏の一助が幻視である可能性を考慮し、念のためにガスターは中止。GERDは積極的には疑えず。夜間は良眠とのこと。抑肝散が効いている気配はないので、食欲への影響を考慮して中止。

 

易怒や大声は施設的には苦にならないと。何とか水を飲んで欲しいと。

 

2週間後

 

スタッフ代理受診。

 

2週間でこうも変わるんですね」と驚いている。


これまでは1回50ccの水を数回ぐらいしか飲めなかったが、今は毎日700ccを自発的に飲むと。

 

夜間は良眠で、スタッフの促しに大声を出し抵抗することがなくなり、日中の覚醒も上がっている。机に突っ伏していることがなくなったと。

 

ウブレチドは中止にする。これで2週間。

 

明日訪問診療医が来るとのことなので、この2週間の飲水量を含めた状況を報告して下さい。そこで点滴終了と出来たら、次回で当院は一旦終診とし、訪問医に処方を任せましょう。

 

(前医処方)

 

  1. ガスターD(10)2T2XMA
  2. ウブレチド(5)1T1XM
  3. イーケプラ(500)2T2XMA
  4. 抑肝散3P3X

 

(当院最終処方)

 

  1. イーケプラ(500)1T1XM
  2. デパケンシロップ4ml 1XA

 

甲状腺クリーゼ

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