90歳を目前にした独居女性に、17種類の薬が投与されている状況を目の当たりにした時に、
「これはマズいんじゃないか?」
と思うか、それとも
「これだけの薬を飲まないといけないほど、具合が悪い人なのだろう」
と思うか。
医療のヒエラルキーのトップが医師とされ、薬の処方を行うのも医師である以上、ポリファーマシー*1の責任の多くは医師にあるのは疑いない。
ただし、「医師の判断は絶対。私たちは医師の指示を守るだけ。」と、自らの判断を放棄しているようにしか見えない医療介護職も相当数いる。両者が結託すると当然、悲劇が起きる確率は高くなる。
人間の身体というものは合目的的に出来てはいるが、悲しいかな、人間の訴えは非合理的なことが多い。
にも関わらず、人間社会というものはなぜだか「人間は合理的な判断が出来る」という前提で編まれているため、様々な齟齬が生じる。
その齟齬の一つがポリファーマシーという見方もまた、可能である。
合理的な判断が出来る(はずの)患者の訴えには、必ずや原因がある(はず)。合理的学問である(はずの)医学を学んだ医師は皆、合理的判断の元に合理的解決手段を提示できる(はず)。医学における合理的解決手段とは、手術や投薬である。
老若男女問わず、何らかの具合の悪さを訴えることで他者と繋がろうとする人たちは一定数いる。人は不安になると誰かと繋がりたくなるものである。
ただし、その繋がり先が「私もそんなことあるのよね~」と慰めてくれる隣のおばちゃんではなく、医師であったら?
「具合が悪い=何らかの病気」と捉えて対処を図ろうとするのが医師という職業の悲しい性であり、その対処法とは多くの場合で「話を聞く」ではなく「投薬」である。
話を長く聞いてもらうことで気分が落ちつき帰って行く患者が多いことを多くの医師は分かっているが、等しく全ての患者にそれは出来ないこともまた分かっている。話を聞くのが苦手な医師も、山ほどいる。
なぜ、医師は患者の話を長く聞いてあげることが出来ないのか?
精神科を別として、一般診療科においては3分話を聞こうが30分聞こうが、支払機関に請求できる診療報酬に違いがない。
開業医であれば通常、開業するために借金をしている。その借金を返済しながらスタッフに給料を払い、自分と自分の家族の生活を賄っていくには、利益を上げ続けなくてはならない。
利益を上げるためには、一人の診察に30分かけるよりも、30分で十人を診察した方が効率が良い。
医療業界における生産性を高める工夫とはつまり、そういうことである。
一般サービス業界ではサービスの向上とセットで単価を上げることも出来ようが、我々は定期的に改訂される公定価格に縛られている。
「薄利多売で生きていけ」
これが、保険医*2が国から命ぜられた逃れようのないルールであり、このルールの元で利益を上げようとすれば3分診療が増え、3分診療が増えれば患者への目配りは怠られ、患者への目配りが怠られたらポリファーマシーは増える。
現行ルールのままでは、ポリファーマシーが増えこそすれ減ることはないだろう。
これから更に高齢者が増えていく日本において、財政難のため診療報酬は下げられていくこと必至であろうから、座して死を待つつもりはないクリニックや病院は生き残りをかけて、より一層の患者確保に努めるに違いない。
そして、確保した患者を自院から離さないために、1剤でも2剤でも何らかの処方を行うに違いない。
自分がやっている努力など全体からすれば蟷螂の斧もいいところだが、「薄利多売」という至上命令の隙間を見つけて時間を作っては、ポリファーマシーの解除に勤しんでいる。
89歳女性 多剤併用状態
初診時
【頭痛初診】
・これまでにない激しい頭痛)なし
・薬物乱用)なし
・天候左右性)なし
・冷え症)あり
・炭水化物依存)なし
・過去に貧血の指摘)なし
・肩こり)あり
・不眠・朝の弱さ)なし
・抑うつ気分)なし
・歯ぎしり)なし
・拍動性)ピリピリ
・嘔気)なし
・寝込む程か?)支障なし
(既往歴)
数十年前に甲状腺摘出術
2日前から右側頭部の痛みが持続するとのことで飛び込み受診。「肩こりからの頭痛かな?」と本人談。姪っ子さんが同伴。
〇〇内科から大量の処方薬あり。頭部CTで陳旧性梗塞痕あるも目だった後遺症はなし。
処方されている薬を数えると、17種類あった。
減薬のご希望あり。まずは血液検査を行い、次回はHDS-R。
翌日
本人が「今日、病院に来いと言われた」と息子さんに電話し、息子さんが慌てて連れてきた。本人の勘違いだが、まあいいだろう。
昨日の説明を息子さんに繰り返す。
薬剤調整開始。
- HDS-R:18.5(6)
- 透視立方体:OK
- ダブルペンタゴン:不可
- 時計描画:不可
- 二等分線:OK
そろそろ90歳と考えるとHDS-R18/30はそんなに悪くはない。時計描画の乱れに病的意義はさほど求められないかな。
14種類は昼食後にまとめられてはいるが、それでも全部で17種類は多すぎ。
アリセプト、ビオフェルミン、リマプロスト、キャベジンU、メチコバール、デノタスチュアブル、ベオーバ、ウルソ、ピラノア、セレコックスを中止。
メインテートは0.625mgx2をx1に減量。便秘には拘りが強く、マグミットは330mgx2から500mgx2に変更。
(採血結果)
- 尿素窒素:28.0mg/dl
- クレアチニン:0.87mg/dl
- TSH:0.10uIU/ml未満
- F-T3:4.2pg/ml
- F-T4:2.33ng/dl
チラージンは過剰かな。
5日後
予約日ではないが、「薬を下さい」と来院。
ケアマネへ連絡。本日訪問看護の日だったとの事で訪看さんへ連絡取っていただく。
再度連絡があり、訪問予定時間15分前に連絡をいれたら「病院を変わったから、今から薬を貰いに行きます」と。
急いで自宅へ向かったが本人はいなかった。カレンダーに薬をセットしても看護師が帰ったあと、何処かに隠すか捨ててしまうのか常に残数が合わない。現在訪問看護は週1回。
ご本人へ説明し、「薬はご自宅のどこかにあると思うので、もう一度探してください」とお願いし、ご帰宅頂いた。(受付〇〇記載)
担当ケアマネから情報提供がFAXされてきた。
服薬管理に関しては、友人に配ったり隠したり捨てたりなど散々。実質飲んでいないと考えるべきなら、甲状腺ホルモンの数値はチラーヂン過剰ではなく機能亢進によるものなのか?
いずれにせよ、チラーヂンはひとまず一旦中止が望ましい。飲むと気分が悪くなると言っているらしい。メインテートも外すかな。頻脈や息切れ、下腿浮腫などなし。
いっそ、クロピドグレルとマグミットだけにしてみようかな?
HDS-Rで遅延再生は6/6なので、この落ち着かない生活ぶりは加齢の影響だけではなく、発達障害由来と考えた方がいいのかも。もしくは、甲状腺機能亢進によるものかも。
9日後
減量後の服薬はできているようだ。
マグミットで水様便出現とのことで、就寝前を中止。
甲状腺機能亢進につき、メインテートとチラーヂン中止で様子をみる。
しばらくは2週間間隔通院で。甲状腺ホルモンは1ヶ月後を目処に再検を。
9日後
(息子さんよりTEL)
薬を1日2回飲む事がある。薬がなくなったので、次回予約日までの不足分を処方希望とのこと。
降圧薬過量内服は心配。次回でアムロジピンは2.5mg、クロピドグレルも25mgに減量する?タケキャブはもう不要かも。
介入開始から1ヶ月
息子さん夫婦と来院。
表情は晴れやかで、初診時にあった、ややくぐもったような、かつ攻撃的な印象が消えており、頭痛の訴えも消えている。
診察室血圧は127/91。自宅測定は出来ない。アムロジピンは2.5mgに減量し、タケキャブは中止する。クロピドグレルは50mgで維持する。
これで、17種類の薬が3つになった。減薬による有害事象は、今のところなし。
よかったですね。
(前医処方)
- ビオフェルミン錠 2T1X 昼食後
- リマプロスト(5) 1T1X 昼食後
- メチコバール(500)1T1X 昼食後
- キャベジンU(25) 1T1X 昼食後
- ランソプラゾールOD(15) 1T1X 昼食後
- クロピドグレル(25) 2T1X 昼食後
- アリセプトD(5) 1T1X 昼食後
- デノタスチュアブル 2T1X 昼食後
- アムロジンOD(5) 1T1X 昼食後
- チラージンS(50) 1T1X 昼食後
- チラージンS(25) 1T1X 昼食後
- メインテート(0.625) 2T1X 昼食後
- ベオーバ(50) 1T1X 昼食後
- ウルソ(50) 1T1X 昼食後
- マグミット(330) 2T2X 昼食後・眠前
- ピラノア(20) 1T1X 眠前
- セレコックス(200) 2T2X 昼食後・眠前
(最終処方)
- アムロジピンOD(2.5) 1T1X
- クロピドグレル(50) 1T1X
- マグミット(500) 1T1X
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