病気を診ずして病人を診よ(高木兼寛)
蓋し名言である。
ある患者さんが、自分の専門領域の病気のみに罹患しているとする。その病気の治療が上手くいき、治癒に成功すれば仕事は終了である。
では、患者さんが自分の専門領域以外の病気に罹患している可能性を感じた場合は、どのようにすべきであろうか。
他の専門家に依頼するのが一般的であろう。自分も他科に相談することはままあるが、専門外でも自分でカバーしている領域は結構ある。特に高齢者は、極力自分で診るように心がけている。
その理由を、以下に書いてみる。
専門紹介は、やり過ぎない方がよい
衰えてゆく高齢者に対して、医療で全てをサポートするという発想はナンセンスである。
医療を分厚く提供しすぎると、自治体が壊れるかもしれない時代に我々は生きている。
それでも高齢者が健康で暮らせれば分厚くする意義はまだあろうが、実際には分厚い(≒余計な)医療で健康を損ねているケースを多数見てきたし、今も現在進行形で見続けている。
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1人の患者さんに提供される医療が分厚くなる理由の一つとして、
「複数の専門科による個別医療の提供」
が挙げられると思う。
「専門は専門に」とよく言われるが、過度の分業は医療経済的には不経済である。
患者さん達の立場で考えても、あちこち専門医を紹介されて複数の医療機関に通うのは大きな負担となる。
自分で勉強してカバーできる範囲は、実は結構ひろいものである。
カバーするかどうかは、専門領域以外を診ることによって発生するリスク(自分、患者双方にとって)と、専門領域以外をカバーできた場合に得られる患者満足度を天秤にかけて、判断している。
total supportの観点に立って、高齢者へ対応する
専門うんぬんはひとまず措いておいて、「悩みを抱えた一人の人」を診ようと考えたとき、専門性を超えたtotal supportの必要性に気づく。
総合医療や在宅医療を選択する医者の多くは、患者さんのtotal supportを楽しく感じる人達なのだろうと思う。自分は在宅医療は提供していないが、total supportを常に意識している。
認知症の診療と勉強に多くの時間を費やしてはいるものの、認知症を自分の専門領域と思ったことはなく*1、total supportの一貫で認知症を「たまたま」診ているだけである。
自分がtotal supportを考えるようになったのは、中規模程度の病院で勤務してきたことや、離島医療を経験してきたことと無縁ではない。*2
中規模の病院が持つメリットは、「風通しの良さ」である。
具体的には、
- 他科に相談しやすい。連携し易い。
- 互いのアイデアを融通し合える。
- 思いついたアイデアを具現化するためのハードルが、大病院よりは低い。
といった点で仕事がしやすかった。ただし、入院患者への糖質制限の実現だけは、管理栄養士の分厚い壁に阻まれて実現は出来なかったが。
また、離島医療では常に人手が足りないため、脳外科疾患以外の様々な疾患に何でも屋的に関わっていた。
開業医になった今、これらの経験が大きく生きていることを実感する。
勿論、大学病院をはじめ大病院に所属するメリットも色々とあるだろう。特に、ある種の研究や高度先進医療など、大病院でしか出来ないことは確実にある。
しかし、大病院には大病院のデメリットがある。
大病院でトレーニングを積むことで効率よく専門性を高めることは出来るだろうが、それは同時に「つぶしのきかない医者になる」可能性も孕んでいる。様々な分野を幅広く吸収しながら総合力の獲得を望む医者にとっては、これはデメリットになり得るだろう。
自分の担当領域以外の治療を他科に依頼する「他科コンサルト」も、大病院の場合はつい「他科への丸投げ」となりがちである。
一旦その仕組みに慣れてしまうと、丸投げした「自分がその時に分からなかったこと」に対して思考放棄し続けることになる。そしてそのうち、専門性に閉じこもるようになる。
研究を含め専門性の追求は非常に重要なことだが、臨床に携わる医者、特に開業医が専門の殻に閉じこもりすぎると患者さん達にとっては不利益が生じることがあるというのは、他職種連携、病診連携真っ盛りの今の医療介護業界では、忘れられがちな視点の一つだと思う。