現在80歳の女性Aさん。
当院を受診する1年半ほど前から、ご主人はAさんの物忘れと怒りっぽさが気になり始めた。
専門の病院を受診したところアルツハイマー型認知症の診断が下され、ドネペジル3mgが開始となり2週間後には5mgに増量された。
3mgの時には何となく穏やかになったようだったが、5mgに増量されてからは頻繁に幻を見るようになった。幻視は「亡くなった親戚が現れる」というもので、怖がりはしないものの、一日の間かなり長い時間を幻視と過ごすようになった。
そのことを主治医に相談すると、「では薬で抑えましょう」とのことでチアプリド25mgが処方されたが、効果の程は良くわからなかった。
そのうちに、夜になると家を飛び出そうとするようになり、引き留めるのにご主人は手を焼くようになった。
主治医に相談しても「様子を見ましょう」と埒があかず、ご主人はいっそのこと薬を止めてみようと考え実行したところ、止めて3日ほどで少し落ちつきが見られるようになった。
このタイミングで当院を受診されたのが、3年前のことだった。
穏やかだが表情に独特の影があるAさんの背筋は、すらりと伸びていた。
小さい声でボソボソと不明瞭なことを呟いたかと思えば、ふと何か別なことを思いついたかのように話題は飛び、逍遙し続けた。
歩行はスムーズで両上肢の筋固縮もなかったが、一見してDLB(レビー小体型認知症)だった。
省略しても良かったのだが、ご主人の手前もあったので、一応長谷川式テストを進めていったが、Aさんの表情はどんどん暗くなっていった。
泣きそうな表情になった時点でテストは打ち切り、ご主人に「レビー小体型認知症だと思います。」と伝えた。無理にテストをしてしまったことは、申し訳なかったと今でも反省している。
ご主人が中止して3日経っていたドネペジル5mgとチアプリド25mgだが、チアプリドは中止のままでドネペジルを1.5mgで再開し、夕方に抑肝散を一包入れてみたところ、2週間後の再診時点で幻視はほぼ消失していた。
あれから3年経った現在、初診時はすらりと延びていたAさんの背中は曲がっている。

左が3年前、右が今のAさん
今のAさんを見てレビー小体型認知症と診断出来ない認知症専門医はいないと思うが、3年前の主治医であった専門医が当時アルツハイマー型認知症と診断したのは、頭部CTで萎縮した脳と、パーキンソニズムを感じさせない挙措だけを見ていたのだろうか。
誤診が修正されないままに抗認知症薬が過量に投与され続けると、被害を受けた脳は「周辺症状」という名の悲鳴を上げる。その悲鳴が「認知症の進行」という言葉にすり替えられている事例の、なんと多いことか。
その後のAさんだが、少量ドネペジルは少量リバスチグミンに変更し、一時は幻視の制御も含めてかなり良い状態が得られていたのだが、痒みでリバスチグミンが使えなくなった辺りから衰えが加速した。
幻視を切っ掛けに頻繁に起きる食思不振と体重低下には手を焼いた。
エンシュアリキッドや人参養栄湯、ESポリタミン、プロマックにドグマチール、夏場には清暑益気湯など投入して、何とか繋いでいる。
転倒を何度も繰り返すようになった時点で、リバスチグミンから切り替え少量で維持していたドネペジルの継続は諦めた。ちなみに、経済的な理由で抗認知症サプリメントは使用していない。
常に困ったような、どこか不機嫌な様子で独り言を呟いているAさんだが、5回に1回ぐらいはとびきりの笑顔を見せてくれる。
皆さんにお見せできないのは残念だが、まあ"役得"だと思っている。
(最終処方)
- ドパコール(50)1T1X朝食後
- アムロジピンOD(5)1T1X朝食後
- ドパコール(50)1T1X デイサービスの昼食後に
- クエチアピン(12.5)1T1X就寝前