先日、開業時に借り入れをした銀行の担当者(代替わりして4代目ぐらい?)から
「先生。開業前の事業計画で掲げていた予想患者単価ですが、最近は下がっていますね。何か理由はありますか?」
と聞かれた。
ここでいう「患者単価」とは、『患者さん一人が、一回の受診で使うお金』のことで、飲食業で例えるなら「客単価」のことである。
利益を上げるには単価を上げるのが手っ取り早いわけだが、そう簡単な話ではない。
飲食業と医業の違いは公定価格があるかないか
例えば、寿司屋で寿司を食べて会計が2万円だったとする。
この時の客単価は2万円になるが、値段の設定は寿司屋の自由である。寿司屋が客単価を上げたければ、値段を上げるか、客にもっと注文して貰えるような工夫をすれば良い。
頼まれてもいない寿司を勝手に出して、客に金を払わせるような寿司屋はない。
では、クリニックならどうか。
例えば、もの忘れを主訴に80歳の女性が当院を受診したとする。
窓口で保険証を受け取り、頭部CTや長谷川式テストを受けて貰い、30分ほど説明して診察を終了したとする。
初診料や画像診断料など諸々を計算すると、〇円だった。この時の患者単価は〇円となるが、値段設定は我々の自由にはならない。
患者単価を上げるために、CTの値段を上げることは出来ない。診療行為ごとの診療報酬加算は事前に決められているからだ。
我々は粛々と、この「公定価格」に従うのみである。それが保険診療というものであり、自由な値段設定が可能な一般サービス業と最も異なる点である。
一人一人じっくり丁寧に時間をかけようが、「変わりないですね?じゃあ、いつものお薬で」としようが、どちらも同じ患者単価である。
保険診療一本で収益増を目指すのであれば、「薄利多売」の理屈で3分診療で外来を回せばよい。ただし、それを不満に感じる患者は一定数いるだろう。*1
一人に時間をかけつつ収益増も目指すのであれば、自由診療へ一本化すればよいだろう。ただし、保険の効かない高額自費診療を続けられる財力のある患者を新規開拓・維持し続けるには、「大風呂敷を広げる」ことも含め様々なテクニックが必要となるだろう。
当院は、「保険診療>>自由診療」というバランスで経営している。
自由診療を入れているのは、保険診療では治療困難な領域があるからで、高い収益性を見込んでのことではない。
公定価格で縛られた医業で効率よく稼ぐには?
ここで一つ余談。
他院から当院に引っ越してこられる方達から
「〇〇病院は検査ばっかりする。」
という嘆きを聞くことがしばしばある。
寿司屋で頼んでもいないネタが出てきたら、サービスでもない限り普通の客なら断る。
一方、頼んでもいない検査や薬を病院で提案されたら、「お医者さんが勧めるなら・・・」と従う患者は結構いる。
このような一種の"押し売り"がまかり通るのは、「情報の非対称性」に患者が萎縮しているからである。
情報の非対称性は、~中略~「売り手」と「買い手」の間において、「売り手」のみが専門知識と情報を有し、「買い手」はそれを知らないというように、双方で情報と知識の共有ができていない状態のことを指す。(Wikipediaより引用)
我々医者は、「他人の病気が飯のタネ」という職業である。
「ほぼ全ての通院患者に3ヶ月に一回の頭部MRI検査。採血検査は1~2ヶ月おき」というスケジュールを強いている病院は現実に存在することから、"飯のタネ"を最大限利用しようと考えている医者がいることは確実である。
「Aさんは単価12000円に設定したから、あとはMRIを〇回、採血を〇回、心電図を〇回行ったらクリア」
のように、患者単価を先に設定して逆算しながら諸検査をオーダーすれば、効率よく稼ぐことは可能となるだろう。
市場原理主義者であれば、情報の非対称性を利用して「稼いだモン勝ち」で良いのだろうが、「他人の病気が飯のタネ」である医者がそれをすることに、自分は倫理的抵抗感を強く感じる。
自院が生き残るための戦略は様々に講じてはいるが、基本的には「医療はインフラ」という考えなので、インフラを破壊することに繋がりかねない市場原理主義を生き残り戦略に採用することはない。
公定価格に基づいた保険診療を中心に、今後も仕事を続けていくだろう。
ここで、患者さん達へのアドバイスを一つ。
情報の非対称性を商売に利用するのは世の常。「私たちは素人で何も分からないから、先生おまかせします」では、カモられる恐れがあることは忘れずに。
患者単価が下がっても別に困っていないので勘弁して( ・_・)ノ
冒頭の
「先生。開業前の事業計画で掲げていた予想患者単価ですが、最近は下がっていますね。何か理由はありますか?」
に対して自分は、
「再診の患者さんが増えましたしね。再診の患者さんに、不必要な検査を頻回に行うことはしてないですし。新患はコンスタントに来てレセプト枚数も売り上げも伸び続けているから大丈夫じゃないですか?」
と答えた。
開業時の借入金は幸いにもその後膨らむことなく、今でも毎月淡々と返し続けている。
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