高齢者医療において、多剤併用が大きな問題となっている。5種類以上の内服薬がある場合、副作用発現のリスクが急上昇する、というデータもあるようだ。
高齢者の服薬は5種類までにしてそれ以上の薬はやめるべき | マイナビニュース
必要があって、かつ適切に管理された多剤併用であれば致し方ない。しかし、いつの間にか増えてしまうのが薬というものである。
今回紹介するのは、14種類(!)の内服を6種類に整理した結果、ほぼ全ての訴えが消失した91歳女性の方である。
91歳女性 慢性的な疼痛や頭痛の訴え

初診時
(既往歴)
脳梗塞後遺症 リウマチ性多発筋痛症疑い 膵癌疑い
(現病歴)
頭痛とめまい感、食欲不振、全身が痛いとの訴えあり。表情は沈鬱。訴えの多さから認知症が疑われるとのことで紹介。
(診察所見)
HDS-R:25
遅延再生:5
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:14
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:施行せず
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:施行せず
頭部CT左右差:なし Tabletサインありか?
介護保険:要介護1
胃切除:なし
歩行障害:年齢相応
排尿障害:なし
易怒性:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:
認知面は問題なしかな。頭痛は一時期執拗だったらしい。何かあったらまたどうぞ。かかりつけに返書作成。可能であれば薬剤の減量をお願いした。
AVIM(無症候性の脳室拡大)の可能性は留保しておく。歩行障害や失禁が出現した際には当院受診をお勧めした。
約1ヶ月後
突然の?高熱と意識障害ということで、当院救急搬入。
意識レベルはJCS20、四肢の麻痺なし。39℃の熱。頭部画像で新鮮な所見なし。胸部レントゲンで肺炎なし。
採血でWBC(白血球)が21000、CRP20と炎症反応高値。
検尿で細菌尿を確認。「最近水分摂取が少なかったかも・・」とご家族情報。
尿路感染症〜腎盂腎炎の可能性を考えて、入院による抗生剤治療開始。
入院後の経過
抗生剤開始後3日目ほどで、熱は下がり意識レベルも改善。改めて内服を確認すると
- バイアスピリン(100)1T1XM
- スピロノラクトン(25)1T1XM
- ピタバスタチン(1)1T1XM
- ストマルコンD(5)1T1XM
- アバプロ(100)1T1XM
- ジルチアゼム(30)5T (2-2-1)
- ジルテック(10)0.5T1X
- タフマックカプセル3C3X
- 抑肝散7.5g3X
- プレドニゾロン(1)2T2XMA
- オパルモン(5)3T3X
- ミオナール(50)2T2XMA
- カロナール(300)2T2XMA
- ピーマーゲン3g3X
14種類を服用中であった。1〜9はかかりつけ(血液内科?)からで、10〜14は膠原病専門内科?からのようだ。
情報提供書から確認出来た病名は
- 10年来のリウマチ性多発筋痛症疑い(詳細不明)
- 高血圧症
- 高コレステロール血症
- 膵癌疑い(年齢を考慮し経過観察中)
- アルツハイマー型認知症疑い
以上の5つ。
この14種類の薬剤を、以下の5種類に整理した。
- プレドニゾロン(1)1T1XM
- ムコスタ(100)1T1XM
- プレタールOD(50)1T1XM
- アバプロ(100)1T1XM
- オパルモン(5)2T2XMA
そして、フェリチン低値を伴う貧血にフェロミア細粒1gを加え、内服は計6種類とした。
これで、慢性的な頭痛と全身の疼痛、抑うつ傾向などはほぼ全て消失。認知症などなく、矍鑠としたお元気なご婦人に戻った。
リハビリを行い、入院から約3週間後に自宅退院となった。かかりつけへの返書には、
「薬剤誘発性の諸症状であったと思います。現在の処方内容で、当面ご継続をお願いいたします。」
と記載してバトンタッチ終了。
(記録より引用終了)
薬を減らすに当たっての根拠は?

薬を減らすに当たって、処方が行われた各病院や担当医に確認を取ってから減らしていくことは、困難なことが多い。
何故なら、薬を出した担当医がその経緯を忘れていることもあれば、処方した医師が転勤していなくなっていることも多いからである。
適切な病名が不明なまま処方が行われているこの方の薬剤を減らすには、もはやかかりつけ医では不可能だろうと判断。自分で行うことにした。
少ない回数にまとめる工夫を
独居高齢者に対する処方の基本である。可能であれば一日一回が望ましいが、なるだけ朝夕の2回で収まるように工夫する。「毎食直前」とか「食前」などの飲み方は、思い切って諦める。大事なのは、
「その薬を、確実に飲めるかどうか」
である。ちなみに、自分の祖母は朝一回だけにまとめている。
認知症の祖母の主治医になって、一年が経過(2015年7月)。 - 鹿児島認知症ブログ
高齢者の血圧は下げすぎないように
高齢者のフラツキや活気の低下の原因として、「降圧薬の効きすぎ」というのは結構多い。
この方の血圧は収縮期が100前後であった。アバプロだけ残してジルチアゼムは止めたところ、150前後ぐらいまで上昇。明らかに活気が出てきた。
高齢者の血圧上昇には、「血圧を上げて、重要臓器に血液を届ける」という、自然な生理的変化の側面があると思う。つまり、「必要だから、身体が血圧を上げている」ということ。下げすぎにはご用心。
その他の工夫
- プレドニゾロン減量→ステロイドによる抑うつで頭痛が起きている可能性を考慮
- カロナール中止→薬物乱用タイプの頭痛に陥っている可能性があった。また肝逸脱酵素上昇の原因となっている可能性があったので中止
- バイアスピリン中止→プレタール50mgで十分と考えた
- ピタバスタチン中止→全身性の疼痛がスタチン誘発の筋痛である可能性を考慮
- スピロノラクトン中止→目立った浮腫や心不全傾向はなかったので中止
- ストマルコンD中止→ステロイド胃潰瘍を懸念しての処方だろうが、H2ブロッカーで認知面低下を来す高齢者はいるので、ムコスタ100mgに変更
- ジルテック中止→抗ヒスタミン薬で眠気や頭重感を起こす可能性を考慮
- タフマックカプセル中止→恐らく「とりあえず」処方だろうと考え中止
- 抑肝散中止→恐らく「認知症ならとりあえず」処方だろうと考え中止
- ミオナール中止→「肩こりからの頭痛でしょう、とりあえず」の処方と考え中止
- ピーマーゲン中止→必然性を感じないので中止
これだけの薬剤が、各々どのように効いているのだろうか?またどのように相互作用しているのだろうか?
正確に判断することは到底不可能である。だからといって、誰も取り組まなければ薬は増える一方である。
中止に当たっての根拠を持つのは大事だが、より重要なのは、
「何が何でも、とにかく一旦減らす!」
という決意かもしれない。
専門医療の落とし穴。高齢者が複数の病院を渡り歩く危険性とは?
高齢になれば、何らかの体調不良は出てくるものである。その全てを「病気」と捉える限り、薬は増え続けていくだろう。
患者心理としては
「何かあったら大変だから、早めに病院に行っておこう」
ということなのだろうし、医者心理としては
「検査で特に異常はないけど、何か薬を出しておかないと体裁が悪いなぁ・・・」
ということがあるのかもしれない。そしていつの間にか、誰も把握できないほどに薬が増えていく。
これは、医療が様々な専門分野に細分化されたことの、ある意味当然の帰結とも言える。
多数の病院を受診しているうちに、その患者さんの全体像を把握している医者がいなくなってしまう。言い換えれば、「誰も責任を持てない」という状況になってしまう。
単一疾患であれば、「専門医を受診して、治療してお終い」も可能だろうが、複数疾患(原因不明の愁訴も含め)が当たり前の高齢者においては、「 何かあったら専門医受診!」は、必ずしもメリットが大きいとはいえないのではないだろうか。