鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

「糖尿病に勝ちたければ、インスリンに頼るのをやめなさい」を読んで(書評)

 斬新な本に出会った時のワクワク感は、幾つになっても良いものだ。

 

インスリンに頼るのをやめなさい

糖尿病治療に携わっていて感じ続ける疑問

 

唐突だが、脳神経外科医の診療守備範囲は結構広い。

 

脳卒中を起こした直後の急性期治療から、外来で生活習慣病対策を行うことで二度目、三度目の脳卒中を予防していく、いわゆる慢性期治療まで脳神経外科医は関わり続ける。

 

脳卒中急性期の血圧管理や血糖管理なども自分達で行うので、循環器専門医や糖尿病専門医とまではいかないかもしれないが、脳神経外科専門医はこれらを扱うことに通常慣れている(少なくとも抵抗はない)。

 

さて、脳卒中後の外来管理で少なからず疑問に感じていたことがある。それは、

 

「血圧コントロールやHbA1cの数値コントロールは良好なのに、何故二度目三度目の脳卒中を起こすのだろう?何故腎機能が悪化していくのだろう?何故網膜症を合併するのだろう・・・?」

 

ということ。

 

高血糖の記憶とは?

 

外来における数値管理が優秀だったにもかかわらず、二度目三度目の脳卒中を起こす患者さんやご家族には

 

「一旦動脈硬化を起こした血管は、元には戻らないのです。もし何も対策をしていなければ(従来の生活習慣病管理のこと)、もっと酷い脳出血や脳梗塞を起こしていたと思いますよ・・・」

 

このように説明するのが精一杯であった。

 

  数年間以上血糖コントロールが不良であれば、血管の内皮に悪影響が出て、動脈硬化が生じます。 例えば、心臓の血管(冠動脈)が動脈硬化により狭くなって、つまりやすい状態になり、心筋梗塞や狭心症の危険があります。 これを「高血糖の記憶」といい、「消えない借金」のように生体内の動脈硬化が、ずっと残存して続きます。

 

糖質制限のパイオニア、江部先生はこのように説明する。

 

ドクター江部の糖尿病徒然日記 過去の高血糖期間の消えない借金(高血糖の記憶)と心筋梗塞

 

頭の手術を行う脳神経外科医は、動脈硬化を起こしている血管を直接見ることが出来る。

 

動脈硬化を起こした血管

 

これは、くも膜下出血を起こした患者さんの開頭クリッピング術中画像である。

 

  • 紫色に見える血管は静脈
  • 赤色に見えるのが正常な動脈
  • 黄色っぽく見えるのが、動脈硬化による石灰化で固くなった動脈

 

このような血管を見続けてきたので、「一度動脈硬化を起こした血管がキレイになるのは無理だよなぁ」と思っていた。なので、江部先生の言う「高血糖の記憶」という説を耳にしたとき、実感として納得できた。

 

もし高血糖の記憶が可逆性だとしたら・・・?

 

血管を扱う医者として、これほど心強いことはない。

 

今回この本を読んで、半ば諦めていた動脈硬化治療に対する大きなヒントを得た。

 

  • HbA1cを下げることよりも、合併症を起こさせないことが大事である。
  • 高血糖よりも、高インスリンの危険性に注目すべき。治療目的のインスリン注射やSU剤、DPP4阻害剤などが、動脈硬化を促進させている。
  • インスリンを補うという従来の糖尿病治療が正しいのであれば、何故糖尿病合併症が増え続けているのか?それは患者がさぼっているからではなく、従来の治療がおかしいからではないのか?

 

これらの主張を、実際の筆者の治療成績を開示しながら論理的に説明していく様は爽快である。

 

以前当ブログで書いた記事から引用するが、

 

  現在最もよく使われている糖尿病薬はDPP4阻害薬だが、低血糖のリスクは低いので高齢者には比較的処方しやすい。しかし、インスリンを出させる薬ではあるので自分の治療戦略の3に抵触する。高インスリンのリスクを考えると、中高年の頃からDPP4を使い続けることには抵抗を感じる。使わずにすめば、それに越したことはない。

 

という自分が妄想的に考えていたことを、理論的裏付けの元に実践し結果を出している先生がいる、ということに感銘を覚えた。

 

定説は、真実とは限らない 

 

www.ninchi-shou.com

 

宗田先生の著書を読んで感じたことでもあるが、従来の常識に従って治療を行い、結果が満足いくものではなかった場合、

 

「この常識はおかしいのではないか?」

 

と思えるかどうかが、ブレイクスルーを起こす第一歩になるのだろう。

 

ガイドラインやエビデンス至上主義を目にすることの多い昨今、教条主義に陥らないように気をつけねばと思った次第。

 

教条主義は「仮説と検証」をモットーとする科学的な態度とは相反するものである。

 

オーソドックスなこれまでの糖尿病治療に限界を感じている医療者、そしてカロリー制限を頑張り血糖下行薬を使用している糖尿病患者、その予備軍、いずれにとっても「糖尿病に勝ちたければ、インスリンに頼るのをやめなさい」はオススメの一冊である。

 

☆当然ですが、治療の前提として糖質制限がベースにあります。糖質制限については、以下に注意すること。

 

  1. 血液検査で血清クレアチニンが高値で腎障害がある場合
  2. 活動性の膵炎がある場合
  3. 肝硬変の場合
  4. 長鎖脂肪酸代謝異常症がある場合

 

これらの場合には、糖質制限は適応とならない。また、経口血糖下行薬の内服やインスリン注射を行っている人は、低血糖のリスクがあるので必ず医師に相談すること。

 

糖尿病に勝ちたければ、インスリンに頼るのをやめなさい
新井 圭輔
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