初版があっという間に品切れとなり、既に2万部の増刷がかかったという噂の新刊。読後の感想を述べます。
既知の事実を丁寧に解説
糖質制限について既に知識を持つ人であれば、この本で述べられていることの多くに「そうだよなぁ」と頷けるだろう。例えば、序章にある「間違っている6つの神話」。
- カロリー神話
- バランス神話
- コレステロール神話
- 脂肪悪玉説
- 炭水化物善玉説
- ケトン体危険説
いずれも未だに根強く信じられているものばかり。
CMでは「コレステロールゼロ!」、「カロリーゼロ!」などが、さも健康における常識のように語られる。厄介なのは、医療関係者にもこれらの「神話」の信奉者が多いということ。
この本では、豊富な例を挙げながら上記神話の誤りが正されていく。
専門的な内容が目白押しだが、妊婦さん達との心温まる、また時にはスリリングな(?)やりとりの中で語られるので、前提となる知識が少ない方でもあっという間に読み終えることだろう。宗田先生のソフトな語り口も、読みやすさの一因となっている。
ケトン体危険説とは?
以下のような考えである。
糖質制限をすると、ケトン体が発生する。高濃度のケトンは人体にとって有害で危険である(ケトアシドーシス状態)。よって、糖質制限は危険である。
自分は、医学生時代に「高ケトン≒ケトアシドーシス」と覚え、そのまま医師になってしまった。これが誤りであったこと(高ケトン=ただのケトーシス)に気づいたのは、糖質制限を勉強し、自ら実践し始めた4年前である。
ところで、ケトアシドーシスとはどのような状態なのか。ちょっと長いが、薬学用語解説より引用。
ケトン体の蓄積により体液のpHが酸性に傾いた状態。ケトン体(アセトン、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸)は脂肪の分解により肝臓で作られ、血液中に放出される。体内にケトン体が増加する状態をケトーシス(ケトン症; ketosis)といい、特にアセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸は比較的強い酸であるためケトアシドーシスとも呼ぶ。ケトアシドーシスは、かぜやインフルエンザなどの感染症にかかっている時や、強いストレス下にある時など、血液が体組織よりももっと酸性に傾いている時に急激に発症する。糖尿病性ケトアシドーシスは、主に1型糖尿病患者に起こる。インスリンが不足した状態では、グルコース(ブドウ糖)の代りに脂肪の代謝が亢進し、ケトン体が作られる。1型糖尿病患者で、インスリンを十分に補わないと、血糖値が上がり続け、ケトン体が血液中に蓄積しケトアシドーシスをきたす。この状態では細胞が損傷を受け、さらに脱水が加わると意識障害(ケトアシドーシス昏睡)を起こす。
このような状態のことである。赤文字強調部分が大事。
以前の自分は、「ケトン体が血中に蓄積するとケトアシドーシスになり、命に関わってしまう」と考えていた。
しかし正解は、
【ケトン体が増えただけではケトアシドーシスにはならない。前提として、絶対的なインスリン不足があり、かつ高血糖を来しているのがケトアシドーシスの本質】
である。
問題なのはインスリン不足と高血糖であり、ケトン体そのものが悪さをしているわけではない、ということ。
ただしこれは今まで江部先生や夏井先生達が述べてきたことでもあり、本書で初めて明らかになった事実というわけではない。
胎児はケトンで生きている!!
これが、本書で述べられている最も重要な新事実である。詳細は本書を読んでもらうこととして、簡単に述べると「胎児~新生児~乳児のある一時期までの赤ちゃんは、高ケトン血症である」ということ。にも関わらず、ケトアシドーシスを起こしているわけではない。
これは、胎盤絨毛や臍帯血を直接測定した結果なので、否定しようのない医学的事実である。
「糖質を摂取したら血糖値が上がる」、「タンパク質や脂質を摂取しても血糖値は上がらない」などと同じ、測定結果から導かれた医学的事実である。
科学に携わる立場の者としては、測定結果から導かれる事実には誠実に向き合わなければならない。
事実を前にしても、考えを変えられない人達
妊娠糖尿病に対して糖質制限を行ったところ、妊婦さん達は高ケトン血症になったにも関わらず安全に出産出来た。この経験を学会で報告した宗田先生は、猛烈な批判に曝された(第3章に詳述)。
ここでちょっと、以前に自分が経験したことを語りたい。
ある学会で、レビー小体型認知症と正常圧水頭症が合併した症例を報告した。その報告内で患者さんの改善動画を供覧したのだが、ある高名な教授に、
グルタチオンもシチコリンも、まあ使っても害はないだろうけど、エビデンスはなく完全否定されていますからね。そのようなモノを人様に勧めちゃいかんですよ。
と全否定を受けた。そしてその教授は、
レビー小体型認知症だったら、まあアリセプトを使えばいいでしょうね。これはエビデンスがありますからね。
と、何故か聞かれてもいないアリセプトについて言及し始めた。ちなみにこの患者さんは、アリセプトを増やされて具合が悪くなっていたのだが・・・
妊娠糖尿病にインスリンを使わないで無事に出産できたケースと、胃瘻を目前にしながらも、シチコリンやグルタチオンで回避出来たケース。
実際にあったケースを目の前にしても、理解できない(理解しようとしない)人達は、残念ながら存在する。
www.ninchi-shou.com
権威の方達が、考えを変えられない理由(心の中を代弁)
これまで「糖尿病にはインスリンを。インスリンを使いながらでも、食事のカロリーの60%は糖質で摂るんだよ」と指導してきた人々の立場に立って考えると、方針転換の難しさは想像に難くない。
何故なら、ひょっとしたら内心では
糖質食べさせて上がった血糖値をインスリン注射で下げるなんて、ただのマッチポンプだよな・・・
と思っているかもしれないが、
でも、昨日まで「カロリーは抑えて、でも糖質をしっかり摂って、インスリンもしっかり打ちなさい!」と指導していたのに、今日から「糖質を摂らなければ、インスリンも要らなくなる可能性が高いよ!」なんて言ったら、患者さん来なくなるだろうし、最悪訴えられるかもしれない・・・
と考えてしまうだろうから。
権威とは「ポジショントークしか出来なくなった人達」のことなのだろうか。そうだとしたら、出世するのは難儀なことである。製薬会社を含め、あらゆるしがらみに絡め取られているのかもしれない。
勿論、経験を積み尚、誠実さも失わない闊達な方達はおられるのだが。
人間は、心地よさ(文化)に包まれていたい生き物である
- これまでの日本人がそうしてきた食生活が、間違っているはずはない。
- 真っ白なあったかいご飯を食べると幸せな気持ちになる。これは、身体が求めている証拠。なので、ご飯が身体に悪いわけがない。
- 糖質制限で体調を崩す人がいる。だから、糖質制限は安心とは言えない。
糖質を摂取すると、報酬系が刺激されドパミンが放出される。当然、心地よい気分になる。これはタバコやコカイン摂取と同じ理屈である。強力な報酬回路が一度形成されてしまうと、なかなか方針転換することは難しい(薬物中毒患者の治療の難しさのことを想像して欲しい)。
医学的事実を認めることと、文化を否定することは同義ではない。
文化に包まれてこそ、人は安心して暮らすことが出来る。しかし、いつの間にか文化が排他的な因習になっていることも、往々にしてある。そして、因習は是正を目指す対象である。
因習を是正することで、文化をより洗練させる。そのための糖質制限
という考え方があっても良いと思うのである。
我々は、パラダイムシフトの真っ只中にいる
- 血糖値を上げる栄養素が糖質だけだったら、糖質を摂らなければ糖尿病にはならないのでは?
- 赤ちゃんはケトン体が高いのにケトアシドーシスにはなっていない。ケトンそのものが悪いわけではないのでは?
- 傷口に消毒薬を塗ったら何故痛いのか?それは消毒薬が組織を痛めつけているからなのでは?組織を痛めつけると、傷の治りが悪くなるのでは?
- 抗認知症薬を添付文書通りに使ったら認知症が悪化する患者がいる。これは添付文書がおかしいのではないか?
真剣に患者さん達に向き合い、時に自らで実験し、そして自由な発想そのものを楽しんで追求し続ける人達がいる。こういう人達によって、パラダイムシフトは起きる。
パラダイムシフト - Wikipedia
「胎児はケトンで生きている」という重要な事実を突きつけたこの本は、糖質制限の考えが医学におけるパラダイムシフトとなるための、強力なエンジンとなるだろう。
宗田 哲男
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