慢性硬膜下血腫とは、脳を包む硬膜という膜の下に古い血液成分と水が混ざり合った袋が形成され、その袋が脳を圧迫して麻痺や頭痛、認知症のような症状を呈する病気である。
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高齢者に多く認められるが、自験例では16歳が最年少。その少年達は、空手部と相撲部。日常的に頭をぶつける部活動をしていた。
通常は、穿頭血腫除去術という手術を行うことで症状は速やかに改善する。
では、改善が得られない場合にはどのように考えたらいいのだろうか。
70代女性 手術で改善しなかった慢性硬膜下血腫の一例
有料老人ホーム入所中の方。身寄りがなく、施設の方が車椅子を押して付き添って来られた。転んで頭をぶつけたので、検査をしてほしいとのこと。
慢性硬膜下血腫の既往があり、以前手術を受けたが改善がなかったと。その後独居が難しくなり、施設に入所となったようだ。
一見して気づいたのは、左手を殆ど動かそうとしないこと。スタッフに聞くと、施設でもそのようで、転ぶときは左側に倒れることが多いらしい。
頭部CTで幸い新鮮な出血や骨折はなかったが、脳萎縮の左右差やピック切痕などの所見があり、初めはFTLDかな?と考えた。以下に、画像を示す。
このスライスの比較だけでは、特に何か分かるわけではない。「血腫がなくなったなぁ」ぐらいであろう。では、次の画像を。
血腫が消失して見えてきたのは、側脳室下角の左右差である。明らかに、右側脳室下角が左と比較して有意に大きく見える(右側頭葉内側が萎縮している)。このスライスでみると、FTLDの可能性が頭に浮かぶ。では、次の画像はどうだろう。
全く同じスライスの比較ではないのだが、左の術前画像では、ピック切痕のような切れ込みが確認出来る。そして、右の術後画像では頭頂葉レベルにおいても萎縮の左右差が分かる。やはり、FTLDを考えるべきなのだろうか?
慢性硬膜下血腫の術後で運動症状に改善がない場合に考えるべきこと
問題が慢性硬膜下血腫だけであれば、術後に症状は改善するはずである。しかし、この方はそうではなかった。とすれば、慢性硬膜下血腫以外の病気の関与を考えなければならない。しかし前医では、
本来なら手術で良くなるはずだが・・・。年齢の影響でしょう。お一人暮らしが難しくなるから、施設入所を検討しましょう。
という説明だったようだ。
自分としては、この方は
- 左手を動かそうとしない、しかし明らかな麻痺はない
- 倒れるときには左側に倒れることが多い
- 脳萎縮に左右差があり、中心溝レベルでも左右差がありそうだ
という臨床症状と画像所見から、「大脳皮質基底核変性症(CBD)ではないか?」と考えた。
【CBD発症→身体の動きが不自由になり転倒して頭部打撲→慢性硬膜下血腫】
という流れだったのだろう。当然だが、慢性硬膜下血腫の手術でCBDが治ることはない。
慢性硬膜下血腫(CSDH)はいわゆる「treatable dementia(治りうる認知症)」としてクローズアップされているのだが、実際治療に当たる側としてはそう単純な話でもない。
- 何故慢性硬膜下血腫を起こしたのか?たまたま頭をぶつけただけなのか?
- 転倒しやすくなっている要因が何かあるのでは?
このように考える癖をつけておくと
「ひょっとしたらレビー小体型認知症(DLB)や正常圧水頭症(NPH)、その他CBDなどの変性疾患が隠れているのでは?」
と考えるようになる。そして、術前術後の画像を改めて比較して気づかされることが結構ある。
CSDH+DLB、CSDH+PSP、CSDH+CBD、etcetc・・・
高齢者医療は、最初から複数疾患の合併を想定して臨む方がよいと思う。
ちなみにこの方は現在施設で穏やかに過ごせており、また内服も必要最小限だったので、かかりつけ医にCBDの可能性について情報提供を行うに留めた。個人的には、全ての症例に何が何でも介入すべきとは考えていない。*1