今回紹介するのは、アリセプトの処方経緯が不明で、かつ短期間で最大量まで増量され失神を繰り返していた方である。
81歳女性 特発性正常圧水頭症
(記録より引用開始)
初診時
数分間の意識消失があった、ということで救急搬入。これまで数度同様の発作ありと。
来院時は意識清明で、神経学的脱落所見なし。
認知症(病型不明)の診断でアリセプト10mg内服中。レビー感なし。幻覚なし。小刻み歩行、尿失禁ありと。
心電図でHR(心拍数)49。アリセプトによる徐脈の可能性は?昨年からアリセプトが始まり、10mgまで一気に増えたと。それまでは普通に原付バイクに乗れていた。
失神の原因となっている可能性があり、アリセプトは中止に。
頭部CTでDESH(正常圧水頭症における特徴的画像所見)を疑う。活気低下も著しいという娘さんの話から、NPH(正常圧水頭症)の可能性があろうか。
後日のTAPテスト(髄液排除試験)入院を勧めた。
20日後
TAPテスト入院。
(高齢者総合的機能評価)
IADL 4/8点, Vitality index 5/10点, GDS15 0/15点, Zarit介護負担尺度 13/88点, FIM 105/126点
(頭部CT/MRI)
- Evans Index 0.269<0.3,
- 頭頂円蓋部脳溝の狭小化(+)
- 両側シルビウス裂の開大(+)
- 両側側脳室~第三脳室の拡大(-)
- 脳梁角の鋭角化(-)
- incomplete DESH type iNPH
(タップテスト前)
- 3m Up & Go test 10.84s
- Berg BalanceTest 49/56点
- 起きあがり動作テスト 2.47s
- TMT-A 2'08"
- MMSE 21/30点
- FAB 9/18点
(腰椎穿刺)初圧9cmH2O, 髄液約23ml排除, 終圧0cmH2O
(髄液一般)細胞数 6/3(N:5, L:1), 蛋白32, 糖64, 塩素129↑
(タップテスト後)
- 3m Up & Go test 11.73s
- Berg BalanceTest 46/56点
- 起きあがり動作テスト 3.98s
- TMT-A 1'13"
- MMSE 22/30点
- FAB 11/18点
目立った変化はTMT-Aの改善。
HRは入院時73で正常範囲内。アリセプト中止で頻尿は劇的に改善しており、意識消失発作も出ていない。中止に伴う認知面低下もないと。
TAPテストから2週間後
自覚的に、また家族からみても歩行が改善していると。足が軽くなったようだと。ご希望もあり、特発性正常圧水頭症に対するLPシャント術を行うことに。
LPシャント術から1ヶ月後
手術は滞りなく終了し、術後1ヶ月評価で来院。
(シャント1ヶ月後)
- 3m Up & Go test 10.99s,
- Berg BalanceTest 47/56点,
- 起きあがり動作テスト 4.01s,
- TMT-A 1'14",
- MMSE 24/30点,
- FAB 12/18点
運動面での客観評価は、TAPテスト前と変化なし。自覚的には軽くなった感じはあると。
認知機能は、TMT-Aで54秒の短縮、MMSEは3点上昇、FABも3点上昇と、TAP前と比較して改善を認める。
家族から見た変化は、「自発性が増した」、「失禁が無くなった」という点。
かかりつけに情報提供。
今後も定期的に術後フォローを継続していく。
(引用終了)
抗認知症薬を増量する根拠は?
アリセプトによる副作用で有名なのは、
など。中止したら治まるのだが、副作用であることを医者や家族が見抜けなければ、
認知症が進行したので、アリセプトを増やしましょう
となってしまう恐れがある。若しくは、下痢や頻尿に対して別の薬が処方されたりなど。悪いことが起きたら「減らす」という発想は大事だと思う。
添付文書の記載では
高度のアルツハイマー型認知症患者には、5mgで4週間以上経過後、10mgに増量する。なお、症状により適宜減量する。
とあるが、「高度のアルツハイマー」がどのような基準なのか、またどのような根拠で10mgまで増量されているのか。これは実際にはブラックボックスの中である。
上記した副作用以外で恐いのは、今回の症例のような「徐脈」である。これは場合によっては命に関わりうる副作用なので、要注意である。
今回のポイントは以下。
- ①特発性正常圧水頭症がアルツハイマー型認知症と診断(恐らく)され、アリセプトが処方された。
- ②処方の初期から失神があったようだが、それにも関わらず短期間で10mgまで増量された。
①については、CT画像では典型的なNPH所見とは言いにくかったので、しょうがなかったかもしれない。ただ、家族曰く画像の説明は聞いていない、とのことなので、CTなりMRIなり行われたのかどうかは不明である。
問題なのは②である。これはかなりマズイと思う。
我が身は我が身で守る
今後ますます増えていく認知症患者への、かかりつけ医の積極的な関与はどうしても必要である。
しかし、患者数が増えれば今回の様な事例も増えてくるのだろう。
対策としては、医者は勿論のこと、患者さん、家族、ケアマネさん、その他認知症に関わる「全ての人達が勉強する」しかない。
少なくとも、薬の副作用は押さえておきたい。
単純に考えて、「知識を持った人の目配りが多い方が危険を未然に防げる確率は上がる」ということである。
そして、「患者さんを見ている時間が一番少ないのは医者なのだが、その医者に全てを任せていいのだろうか?」ということでもある。
www.ninchi-shou.com