抗認知症薬アリセプト(ドネペジル)に関して重要な報告があったので紹介する。
アリセプトとは?
アリセプトは、1999年に発売されたアルツハイマー型認知症に対する世界初の薬で、その後2014年にレビー小体型認知症への適応も加わった。
このことは、以前ブログに書いた。
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心配なのは、「10mg群で統計学的に有意な改善」という結果で大々的にプロモーションが成されると、歩けなくなったり、怒りっぽくなったりする患者さんが続出しないか?、ということ。
当院には、「アルツハイマーが進行しました」という紹介が多いが、結構な割合で「実はレビー小体型認知症だった」というオチがある。(上記ブログ記事より引用)
8年前に感じたこの懸念が現実化した例を、その後数多く経験することになったのは残念なことだった。
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抗認知症薬の少量投与問題
アリセプトの添付文書には
〈アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制〉
通常、成人にはドネペジル塩酸塩として1日1回3mgから開始し、1~2週間後に5mgに増量し、経口投与する。高度のアルツハイマー型認知症患者には、5mgで4週間以上経過後、10mgに増量する。なお、症状により適宜減量する。
と記載されている。
普通に解釈すると、「基本的には5mgで使いなさい。ただし、症状により適宜減量しなさい。」ということだと思うのだが、この記載の数行下にある
7. 用法及び用量に関連する注意
7.1 3mg/日投与は有効用量ではなく、消化器系副作用の発現を抑える目的なので、原則として1~2週間を超えて使用しないこと。(文字強調は筆者によるもの)
この付帯事項を重視するレセプト(診療報酬)審査員が、5mg以下の少量投与を行っているクリニックのレセプトを「ルール違反」と査定し、結果、そのクリニックが金銭的被害を被るという事例が少なからずあったと聞く。*1
「副作用に配慮し少量投与を行った」とレセプトの摘要欄に書いてもなお査定する審査員もいたようで、そうなると、処方医に出来ることは
- 査定されたくなければ5mg以上で使う
- 増量で患者に副作用を出したくなければ、処方そのものを止める
ぐらいしかなくなる。
効かない薬を止めるのは当たり前のことだが、効いている薬を止めるのは患者さんに申し訳ない。しかし、自院に損害を出してまで患者のために抗認知症薬を処方し続けるのは普通の医者では無理である。
これが、処方医を縛る事実上の「増量規定」にあたるのではないかと世に訴えたのが「抗認知症薬の適量処方を実現する会」である。
その後、厚生労働省は抗認知症薬の少量投与を容認した。
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製造販売後臨床試験で、主要評価項目を達成出来ず
2022年10月28日の厚生労働省医薬品第一部会で、アリセプトの添付文書にある「レビー小体型認知症における認知症症状の進行抑制」という効能・効果に対する審査が行われた。
その結果は、「カテゴリー2」、即ち「承認事項の一部を変更せよ」であった。
分かりやすく言うと、「看板に偽り(誤り)があったので、添付文書を改訂せよ」ということである。
販売後臨床試験では、アリセプトを3mgで2週間投与後、5mgに増量して4週間継続。その後は10mgに増量して約5年間継続された。
これは、アリセプトがレビー小体型認知症に対して適応を取得する際に行われた以下の試験の追試であろう。
国内臨床第Ⅱ相試験(431試験)は、レビー小体型認知症患者様139人を対象に、プラセボ対照二重盲検比較試験として、ドネペジル塩酸塩(以下、ドネペジル)の12週間投与の有効性および安全性が検討されました。評価項目として、認知機能障害(MMSE)、全般臨床症状(CIBIC-plus)に加え、レビー小体型認知症で高頻度に発現する精神症状・行動障害(NPI)などが設定されました。最終評価時におけるMMSEの投与開始からの平均変化量は、プラセボ投与群で-0.4点、ドネペジル3mg投与群で1.6点、5mg投与群で3.4点、10mg投与群で2.0点であり、全ドネペジル投与群にプラセボ群と比較して、統計学的に有意な改善が認められました。また、最終評価時のCIBIC-plusの改善率(「若干の改善」以上の割合)は、プラセボ投与群で33.3%、ドネペジル3mg投与群で68.8%、5mg投与群で71.0%、10mg投与群で64.3%であり、全ドネペジル投与群にプラセボ群と比較して、統計学的に有意な改善が認められました。最終評価時における投与開始時からの精神症状・行動障害(NPI-10)の平均変化量は、プラセボ投与群0.3点、ドネペジル3mg投与群-3.9点、5mg投与群-5.5点、10mg投与群-8.0点であり、ドネペジル10mg群にプラセボ群と比較して統計学的に有意な改善が認められました。(エーザイHPより引用、黒強調は筆者によるもの)
追試の有効性評価項目に使われたのはCIBIC-PlusとMMSE、NPI-2(以前はNPI-10)で、いずれもプラセボと比較して有意改善なしという結果から、以下のような結論を導くことが出来る。
アリセプトを3mgから10mgでレビー小体型認知症患者に使用した場合、12週間(3ヶ月)は良い結果が得られる可能性はあるが、それを60週間(5年)にわたって維持することは出来ない
これでは「レビー小体型認知症における認知症症状の進行抑制」を謳うことは到底出来ないが、そうなると、かつての431試験や432試験は何だったのだという疑義が生じる。
認知機能障害および精神症状・行動障害の改善効果が52週にわたって持続することが示されました。431試験および432試験の結果は論文発表されています。(エーザイHPより引用)
今回の追試結果自体に驚きはない。「この試験デザインなら、まあそうだろうね」ぐらいの感想しか無い。
それよりも、副作用で何人脱落したのかが気になる。
自分の臨床感覚からすれば、アリセプト10mgの長期使用に耐えられるレビー小体型認知症の患者は殆どいない。そして、その副作用は時に致命的である。
今後改訂される添付文書には、「投与後12週を目安に評価せよ。効果がなければ中止せよ」といった文言が追記されるらしい。それは望ましいこととは思うが、加えて
5mgで4週間以上経過後、10mgに増量する。
この文言を是非、削除して欲しい。
この「10mgへの増量」のせいで大変な目に遭った患者は恐らく、数え切れないほどいるだろうから。
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☆2022年12月20日追記
添付文書改訂はなされたが、「レビー小体型認知症における認知症症状の進行抑制」や、「5mgで4週間以上経過後、10mgに増量する。」の文言は変更されることなく、厚労省の示した修正案がそのまま採用されただけであった。