鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】non-DESHの特発性正常圧水頭症(iNPH)改善例。

久しぶりに、特発性正常圧水頭症(iNPH)の記事。

 

特発性正常圧水頭症とは、脳と脊髄を満たしている脳脊髄液(髄液)が過剰に脳内(脳室系・くも膜下腔)に貯留し、脳を圧迫することで

 

  1. すり足歩行
  2. 認知機能低下
  3. 頻尿・尿失禁

 

などの、「正常圧水頭症の3徴候」と呼ばれる症状をきたす疾患のことである。

 

髄液循環を変える手術によって症状の改善が期待できることから、

 

treatable dementia(治りうる認知症)

 

と呼ばれている。

 

今回紹介する女性Aさんは、息子さんから見て認知機能の衰えを感じるとのことで受診となったのだが、HDS-R(長谷川式テスト)は29/30と高得点であった。

 

視空間認知テストも問題なく、これらの結果だけであれば「認知症ではないでしょう」で終わっていたかもしれない。

 

認知機能テストは問題ない、正常圧水頭症


 

だが、一目見て自分が気になったのはAさんの「すり足歩行」であった。

 

だいぶ前からその歩き方だったため、息子さんは気にも留めなかったらしい。また、詳しく聞くと日中は20回ほど、夜間は5回以上の頻尿もあった。

 

頭部CTは、正常圧水頭症に典型的な画像所見を呈していたわけではなかった。しかし、見る人が見れば「なるほど」と思ってくれることだろう。

 

incomplete DESH

non-DESHのCT画像

DESH(Dispropotionately Enlargment subarachnoid-space Hydrocephalus)とは、くも膜下腔の不均衡な拡大を伴う水頭症のことである。頭部画像上、以下の所見を認めることが多いとされる。

 

  1. 脳室拡大・callosal angleの狭小化
  2. 高位円蓋部脳溝・大脳性肘部のくも膜下腔の狭小化
  3. シルビウス裂の拡大
  4. 脳溝の局所的拡大

 

個人的に重視しているのは3と4で、最も見逃されやすい所見でもある。

 

水頭症手術に関わる脳神経外科医であれば、2が見逃されることは通常ない。

 

1の脳室拡大は有名で、脳室拡大を頼りに「水頭症ではないですか?」と紹介を受けることが時々あるのだが、脳萎縮に伴い相対的に拡大した脳室を見て「脳室拡大」としていることが殆どである。

 

Aさんは特徴的4所見をほぼ満たさない、いわゆる「non-DESH」だったが、治療介入で劇的に改善した。

 

画像所見よりも臨床症状が大事、ということである。

 

 

80代前半の女性

 

初診

息子さんよりTEL。


お母さんの物忘れが気になり受診したいと。日時見当識の低下や誰と会っていたかなど覚えていない。息子さんと2世帯同居。息子さんの都合により急遽今から見て欲しいとの事。

 

(既往歴)

不整脈

(現病歴)

 

(診察所見)
HDS-R:29
遅延再生:6
立方体模写:OK
ダブルペンタゴン:OK
時計描画テスト:OK
IADL:7
改訂クリクトン尺度:16
Zarit:4
GDS:9
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
DLB中核症状: 2/4
rigid:軽度あり
幻視:なし
FTD中核症状: 1/6
語義失語:なし
頭部CT所見:海馬萎縮軽度 水頭症傾向あり
介護保険:要介護?
胃切除:なし
歩行障害:小刻み
排尿障害:頻尿
易怒性:なし
過度の傾眠:なし

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:

(考察)

 

〇〇病院で一時期リーマス100mgが処方されていた。落ち込んだと思ったら被害的考えで攻撃したりなどは双極エピソードのようではある。リーマスを止めて症状が悪化したのであれば、再開がいいのだが。

 

スルピリドで薬剤性パーキンソン症状が出現したという情報は重要。DLBの可能性は忘れずに。

 

当院で処方をまとめて欲しいとのこと。フルニトラゼパム2mgとトリアゾラム0.25mgは重いかな。朝方に薬の影響が残っているように見えることがあるのだと。

 

GDS9をとっかかりにしてトラゾドン25mgを夕方に入れフルニトラゼパムは中止にする。食欲はあるようだがかなり痩せている。少量リフレックスも考慮を。降圧薬も少量入れる。採血もしたい。

 

明確なすり足歩行だが、いつから?
頭部CTでわずかだがシルビウス裂拡大と異所性脳溝拡大を認める。

 

1週間後

 

自宅で転倒し後頭部打撲皮下血腫。

 

頭部CTで頭蓋内に新鮮な所見はなし。CSDH(慢性硬膜下血腫)には注意を。

診察室ではとり繕うようで、自宅での混乱は大きいようだ。まとまりをかいた言動に息子さんは振り回されて大変そう。

 

トラゾドン25mgは著効とは言えない。50mg程度までは試すか。

 

2週間後

 

 

睡眠はとれているのかな。トラゾドンはひとまず残す。
今回から〇〇病院の処方を引きつぐ。

 

降圧薬は増量する。採血。

 

4週間後

 

すり足小刻み歩行は著明。

 

初診時に説明していたタップテスト(髄液排除試験)について、息子さんからご希望があったので他院紹介。

 

精神的には落ちついていた。これは活気がないので余計な行動をしなかった、ということなのか。にこやかさは変わらずだが。ただし、今朝は財布ごと保険証を紛失して探し回っていたと。キーファインダーを紹介。

 

処方は維持。トリアゾラム卒業は今年の目標。降圧薬は今回維持。採血結果は問題なし。 

 

4週間後

 

こちらが説明をしているときの息子さんの目の泳ぎ方が気になる。

 

タップテストで好変化があればいいが。来週の予定。

 

処方維持。 

 

4週間後

 

タップテスト後、自覚的には頭のすっきり感が得られたと。歩幅が拡がりスピードアップしている。日に数十回かかってきていた息子さんへの電話が激減したと。

 

LPシャント(腰椎腹腔短絡術)について説明し、了承を得た。


処方は維持。

 

4週間後

 

著変無く経過中。タップ効果はまだ維持されているかもと。
処方維持。

 

4週間後

 

LPシャントは来週の予定。

 

タップ効果は1ヶ月少しで消失したようだ。LPが楽しみですね。

処方は維持。

 

初診から半年後

 

LPシャントから約1ヶ月経過。

 

歩行スピード・安定性の改善、排尿回数が日中20回→5~6回、夜間5回→2回に激減、会話のテンポアップなどなど、もろもろ高評価。

 

  • TUG 20.49秒→15.29秒(改善)
  • BBT 40/56→50/56(改善)
  • FAB 5/18→12/18(改善)

 

 

今のところ、息子さん御本人ともに、大きなお困り事なし。


眠剤は、トリアゾラム終了後にベルソムラを試す。長期処方初挑戦。

 

(最終処方)

 

  1. アムロジンOD(5)1T1XM
  2. 人参養栄湯1P1XM
  3. トラゾドン(25)1T1XA
  4. マグミット(330)1T1XA
  5. ピルシカイニド(50)2C2XMA
  6. トリアゾラム(0.25)1T1X眠前
  7. ベルソムラ(15)1T1X眠前 トリアゾラム終了後に

 

(引用終了)

 

疑わなければ気づけない正常圧水頭症。気づけなければ改善には繋がらない。 - 鹿児島認知症ブログ