自覚的なもの忘れを訴えて受診された、やや肥満気味の70代女性Aさん。
同伴した娘さん的には「年齢相応だと思いますけど・・・」とのことだったが、
- 診察室への入室時にややふらついていた
- 質問に対する返答がどこかボンヤリとして噛み合っていない
- 泌尿器科で過活動膀胱薬のベオーバを内服中
自分としてはこれらが気になったので、特に歩行について確認してみると「そう言われてみると、最近すり足気味かも・・・」とのことだった。本人は歩行に関しては気になることはなく、もの忘れについてしきりと訴えていた。
HDS-Rは26/30で遅延再生は4/6と軽度低下しており、視空間認知テストは全く問題なかった。
症状から正常圧水頭症を疑い、また頭部CTでも若干気になる所見があったため、Aさんには髄液排除試験(タップテスト)を受けてもらった。
以下がAさんの頭部CT画像であるが、赤矢印及び赤▢で囲った部分が水頭症を疑った所見である。典型的画像所見とはとても呼べないが、このレベルでも引っかけてタップテストを行い、LPシャント術で改善まで持っていけた例は幾らでもある。
タップテスト後にAさんは、「足の軽さや排尿回数減が2週間ほど続いて、また戻っていった」とのことだったので、テスト陽性と判断した。
通常であればここで、「タップテスト陽性即ち、probable iNPH(恐らく特発性正常圧水頭症)」と考えてLPシャント術を行うところである。
しかし、紹介先情報では、Aさんの腰椎穿刺時の初圧は250mmHgとのことだった。
髄液圧は、およそ60~150mmHgが正常とされる。250mmHgという髄液圧は正常とは呼べず、従って、Aさんを「正常圧」水頭症と診断することは出来なくなった。
しかし、Aさんの症状が髄液排除で改善した(タップテスト陽性)のは確かだったので、十分説明し納得頂いた上でLPシャント術を受けて貰った。
その結果、
- MMSE23→29
- FAB9→13
- トイレの回数が減った
- 歩きやすくなった
- 目のかすみが取れて、メガネなしで見えるようになった
という改善が得られた。
正常圧水頭症の三徴候が「認知機能低下・頻尿尿失禁・歩行障害」ということを考えると、いかにも水頭症の改善という結果ではあるが、5だけがやや異質である。
ここで、「髄液初圧が250mmHgだった」という情報が重要な意味を持つ。
実は以前、50代の肥満男性でAさんと同様の経験をしたことがある。その男性の訴えは、
「もう何年もずっと頭が痛い。歩行のバランスが悪くなり転びやすくなった。トイレも近い。また、光がまぶしいので室内でもサングラスが手放せない。」
であった。
頭部画像所見はわずかに脳溝描出不良を認めるのみであったが、タップテスト陽性だったのでLPシャント術を行ったところ、頭痛と歩行の改善が得られ、サングラスをかけずにすむようになった。その方の髄液初圧も200mmHgを超えていた。
Aさんとこの男性の共通点を考えた時、「特発性頭蓋内圧亢進症」という疾患が鑑別に上がる。
男性では稀だが、妊娠可能な年代の肥満女性に見られることのある疾患で、
- 慢性頭痛、特に早朝の頭痛
- 咳やくしゃみなどで息むと痛みが増強する
- 視力低下、視野異常、外転神経麻痺をきたすことがある
- 髄液圧が上昇している
などが特徴としてあげられる。
頭蓋内圧を低下させる利尿剤アセタゾラミドで治療されることが一般的だが、髄液排除で症状が改善することがあるので、LPシャント術も治療手段となり得る。
この疾患は原因不明(=特発性)とされているので、定義上は水頭症の合併はあり得ないことになる。しかし、歩行障害や排尿トラブル、認知機能低下などは特発性頭蓋内圧亢進症では説明困難であり、同様に、視力や視野障害についても水頭症では説明困難である。*1
個人的な意見だが、特発性頭蓋内圧亢進症と呼ばれる疾患は単に、「原因不明の頭蓋内圧亢進に伴う、様々な症状のある水頭症」ということではないだろうか。
特発性頭蓋内圧亢進症に特異的な画像所見はないとされているが、これも個人的には、微小な異所性脳溝拡大を見落としているのではないかと思っている。