以前、「若者がストレスに負けないためには肉を喰って鉄を摂った方がいいよ」という記事を書いたのだが、嬉しいことに多くの方の目に留まった。
www.ninchi-shou.com
友人の女医さん(以下Uさん)もその一人だったようで、ブログのFBページにコメントがあった。
タイムリー!! AKB48の岡田奈々ちゃんが「機能性低血糖症」と発表していて調べたとこでした。 しかも私、産休に入って一瞬妊娠うつになりまして。本物でした。 もちろんホルモンの変化始め、仕事がんばり過ぎてたからバーンアウト症候群的な要素、プライベートでのストレス過多が主な原因だとは思うけど、結果か原因か、食生活も乱れて…。具体的には、休みに入ってから1週間ほぼ炭水化物しか食べてない状態。1週間目、過換気症候群になってて、2週間目に落ちました。 立ち直るに当たって、肉を食わなきゃ!!と、ドライブに行き、温泉に入り、焼肉食ってきました。 前からありましたよね。肉(たんぱく質)を多く摂る人は鬱になりにくいというデータ。 それを思い出し、必死。 そして、機能性低血糖症というワード。 赤ちゃんが求めるままに炭水化物を摂りがちになるという妊娠後期。 危ない、危ない。 ダンナも野菜の好き嫌いが多く、若いけど…若いから炭水化物に偏りがちで、なんとか食生活を改善しないとと悩んでましたが、さらに明確に道が見えた気がしました✨ 栄養学、奥が深すぎる~(^-^;・
(なげー・・・・)ま、まあ今度ウチで採血してみようか?
今回は、炭水化物に食事が偏った結果うつになっていた妊婦さんが、タンパク質と鉄をしっかり摂取することで復活し、元気な赤ちゃんが産まれたというハートフルなお話。
30代 お酒大好きの奔放な女医Uさん
初診時
現在産休中。2ヶ月後に出産予定。
妊娠前はPMS(月経前症候群)が強かったが、呉茱萸湯を飲むようになり大分改善したとのこと。
最近はかなりの抑うつ傾向にイライラ感。直近の産婦人科での採血で、Hbは11。
フェリチンはチェックしよう。イライラには抑肝散2.5gを頓服で。
次回、採血結果説明。
鉄剤内服前の採血結果(出産2ヶ月前)
血色素量(HB): 10.5g/dl
MCV:83.7fl
AST(GOT):15IU/l
ALT(GPT):10IU/l
γ-GTP: 7IU/l
総 蛋 白:6.9g/dl
HDL-CHO:75.3mg/dl
尿素窒素:8.1mg/dl
クレアチニン:0.49mg/dl
血清鉄(Fe):110μg/dl
血糖(空腹時):84mg/dl
アルブミン: 3.4g/dl
フェリチン定量:12.2ng/ml
BUN、アルブミンとフェリチンは低い。MCVは80をギリギリ超えてはいるが、貧血を伴う鉄欠乏状態及び、タンパク質不足の状態。フェルム1Cを夕食直後で開始すると共に、糖質を控えめにして高タンパクの食事に切り替えてみることを提案。
1ヶ月後
体調は非常に良好で、抑うつ気分はなし。糖質制限も上手くいっているようだ。
今日は採血。結果は後日説明。
体調が悪くなる前は血圧が下がってくると。糖質制限を始めてからは大分いいが、以前は収縮期血圧が70台ということもちらほら。自律神経機能が低下していたということだろうか。
来月出産予定。元気なお子さんを楽しみにしています。
鉄剤内服後の採血結果(出産1ヶ月前)
血色素量(HB): 12.5g/dl
MCV:91.5fl
AST(GOT):20IU/l
ALT(GPT):16IU/l
γ-GTP:9IU/l
総 蛋 白:7.1g/dl
HDL-CHO:64.7mg/dl
尿素窒素:14.5mg/dl
クレアチニン:0.64mg/dl
血清鉄(Fe): 160μg/dl
血糖(空腹時):80mg/dl
アルブミン: 3.8g/dl
フェリチン定量:47.4ng/ml
BUN、アルブミン上昇。タンパク質摂取及び代謝良好。フェリチンは35上昇し、Hbも改善。
(引用終了)
鉄とタンパク質摂取の重要性について
いわゆる三大栄養素とは、
である。これにビタミンとミネラルが加わると、「五大栄養素」である。
これらの中で、糖質はグリセロールやアミノ酸、乳酸を利用して自ら作り出すことができる(糖新生)。必須脂肪酸、必須アミノ酸はあるが、「必須糖質」は存在しない。つまり、糖質は絶対摂取しなくてはならない栄養素、という訳ではない。
鉄は、好気性エネルギー代謝の最終段階である電子伝達系に必須のミネラルである。鉄が不足すると、エネルギー(ATP)の産生効率は低下する。
足りないエネルギーを嫌気性代謝(解糖系)で補おうとすると、乳酸がどんどん産生される。コリ回路による回収が間に合わなければ、乳酸は蓄積していく。乳酸が蓄積するということは、「疲労」が蓄積するということである。
例えば、マラソンランナーの足が止まる理由の一つに足への乳酸蓄積が挙げられるが、肩や首に乳酸が蓄積すると頭痛や肩こりの原因となり得る。
疲労物質である乳酸を貯め込まないためには
- 乳酸を発生させる糖質を控え、エネルギー源として脂質を積極的に摂取する
- 電子伝達系をしっかり回転させるために、鉄を補う
このような方法が有効だろう。
ここで大事なのは、「鉄と一緒にタンパク質もしっかり摂る」ということである。
およそ体内に約3~4gあるとされる鉄は、
- 約70%はヘモグロビンとして
- 約25%はフェリチンとして
- 約4%はミオグロビンとして
このような形で存在する。鉄がその役割を果たすため(ストックされるためという意味でも)には、結合する相手(タンパク質)が必要なのである。
ところで、一般的に鉄欠乏と言えば貧血がイメージされる。しかし、「採血したけれどヘモグロビンが正常なので貧血ではない=鉄は足りている」ということでは全くない。ここでみるべき重要な指標は、ヘモグロビン(貧血の一般的指標)ではなくフェリチンである。
貯蔵鉄と呼ばれるフェリチンは、女性の場合だとおよそ5~180ng/mlの範囲内であれば「基準範囲内」とされる。
しかし自分の経験上、フェリチンが20未満だと皆さん大抵何らかの訴えがあり、脳外科を受診される場合は、それは「頭痛や肩こり、不眠」であることが多い。
これらはうつの方が多く訴えることでもあるので、精神科や心療内科に通院中の患者さん達の相当数で、フェリチンが欠乏しているのではないかと睨んでいる。
Uさんは、一ヶ月間のフェルム内服でフェリチンが約35も上昇した。これは結構珍しいのだが、糖質を控えめにしてタンパク質をしっかりと摂取したからであろうと推測している。
妊娠中は様々な栄養素やビタミン、ミネラルの需要が高まるが、中でも鉄は重要である。
妊娠に伴って循環血漿量が増大していくため、非妊娠時よりも意識的に鉄摂取量を増やさなければ、母胎は容易に貧血になってしまう。
また、胎児の神経系の発達や造血に鉄は必須であるし、産後の女性の回復(ここでATPのことを思い出して欲しい)にも関係することから、恐らく妊娠中の最重要ミネラルは鉄ではないだろうか、と考えている。
安全な妊娠継続、出産のためにフェリチンを定期的に測定しては?
一般的な妊婦検診では、必ずヘモグロビン(Hb)はチェックされる。しかし、よほど重度のHb低下が無い限りは、フェリチンがチェックされることはないだろう。
「貧血を伴わない鉄不足」はフェリチンを調べなければ分からない。妊娠がわかった時点で、その妊婦さんの「潜在的な体力(≒フェリチン)」を知っておくことは安全な妊娠継続のために有用ではないだろうか。
(太陽化学株式会社HPより引用)
上記グラフから分かるように、女性はほぼ鉄不足である。妊娠が始まった時点で鉄を十分に持っているかどうか、Hbだけをみていては分からない。Hbは正常でもフェリチンが低下している女性は多く、そのような女性がフェリチンが低下していることに気づかれないままに、また十分な量の鉄を摂取できずに妊娠が継続していくと、今回のUさんのように「妊娠うつ」を起こす可能性が高くなるのではないだろうか?
(太陽化学株式会社HPより引用)
厚労省発表の「食事摂取基準2015年度版」に定められた年代別の鉄推奨摂取量は、例えば30歳女性が妊娠した場合、
- 妊娠初期は9mg/day
- 妊娠中期から後期は21.5mg/day
- 授乳期は9mg/day
これだけが必要になる。
鉄の吸収効率(摂取した分だけ吸収されるわけではない)を考えると、食事のみで必要量を賄うことは厳しい。なので実際には、ほぼ全ての妊婦さん達は葉酸と共に鉄のサプリを摂取していると思われる。
自分の妻が妊娠中に飲んでいたサプリはこちら。
アサヒグループ食品 (2011-03-07)
売り上げランキング: 519
当時一日1粒(12mg)飲んでいたが、妻にとっては全然足りていなかっただろうと今では思う。
出産までHbは正常範囲内であり続けたので、産婦人科での定期検診でフェリチンを測られたことはなかった。
ちなみに、妻の妊娠期間中に行われた採血は合計3回。風疹などの感染チェックを除けばいずれも末血のみで生化学項目は一度も測定されることはなかった。このことから、体調に大きな変化がない限りは、産婦人科医が注目するのは貧血(≒Hb低下)だけなのだろうと推測する。
幸い子供は無事に産まれてくれたのだが、出産直後の妻の疲労は壮絶なものであった。そして、かなり長い間その疲労を引きずっていたように思う。いわゆる「産後の肥立ちが悪い」とは、「産後に重度の鉄タンパク不足に陥った状態が長く続いてしまうこと」なのではないだろうか。*1
妊娠中の食事について
これは、Uさんが出産直前で産婦人科に入院になった際に出された昼食であるが、「焼きそば、おにぎり、餃子、杏仁豆腐とマンゴーのデザート?」という内容。
食事はまあ・・・うん、しょうがないかなw 産後は差し入れでタンパク質をガンガン取って*2、糖質は出来れば控えよう。鉄もお忘れなく。
繰り返すが、入院中に出された食事である。 ということは、管理栄養士が推奨する食事ということになるが、これでは「出産を命がけにしているのは食事なのでは?」と考え込んでしまう。
*3それとも、出産直前だったので、敢えて瞬発力を高めるためのカーボローディング的な食事にしたのだろうか?
一方こちらは、自宅でUさんが自分で工夫していた昼の食事である。
白ご飯は80g程に調整していると聞いたが、糖質量に換算するとおよそ27g程度となる。朝は主食を摂らずに、ドライフルーツやローストしたクルミを入れたヨーグルト。夕食の白ご飯の量は昼と同じで、副食は肉、魚、アボカド、鰹節と卵をかけた納豆などをたっぷり摂っていたようだ。大体一日辺りの糖質摂取量は100g前後に収まっていたのではないだろうか。
脂質とタンパク質メインの食事に切り替えることに不安を持つお母さん達は多いだろうが、以下の会話は参考になるかもしれない。上記の様な食事に切り替えて約1週間後、フェルムの内服が出来ているかを確認した際のUさんとの会話である。
大丈夫! 夕食後の夜もお腹が減るくらい大丈夫( ・∇・) あと、体調は気分も含めてすごくいい。 3時間くらいづつの固まった睡眠が取れる。アドバイス、ありがとう!! 周りの友達にも今回のエピソード、言いふらして広めてます( ̄∇ ̄*)ゞ
糖質を減らして脂質とタンパク質を十分にとる食事のメリットは、赤文字部分に表現されている。*4
それでも不安な方は、宗田先生の本を手に取ってみよう。Uさん(女医さんです)にもこの本を貸して読んで貰ったが、「眼からウロコの連続」だったようである。
www.ninchi-shou.com
脂質とタンパク質をしっかり摂取して、糖質ではなくケトン体を身体のメインエネルギーにする。赤ちゃんとお母さんが、ケトンで強く繋がっている。なかなか素敵なイメージである。
そして、無事に出産
私、さっき入院。 一昨日の夜から子宮の張りあり、昨日の早朝、おしるし。 昨日朝、病院受診。微弱陣痛で10分間regular。赤ちゃんが下りてきてなくて破水が先行するかもと言われながら帰宅。 結局、破水せず。今日は赤ちゃん下りてきてて経腟でいけそうだけど、3500強と巨大化していた(笑) うまくいけば今夜自然に…基本的には明日、誘導分娩かも。
そして・・・・・
無事に産まれました(涙)。*5
おめでとう!!
おしまい♪
☆以下は、この友人の妊娠中採血結果を考察した記事になります。