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鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

妊娠末期の採血結果から考えたこと。

栄養学

 

前回の妊婦さん記事がご好評を頂いた。

 

www.ninchi-shou.com

 

今回は前記事の補足として、この妊婦さんの採血結果から私見たっぷりに考えたことを書いてみる。 

 

採血結果を考察する

 

まずは、採血結果を提示する。

 

鉄剤内服前の採血結果(出産2ヶ月前) 

 

血色素量(HB): 10.5g/dl
MCV:83.7fl
AST(GOT):15IU/l
ALT(GPT):10IU/l
γ-GTP: 7IU/l
総 蛋 白:6.9g/dl
中性脂肪(TG): 608mg/dl
HDL-CHO:75.3mg/dl
尿素窒素:8.1mg/dl
クレアチニン:0.49mg/dl
血清鉄(Fe):110μg/dl
血糖(空腹時):84mg/dl
LDL-CHO: 315mg/dl
アルブミン: 3.4g/dl
フェリチン定量:12.2ng/ml

 

鉄剤内服後の採血結果(出産1ヶ月前)

 

血色素量(HB): 12.5g/dl

MCV:91.5fl
AST(GOT):20IU/l
ALT(GPT):16IU/l
γ-GTP:9IU/l
総 蛋 白:7.1g/dl
中性脂肪(TG): 1000mg/dl
HDL-CHO:64.7mg/dl
尿素窒素:14.5mg/dl
クレアチニン:0.64mg/dl
血清鉄(Fe): 160μg/dl
血糖(空腹時):80mg/dl
LDL-CHO: 241mg/dl
アルブミン: 3.8g/dl
フェリチン定量:47.4ng/ml

 

以下、各数値について考察していく。

 

フェリチン定量12.2→47.4

 

貯蔵鉄と呼ばれるフェリチンは、女性の場合は大凡5~180ng/mlの範囲内であれば「基準範囲内」とされる。ヘモグロビンが正常であれば、「フェリチン12.2」は一般にはおよそ正常とされている可能性がある。

 

しかし自分の経験上、フェリチンが20未満の方は大抵何らかの訴えがある。脳外科を受診する方達であれば、「頭痛や肩こり、不眠」を訴えることが多い。

 

これらはうつ病の方が多く訴えることでもあるので、精神科や心療内科に通院中の患者さん達の相当数で、低フェリチンを呈している可能性があるのではないか?と個人的には考えている。

 

欠乏している鉄を補うことで、慢性的な症状が改善してくる人達の症例報告は、いずれ当ブログで紹介していく予定である。

 

この妊婦さんは、一ヶ月間の鉄内服でフェリチンが35上昇した。これは結構珍しく、理由としては同時にしっかりとタンパク質を摂取したからだと思っている。 鉄はタンパク質と結びつくことで、ヘモグロビンやフェリチンとして働きを有するようになる。

 

血色素量(HB)10.5→12.5

 

いわゆる「鉄欠乏性貧血」が改善していることがハッキリ分かる数値上昇である。

 

酸素欠乏は人間にとって死を意味する。ヘモグロビンは酸素と結合し、身体の隅々に酸素を送り届ける重要な役割を担っている。体内に吸収された鉄は、優先的にヘモグロビンとして利用される。

 

そして、余った鉄の多くはフェリチンとして主に肝臓に蓄えられていく。フェリチンは、その人が持つ「底力」のように思う。

 

トランスアミナーゼの上昇

 

肝機能マーカーとして頻用されるASTやALT、γ-GTPは、「トランスアミナーゼ」と総称される。これらは、アミノ基の変換に関与する酵素である。肝炎や心筋梗塞、脂肪肝などで細胞が破壊されると上昇するため、主に低値よりも高値で注目される。

 

糖質制限の勉強をするようになってからは、トランスアミナーゼの高値ばかりではなく低値にも注目するようになった。

 

例えば、アミノ酸そのものが少なければトランスアミナーゼは低値になる。アミノ酸はタンパク質を分解して得られるため、アミノ酸が少ないということは、ほぼタンパク質の摂取不足を意味する。つまり、「トランスアミナーゼ低値≒タンパク質摂取不足」ということ。

 

その他、ASTやALT、特にALTの活性にビタミンB6が補酵素として関与するため、ASTよりALTが目立って低い場合には、ビタミンB6不足の可能性を考えるようにしている。

 

今回の採血結果でトランスアミナーゼがもれなく上昇しているのは、タンパク質摂取が増えたからと考えた。

 

尿素窒素8.4→14.5

 

タンパク質が分解されて出来る最終産物は尿素である。尿素は肝臓で作られ腎臓から排泄される。尿素に含まれている窒素量が尿素窒素として採血で測定できる。この尿素窒素から、タンパク質の摂取量や代謝量を推測することが出来る。

 

高値の場合には脱水や消化管出血、腎機能悪化が懸念されるが、低値の場合には分解されるタンパク質が不足している可能性がある、と考える。

 

今回8.4から14.5に上昇したのは、タンパク質摂取の増加に伴い分解されるタンパク質も増え、その結果尿素窒素が増えたということを意味する。

 

中性脂肪とコレステロールは気になるところだが・・・

 

妊娠中は通常、コレステロールや中性脂肪は上昇する。コレステロールは妊娠を維持するために必要な女性ホルモンの材料として使われ、中性脂肪はエネルギー源として使われる。

 

妊娠の各ステージにおける明確な基準値は探せなかったのだが(そもそも存在するのか?)、中性脂肪は妊娠末期では4~5倍の数値になることがあり、またLDLコレステロールは300を超えることがあるらしい。

 

今回行った採血では、中性脂肪とLDLコレステロールは一ヶ月間で以下のように推移した。

 

中性脂肪608→1000

 

採血を行ったのが空腹時ではなく、昼食後4~6時間と中性脂肪が最も上昇している時間帯であったことを考慮する必要があるにしても、1000という数字にはドキッとさせられた。

 

「産婦人科医がこの数値を見た場合、何か薬を出すのだろうか?」ということも同時に気になった。中性脂肪低下目的で一般的に使用されるフィブラート系薬剤は、妊婦には禁忌なので処方薬を出すことはないのだろうが、ではどのような栄養指導を行うのかは気になるところ。「脂質を減らして糖質を増やしましょう」となるのだろうか?

 

ところで、中性脂肪高値で気になるのは「急性膵炎のリスクは?」ということである。

 

もし中性脂肪高値が急性膵炎のリスクに直結するのであれば、妊娠そのものが急性膵炎のリスクファクターとなるはず。しかし、そのような統計学的データはないようだ。

 

症例報告を2つほど見つけたので、以下に提示する。

 

  症例は28歳,4回経妊3回経産(正常分娩3回)。前医で妊娠初期から血液検査で高脂血症を指摘されていた。骨盤位のため帝王切開が予定されていたが,術前検査でT-chol1,180mg/dl,TG8,204mg/dlと異常高値認め,妊娠38週2日に当院紹介受診。(妊娠中に高トリグリセリド血症を認め,帝王切開後に急性膵炎を来した1例、埼玉産科婦人科学会雑誌Vol.41 Page.21-24)

 

この症例では、妊娠初期から脂質異常を認めており、帝王切開前の採血でコレステロールや中性脂肪が超高値であった。そして、帝王切開翌日に急性膵炎を発症した。中性脂肪は8204mg/dLと超高値である。

 

  妊娠22週に腹痛が出現し,血清アミラーゼ高値(1,784U/l)と腹部超音波検査で膵腫大を認めたため,当院救命救急センターに搬送となった。入院時血液検査で総コレステロール450mg/dl,血清中性脂肪3,747mg/dlと高値を示し,妊娠を契機とした高脂血症による重症急性膵炎と診断した。(妊娠を契機とした高脂血症により重症急性膵炎を発症した1例、東京産科婦人科学会会誌Vol.60 No.3 Page.418-422) 

 

こちらも妊婦急性膵炎の例だが、中性脂肪は3747mg/dlとやはり超高値である。

 

元々家族性高コレステロール血症(FH)を持っていた、または糖尿病に罹患していたなどは、当然急性膵炎のリスクファクターとなり得る。しかし、こんかい 見つけた症例報告はいずれも特発性、つまり「原因不明」であった。ちなみに、急性膵炎発症の原因として最も多いのはアルコール過量摂取で、その次が胆石である。

 

「急性膵炎発症時の中性脂肪高値とは、原因ではなく結果なのでは?」、などと想像がたゆたう。

 

中性脂肪が上昇する理由

 

糖質を摂取しても脂質を摂取しても、中性脂肪は上昇する。

 

脂質の場合、余剰分は便で排出される(脂肪便)ため、極端な中性脂肪上昇には繋がりにくいと考えられる。

 

しかし、余剰糖質はインスリンによって中性脂肪に変換されていく。脂質を同時に摂取していると、更に中性脂肪は上昇していく。

 

ここで自分の話をすると、糖質制限(江部先生の定義ではスーパー糖質制限)を始めてかれこれ4年以上が経過しているが、空腹時中性脂肪は常に70前後の2桁に収まっている。ちなみに、糖質制限前は常に140~200の間であった。そして、糖質制限後は明らかに食事による脂質摂取量は増している

 

つまり、実体験として(妊婦ではないけれども)言えるのは、「中性脂肪を大きく上昇させるのは(過剰)糖質摂取」ということである。

 

今回の妊婦さんのケースでは、糖質制限後にもかかわらず中性脂肪は上昇している。その理由としては、勿論「妊娠後期」というエネルギー需要が非妊娠時よりも高い状態であるということが前提ではあるが、

 

  過剰糖質由来の中性脂肪は減ったが、脂質由来の中性脂肪摂取量は増えた。これが続けば肝臓で合成される中性脂肪は減ってきて、最終的には中性脂肪は下がっていくだろう。しかし、身体はまだそのバランスを整える移行期であった。

 

このように考えている。ただし、2回の採血はいずれも最終食事からの時間が揃っているわけではないので、精密な比較にはなっていないことはお断りしておく。

 

「どの程度までの数値を安全と見積もればいいのだろうか?」という疑問は残るが、恐らくは中性脂肪の数値単独でどうこうということではないのかもしれない。

 

  • 胆道系酵素上昇の有無
  • 高血圧の有無
  • 糖尿病の有無
  • 血小板減少の有無

 

などの確認は必要だろうが、最も重要なのは「妊婦さん自身が自覚する体調変化はないか」ということだと思う。

 

良い体調を実感出来ている妊婦さんが、中性脂肪が単独高値であっても心配は要らないのではないだろうか。

 

それでも高い中性脂肪が気になる場合には、脂質摂取を少し控えめにしてみたら良いと思う。

 

LDLコレステロール315→241

 

糖質制限の開始早期にLDLコレステロールが下がることはよく目にするが、妊婦で確認したのは初めての経験だった。

 

食事由来のコレステロールは20~30%程に過ぎず、身体が必要とするコレステロールの70~80%は肝臓で合成される。

 

高脂質高タンパク食の必然として、食事由来のコレステロールが増える。それを察知した肝臓がコレステロール合成を減らした結果、LDLは下がったのだろう。

 

それにしても、妊娠中には相当ダイナミックな変化が身体に起きているのだと改めて思わせてくれる採血結果であった。

 

妊娠が分かった時点で、HbA1cとフェリチンはチェックしてみては?

 

当然だが個人差というものがある訳で、全ての妊婦が厳密に糖質を制限して高脂質高タンパク食を摂るべきだとは思わない。ただ妊娠が分かった時点で、その人の持つ特性は採血で調べた方がよいように思う。

 

特に、耐糖能は基本的に妊娠で悪化するものだろうから、HbA1cは調べておきたい。HbA1cが高めな人*1は、妊娠糖尿病発症のリスクを下げる意味でも、可能な範囲で妊娠中の食事は糖質を控えめにした方がよいと思う。

 

また、フェリチンも是非チェックしておきたい。鉄は胎児の神経系や造血系の発達のために必要だし、同時に妊婦の精神的安定と産後の速やかな回復のためにも必須のミネラルである。

 

妊娠が分かった時点でフェリチンが低値*2であれば、貧血はなくても積極的に鉄剤の内服をした方がメリットが大きいように思う。妊娠継続、胎児発達に関して鉄補充のメリットが大きいということは、妊娠できるかどうかにも鉄が大きく関わっている可能性があると思う。

 

妊婦さん

flickr photo shared by JerryLai0208 under a Creative Commons ( BY-SA ) license

*1:5.5以上の人は気をつけた方がよい

*2:あくまでも個人的意見だが、40未満