高齢者の妄想言動は認知症と結びつけられがちだが、認知症であれば通常、生活全般を営む力が衰えてくる。
生活力は維持されているにも関わらず妄想のみが突出している場合は、認知症ではなく遅発性パラフレニーである可能性が高い。
遅発性パラフレニーの妄想は、例えば以下のようなものである。
- 毎晩のように忍者が忍び込んできて、悪戯をしていく
- 黒塗りの車に乗った男2人が、もう何年も自分をつけ回している
- 電磁波なのか分からないが、何か音や刺激を私に浴びせてくる不届き者がいる
基本的には被害的な内容だが、アルツハイマーで頻繁に認められる物盗られ妄想とは質が異なる。
この質の違いを正確に表現することは難しいが、強いて言うなら、アルツハイマーの物盗られ妄想は、"笑えない"妄想である。
通常、物盗られ妄想を発揮する相手は近しい家人であることが多い。
妄想の背景には親子間や夫婦間、または嫁姑間の何らかの確執が見え隠れすることが多く、患者さんとしては心から嫌そうな、または「恥を忍んで言っている」というような真剣な雰囲気が伝わってきて、こちらとしては笑えないのである。
一方、遅発性パラフレニーの妄想は「そんなバカな」と笑える内容であることが多い。
忍者、秘密組織、電磁波などは一聴して荒唐無稽と分かるし、「よくぞそこまで育てたものだ」と半ば感心してしまうことがあるぐらい、練り上げられた妄想を教えてくれる人も結構いる。
時には、本人が笑いながら言うことすらある。「どうね先生、おかしなことがあるでしょ?」といった風に。
その点で言うと、大半の物盗られ妄想は構成が"雑"である。
認知症で認知機能が低下しているため、妄想の構成を練り上げることが出来ずに雑になってしまうのであろう。
なお、遅発性パラフレニーの患者さんが幻覚を訴える場合、それは幻聴であることが圧倒的に多く、幻視を訴える人を経験した記憶はあまりない。
高齢故の聴覚低下が背景にあると思うのだが、統合失調症の幻覚も幻聴が圧倒的に多いことを考えると、年齢は関係ないのかもしれない。
遅発性パラフレニーについて。 - 鹿児島認知症ブログ
80代女性 遅発性パラフレニー
(娘さんよりTEL)
以前から同じ事を何度も聞いてくる・耳鳴りがするといった症状があったが少し前から、音楽が聞こえる・自分の名前をずっと呼ばれている気がする・隣の家の声が聞こえるとよく言うようになったとの事。孫が泊っていたはずなのにいなくなったと言ったりする事があったので一度診て欲しいとの事。(受付〇〇記載)
初診時
(既往歴)
(現病歴)
この半年ほどで、「夜中に歌声が聞こえる」、「自分の名前を誰かが呼んでいる」などというようになった。他害的、被害的なことは言わない。昼夜問わず何かが聞こえるようだが、特に夜は煩わしいと。
娘さんが泊まって観察したが、ブツブツと幻聴に対して何かを言っているようだったと。
左難聴あり。
(診察所見)
HDS-R:26
遅延再生:6
立方体模写:拙劣
ダブルペンタゴン:OK
時計描画テスト:隙間あり
IADL:7
改訂クリクトン尺度:6
Zarit:3
GDS:5
保続:なし
取り繕い:あり
病識:あり
迷子:なし
DLB中核症状: 2/4
rigid:なし
幻視:孫がいた?などと言う
FTD中核症状: 0/6
語義失語:なし
頭部CT所見:特記所見なし
介護保険:?
胃切除:なし
歩行障害:年齢相応
排尿障害:なし
易怒性:なし
過度の傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:
(考察)
遅発性パラフレニーか。
ご希望あり転医。定期処方になっている麻黄附子細辛湯を止める。冷え症は別にないとのこと。五苓散はめまい対策?ひとまず維持。
夕方に抑肝散加陳皮半夏。これでダメならウインタミン。ほどほどでいこう。
4週間後
抑肝散加陳皮半夏は自覚的に「鎮まる感じがする」と好感触。
ただ、幻聴に関しては娘さんが1週間休みをとって一緒に生活してみると、以前よりも酷くなっている気がすると。注察妄想と幻聴がメイン。
採血。次回説明。
五苓散は中止で。ウインタミン4mg-6mgで開始。リスペリドンは許容できそう。
しばらく2週間でいきましょう。
2週間後
ウインタミンは全く変化なしと。中止してリスペリドン0.25mgx2に変更。
抑肝散は維持するが、k3.1は注意。五苓散中止の影響はなし。
(採血結果)
- 総 蛋 白:6.6g/dl
- 尿素窒素:9.0mg/dl
- カリウム (K):3.1mEq/l
- LDL-CHO:167mg/dl
2週間後
少し疎通が良くなった印象だと。
世界を覆っている殻が少し外れてきたかも。
リスペリドン0.5mgx2に増量。錐体外路症状など副作用は無し。
娘さんが、「精神科に連れて行かなくてもいいのですか?」と。
ご希望あればいつでも紹介状は書きますと説明。妄想への対処法はオウム返しを基本とするよう伝えた。
2週間後
リスペリドンの増量で幻聴を訴える頻度は減った。
調子がいいときには、一日を通じて幻聴の訴えはないとのこと。
著効でいいだろう。維持。
次回からは少し長めでいいかな。
2週間後
前回の好調をキープ出来ている。
最早生活に大きな問題は感じていないようだ。
rigidもなし。処方維持。次回以降は4~5週間空けようかな。
抑肝散加陳皮半夏は、本人が気に入っているので残そう。
初診から4ヶ月後
幻聴は平均一日1回。娘さん達からすると、以前と天と地ほどの差だと。
週に2回、友人とお茶をしに出かけるようになった。これまでは「私は友人に悪口を言われている」と言って、家に籠もっていたようだ。
リスペリドン著効。
4週間隔に伸ばす。次回は採血。
(最終処方)
- リスペリドン(0.5)1.5T2X MA
- アムロジピンOD(5)1T1XM
- クラシエ抑肝散加陳皮半夏1P1XA
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