アルツハイマーV字回復
以前当ブログで紹介した、早期介入が出来ずに悪化してしまった方。
前回までの経過要約は以下。
- 物忘れが増えてきた、人のせいにするようになったとのことで息子さんが連れてきた81歳男性。
- 長谷川式テストは20点で遅延再生は0点。ただし、ADLは自立していた。
- 軽度認知機能障害〜アルツハイマー型認知症の可能性を考えて治療を勧めるも、しばらく様子をみるとのことで帰宅。
- 7ヶ月後に「物忘れが進行した」と再来院。長谷川式テストは12点に低下し、表情に活気がなくなっていた。アリセプトを1.5mgで開始した。
その後をご報告。
81歳男性 アルツハイマー型認知症
(引用開始)
7ヶ月ぶりの診察時
独居が限界になってきたと息子さんが連れてこられた。
症状進行を認める。現在かかりつけなし。フェルガード内服もなし。
アルツハイマー型認知症だろう。まずは介護保険の申請をして朝だけでもヘルパー介入を。
アリセプトを1.5mgで開始。易怒性対策でグラマリール25mgを朝に併用。
1ヶ月後
活気は明らかに上昇するも、易怒性亢進あり。
既にグラマリール併用。朝だけしか内服は出来ない。
アリセプトを1.5mgから1mgまで減らす。これでダメならレミニールかな。
今回は奥さん同伴、しかし同居はしていないようだ。 どんな事情だろうか。
夜間に幻覚をみて、奥さんに電話を掛けてきたと。「誰かが家の中に入ってきた」と。
更に1ヶ月後
歩行はゆっくり。パーキンソニズム出現なし。
目に見えて表情が変わった。いきいきとして冗談を連発する。幻覚はない、と。
アリセプト著効。易怒性も減量で落ち着いた。 1mgで継続。
2ヶ月処方で。ケアハウスを探していると息子さん談。
(引用終了)
早期改善が得られると、その後のご家族の協力も得やすくなる
短期間で大幅に改善、むしろ悪化前の初診時よりも良い状態となった。
息子さんも、
こんなに変わるものなんですね
と驚いていた。悪化して連れて来られた時には苦渋の表情であった息子さんが、喜びで上気した表情に変わっていたのが印象的であった。
今後重要なのは、一旦改善したこの状態をどれだけ維持していけるか?という点だが、改善の喜びを早期に共有出来たご家族は、治療上重要な情報を提供し続けてくれるものである。
もし添付文書通りの処方をしていたら・・
この方は易怒性が気になったので、アリセプトを添付文書通りの3mgではなく、その半分の1.5mgで開始した。且つ、念を入れてグラマリールも25mg併用。
それでも次回受診時には、活気は出てきたが易怒性も亢進しているという状況が確認された。ここで分岐点が発生する。
- 活気が出ているのでアリセプトは効いている。規定通り増量しよう。
- 活気は出ているが、怒りっぽくもなっている。アリセプトは増やさずに、グラマリールを増やして易怒性を鎮めよう。
- 活気は出ているが、怒りっぽくもなっている。更にアリセプトを減らそう。
1は論外だと思うのだが、実際には1が選択されることが多いのだろうと想像する。それほど増量規定というものは医者を縛っている(レセプトカットされるかもしれない、という自主規制が働く)。
2の案は悪くはないと思うが、この患者さんは内服が朝だけしか出来ないという条件付き。なので採用せず。
結局3を選択し、著効を得た。引き算の考え方は重要です。
もし、添付文書通りにアリセプトを3mgで開始して5mgに増量していたらどうなっていたか。
大変な副作用が起きていたであろうことは、想像に難くない。
そして、
- アリセプト1mgで著効している
- アリセプト1.5mgで幻覚が出現した(かもしれない)
ということから、現在の診断はアルツハイマー型認知症だが、今後レビー小体型認知症へと変化してくる可能性を念頭に置くことが重要である。
視空間認知が保たれていれば、改善の余地があるのか?
この方の初診時と悪化時における、時計描画テストと透視立方体模写テストの結果に、目立った変化はなかった。
視空間認知が保たれていたら、まだ改善の余地を残しているのかもしれない。治療における一つの目安として、しばらく注目してみよう。