施設入所中の90代女性Aさんが、2ヶ月続く夜間せん妄を主訴に来院した。
主治医に対応を求めるも、「もう年だし、これ以上は・・・」という反応の鈍さに業を煮やした施設スタッフが連れてきたのであった。
副作用を懸念してであろう、超高齢者への積極的薬物療法を厭うかかりつけ医の気持ちは分からなくはないが、「何とかしてくれ・・・」と業を煮やす施設スタッフの気持ちはもっと理解出来る。
結果としてAさんは、薬物介入で速やかに改善した。
介護者が良き観察者であれば、あとは医者のやる気次第。
ただし、介護者がただの傍観者であれば、やる気のある医者でも危ない橋は渡らない方が良いかも。
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ガイドラインに書かれているせん妄対策
せん妄への対策について、ガイドラインには以下のように書かれている。
せん妄は常に予防を心がける。出現したせん妄に対しては、直接因子と誘発因子の治療、除去を行う。これらの対応や治療を行っても改善しない場合には、クエチアピン、ペロスピロン、リスペリドン、オランザピンなどの非定型抗精神病薬による治療を考慮する。せん妄の原因精査、円滑な治療の実施、本人の安全の確保のために、入院治療も考慮する。日本総合病院精神医学会によりせん妄の臨床指針が作成されており、参考にできる。(認知症疾患診療ガイドライン2017)
推奨度は2C、「そう勧める根拠は少ないため、積極推奨とはし難い」というレベルである。
なお、向精神薬について同ガイドラインには、以下のようにも書かれている。
抗精神病薬の有害事象には過鎮静、低血圧、転倒、嚥下障害、便秘、悪性症候群がある。死
亡リスク上昇とも関連する。オランザピンとクエチアピンは耐糖能異常に特に注意を払う。
抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬 selective serotonin reuptake inhibitor
(SSRI)やセロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬 serotonin-norepinephrine
reuptake inhibitor(SNRI)では悪心、軟便、セロトニン症候群を、ベンゾジアゼピン系抗
不安薬や睡眠導入薬では転倒、誤嚥、傾眠、呼吸抑制を生じうる。(認知症疾患診療ガイドライン2017)
こちらはエビレンスレベルA、つまり「そう言ってよい根拠は十分ある」ということ。
向精神薬の使用についてはグレード2C、有害事象についてはグレードA。
ガイドラインに忠実な医者ほど向精神薬を使う気にはなれないだろうが、認知症患者や介護者の負担を軽減したいのであれば、ガイドラインを越えていくしかない。
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AIが教えるせん妄対策
夜間せん妄へのケアについてAI(Chat GPT4)に聞いてみたところ、
夜間せん妄の対応には、次のようなものがあります。
落ち着く:周囲が落ち着くことが重要です。
無理に制止しない:つじつまの合わない話があっても、無理に正す必要はありません。優しい言葉かけをする:
いつもどおり落ち着いた言葉かけをしましょう。
時間や場所を教える:時計やカレンダーなどをそばに置いて、時間や場所がわからないようであれば教えてあげましょう。
適度な刺激を与える:聴覚や視覚、触覚における適度な刺激がよいとされています。
ラジオを聞かせる、メガネや補聴器を装着させる、アナログ時計やカレンダーをそばに置くなどがよいでしょう。夜間せん妄は、高齢者や脳や体の病気がある時にしばしばみられます。夜間は暗いため、昼間よりも周囲の状況を認識することが難しく、そのため不安感や恐怖感が増し、せん妄を起こしやすいです。せん妄の症状を改善するには、生活リズムを取り戻すことも有効です。昼間活動をして、夜に眠る生活リズムを崩さないようにし、水分補給やトイレを促して体調を整えましょう。
このような回答が得られた。正しく教科書的である。
だが、多くの現場では既に上記のような工夫をし、それでも改善困難なため当院に相談が持ち込まれる。
次に、夜間せん妄への薬物療法ついてAIに聞いてみたところ、
夜間せん妄の薬物療法には、次のようなものがあります。
ハロペリドールなどのブチロフェノン系薬剤:抗コリン作用や抗アドレナリン作用がほとんど見られないため、せん妄の薬物療法の第1選択として用いられます。
リスペリドンなどの非定型抗精神病薬:内服薬として使用されます。
ミアンセリン(テトラミドⓇ)、トラゾドン(デジレルⓇ)などの抗うつ薬:低活動型せん妄の場合に使用されることがあります。
抑肝散:イライラや興奮を抑える働きがあるため、老人の夜間せん妄にも有効な場合があります。
せん妄の薬物療法では、薬物の相互作用に注意する必要があります。また、投薬は夕方から夜間に比重をおくのが合理的です。
このような回答が得られた。
ガイドラインとの違いは、定型抗精神病薬であるハロペリドールを第一選択としているところ。
他にも、ミアンセリンやトラゾドンなども推しており、個人的にはガイドラインよりもAIの方にセンスを感じた。
少量から始めることを心がけておけば、定型抗精神病薬をさほど忌避することはない。
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90代女性 夜間せん妄
(既往歴)
アルツハイマー型認知症
両膝変形性膝関節症
(現病歴)
現在の施設に入所したのが5年以上前。入所時より時々不穏になることがあった。
ここ2ヶ月ほど夜間帯での妄想言動あり。「魚が落ちているから拾わないと。ここは私の畑だから、誰も入らないで」など。
他の利用者の私物や施設の備品などを自室へ持ち帰り、他利用者とのトラブルになることがある。
かかりつけ医に相談し、デエビゴやクエチアピン屯服など処方してもらったが手応えはない。
日中は傾眠傾向で、活動を促しても参加出来ていない。食欲はある。
落ち着いて寝てくれる工夫を相談したい、と施設スタッフ。
かかりつけ医の薬は、一旦当院預かりで大丈夫との事。
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HDSR:8/30
遅延再生:0/6
GDS:4/15
立方体:不可
ダブルペンタゴン:不可
時計描画:不可
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(問診者自由記載欄)
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(診断)
ATD:○
DLB:
FTD:
その他:
(診察所見)
診察室での振る舞いは、とても穏やか。
夜中に他人のベッドに行き、「そこは私の畑だからどいて!」とか、廊下で「私の魚がどこかに・・・」とウロウロ探し回るなどあり。
かかりつけの神経内科医からは、「もう90代だし、薬でこれ以上どうにかすることは出来ない」と言われているが、このままでは他利用者への影響もあるし、入所継続が困難になるかもしれないので何とかして欲しい、と同伴の施設スタッフから希望あり。
朝のメマンチン20mgは夕に回して10mgに減量する。
アムバロ配合錠はそのままで。スピロノラクトンはフロセミドに切り替える。下腿浮腫は強く、また冷たい。
抑肝散加陳皮半夏とアスパラKは中止。効いていないだろう。
眠前デエビゴ5mgは10mgに増量。夕方にクエチアピン37.5mgを定期で。
頓服25mgで数日間は良かった、との情報あり。
1週間後
18時頃に服用するクエチアピン37.5mgでボーッとはなるようだが、19時頃に自室に促す際に覚醒してしまうとのこと。
デエビゴ10mgを飲んでも、すぐには眠れていないようだ。
クエチアピンを50mgに増量し、眠剤はデエビゴ10mgからエスゾピクロン2mgに変更する。
出来れば時間をずらして飲んでほしいが、それが難しければ眠前同時のみも可とする。
4週間後
前回工夫直後から、夜はバッチリになった。起きても1回ぐらいで過鎮静なく、また妄想言動もなしと。
4週間後
過鎮静無く、よく眠れている。日中傾眠もなく、食事もしっかり摂れている。
これだけ変わるのか、と職員全員驚いていると。良かったですね。
家族とスタッフ希望で当院にお引っ越し。
維持。
(前医処方)
- メマンチン(20)1T1X朝
- アムバロ配合錠1T1X朝
- 抑肝散加陳皮半夏2P2X昼夕
- アスパラカリウム(300)2T2X朝昼
- スピロノラクトン(25)1T1X朝
- デエビゴ(5)1T1X眠前
- クエチアピン(12.5)1T 不穏時頓服
(当院最終処方)
- メマンチン(10)1T1X夕
- クエチアピン(12.5)4T1X夕
- エスゾピクロン(2)1T1X眠前
- アムバロ配合錠1T1X朝
- フロセミド(20)1T1X朝