認知症の周辺症状に対して最もよく使われる薬の一つ、抑肝散。主に、怒りっぽさや幻視などの陽性症状に対して処方される。
小児の夜泣きに使用されることもあるらしい(自分は小児に処方したことはない)。
今回は、就寝前の抑肝散のみで上手くいったケースをご紹介。
85歳男性 前頭側頭葉変性症(意味性認知症)疑い
初診時
(既往歴)
糖尿病と高血圧症で内服治療中
(現病歴)
遠方に住む娘さんが、インターネットで検索して連れてきた。主訴は「夜間の叫び」。パッと見のレビー感は全くなし。
(診察所見)
HDS-R:19
遅延再生:3
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:2
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:3.5
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:5
頭部CT左右差:微妙に左萎縮
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
(診断)
ATD:
DLB:△
FTLD:〇
MCI:
その他:
まずは眠前の抑肝散のみで対応開始。SD(意味性認知症)メインにわずかにDLB(レビー小体型認知症)要素ありかな。
歯ブラシやスプーンの名前が出てこないなど、語義失語は結構目立つ。しかし、家族は気づいていなかったようでビックリしている。
『相手の言うことがよく分からなくなった』と本人は嘆いている。
約20日後
毎晩のようにあった夜間の叫びは、抑肝散開始以降1回だけと激減。良眠出来るようになったと奥さん大喜び。ADLは完全に自立している。
当面、抗認知症薬は使用せずに抑肝散のみで経過観察。
(記録より引用終了)
この方の診断名は?
前頭側頭葉変性症カテゴリの意味性認知症に、わずかにレビー小体型認知症の要素があると考えた。FTLD>DLBというイメージである。
レビースコアが3.5点あるが、筋固縮や幻視、薬剤過敏がない、歩行障害もなく症状の変動もない方を、レビースコアのみで「DLB!」と診断するのは、流石に乱暴である。「DLB要素があるかもなぁ」ぐらいに留めておいた方が無難である。
意味性認知症については、下記をご参考に。
www.ninchi-shou.com
この方をコウノメソッド流に表現するなら、
ピックスコア5点にレビースコア3.5点で、プチLPC。要素としてはSD>DLB。
となろうか。LPCについては、下記をご参考に。
www.ninchi-shou.com
最近レビー小体型認知症が注目されるようになってきた。
そのこと自体は喜ばしいことなのだが、幻視や夜間の叫びがあれば「はい、レビーですね」とされるケースが今後増えてくる可能性はないだろうか?
レビー小体型認知症と診断されたら、どうなっていた?
幻視や夜間の叫びでDLBと診断され、「レビー小体型認知症→はい、アリセプトね」と短絡的な処方が為されないか心配である。
実際、「アルツハイマー型認知症→はい、アリセプトね」パターンを多く見てきたなので、これはあながち杞憂とは言えまい。抗認知症薬を処方するかどうかの判断の際には、「この患者さんは、中核症状で困っているのか?」という観点は重要である。
幸いこの方は意味性認知症(恐らく)ベースなので、もしアリセプトが出されたとしても、目立った副作用は出なかったかもしれない。
しかし、もしピック病(これも前頭側頭葉変性症カテゴリの一つです)の要素を多く持つ方であれば、アリセプトで
こんな風になっていたかもしれない(サラリーマン金太郎はオススメの漫画です)。
診断名に拘りすぎると安易な抗認知症薬処方に繋がる恐れがあるので、診断名より周辺症状の改善に注力した方がよいだろう。
一日三回処方で本当にいいの?
抑肝散の添付文書をみると、
通常、成人1日7.5gを2~3回に分割し、食前又は食間に経口服用する。なお、年齢、体重、症状により適宜増減する
とある。抑肝散に限ったことではないが、「一日に三回の内服」で出される薬は多い。
一日中イライラしているような方であれば、7.5g/dayでいいのかもしれない。しかし、ほっそりとして痩せた大人しそうな高齢女性でも、果たして7.5g/day必要なのかどうかは考えた方がよい。
もし、添付文書がこのような記載だったらどうだろう?
年齢、体重、症状により適宜増減が必要だが、まずは2.5gで開始して、最大7.5gまで増やすことが出来る。食前又は食間の内服が理想だが、他剤に併せて食後でも構わない。
これなら、いきなり7.5gで開始になるケースは激減すると思う。また、「食前、または食間に内服」という用法のために、漢方を飲み忘れてしまう高齢者はかなり多い。まずは安全に、かつしっかりと飲めることが優先されると思うので、上記の様な添付文書は高齢者にとってありがたいものになると思うのだが、如何であろうか。
抑肝散の副作用として
この二つは、それなりの頻度で出現する。漫然と7.5g分三で処方していると、あっという間に活気の低下や食欲の低下を来し、さらにそれが「認知症が進行した!」と間違われて抗認知症薬が増量されたりすることが、冗談ではなく本当にあるから恐ろしい。
まとめ
今回のケースでは「夜間の叫び」に対して、就寝前に抑肝散2.5gの内服のみで落ち着いた。
今現在困っている症状に対して、最少量で最大限の効果を期待して処方の工夫を心がけたいものである。
樋口 直美
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