Nさんは、夫と二人で暮らす80代後半の女性である。
火の消し忘れ、冷蔵庫の開けっぱなし、料理の味付けの変化など気になることが増えてきており、また、内服中の薬が多すぎるのではないかとのことで、御家族に伴われて受診された。
- 笑顔は朗らかで屈託なし
- 取り繕いは感じられる
- 病識はありそう
このような初見の雰囲気から「アルツハイマー的な人だな」という印象だったのだが、頭部CTを観て考えを変えた。
ここまで明確に萎縮の左右差がある場合、いくら雰囲気がアルツハイマー的でもアルツハイマー型認知症とは診断し難い。ピック的印象はまるで感じられなかったので、「意味性認知症なんだろうな。それなら、テスト中に語義失語が検出できるだろうな」と考えながらHDS-Rを行った。
※語義失語・・・言葉の意味理解や、物の名前などの知識が選択的に失われる症状のこと。
HDS-Rの結果は14.5/30で遅延再生1/6。テスト中は語義失語がある際によく見られる「振り返り動作」が多発し、また、引き算や数字の逆唱に関しては質問の意味そのものが分からないようだった。
語義失語があることは明らかだったが、聞くと利き手は「左手」とのこと。これなら右側頭葉萎縮で語義失語が出現してもおかしくはない。
※一般に、言語中枢がある側を優位半球と呼ぶ。Nさんは右が優位半球だろうということ。
視空間認知テストは透視立方体が拙劣、ダブルペンタゴンは三角形を3つ連ね重ねる独特の表現だった。
そして、二等分線ははっきりと右に偏倚し、時計描画は左半分がほぼ空白だった。これで、「左半側空間無視」があることも明らかとなった。
日常生活では、冷蔵庫の中身が左側だけ沢山余っていたり、体の左側をぶつけたりすることがあるとのこと。左側の空間を認識できないからだろう。
その他、「左手をあまり使わなくなった」とも同伴御家族から聞いた。麻痺がないにも関わらず左手を使わないのであれば、これは「肢節運動失行」かもしれないと考えた。
※肢節運動失行・・・麻痺や感覚障害がないにも関わらず、書字や靴紐結び、物を掴むなどの動作がうまく出来なくなること。
結局、優位と思われる右半球の萎縮により語義失語、左半側空間無視、左上肢肢節運動失行をきたしている意味性認知症(前頭側頭型認知症)なのだろうと考えた。
前医処方は5種類と多すぎるわけではなかったが、2年間内容が変わっていないとのことだったので整理することにした。
ちなみに抗認知症薬は服用していなかったのは、かかりつけ医が認知症に気づいていなかったからだろうか。それとも、気づいていたが敢えて出さなかったのだろうか。
勿論Nさんに自分が抗認知症薬を出すことはなかった。
左反則空間無視や肢節運動失行、語義失語などの症状からもたらされる日常生活の不便さにどう対応していくかを御家族に伝え、初回の診察を終えた。
(前医処方)
- エパデールS(900)2P2XMA
- マグミット(500)2T2XMA
- ラベプラゾール(10)1T1XA
- ガスロンN(4)1T1XA
- カンデサルタン(8)1T1XM
(当院処方)
- カンデサルタン(4)1T1XM
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