鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

前頭側頭型認知症(意味性認知症)、5年の経過。

前頭側頭型認知症(意味性認知症)のHさんを紹介する。

 

これまで2度、Hさんに関する記事は書いている。

 

前回記事から2年、初診からだと5年経過したHさんだが、今でもADLは自立し朗らかに日々を過ごしている。

 

言葉の出にくさに家族が気づいてから8年、つまり発症からは最低でも8年経過していると考えれば、疾患が前頭側頭型認知症であるだけに今の安定ぶりは驚異的である。

 

 

前頭側頭型認知症の頭部CT

左は初診時、右は初診から5年後の頭部CT画像。左側頭葉の萎縮が著明である。

前頭側頭型認知症の頭部CT

左は初診時、右は5年後の頭部CT画像。側頭葉萎縮による側脳室サイズの拡大はあるが、前頭葉の萎縮は軽度である。


前頭側頭型認知症とは、前頭葉と側頭葉の萎縮によって様々な認知機能低下をきたす認知症のことで、初期から行動異常が目立てば(行動異常型)前頭側頭型認知症、言葉の意味理解や読字能力の低下が初期症状であれば意味性認知症と診断するが、Hさんは意味性認知症である。

 

Hさんが安定しているのは、側頭葉と比べて、前頭葉の萎縮が非常に緩やかだからである。

  

前頭葉は他部位の機能をまとめる統合の座、そして、余計なことをさせない抑制の座である。

 

後方連合野への前頭葉の抑制が外れたら被刺激性の亢進や反響言語が、辺縁系への抑制が外れたら脱抑制が、基底核への抑制が外れたら常同行動が出現する。

 

対応が難しい認知症周辺症状の多くは、抑制の座としての前頭葉機能が低下した、ないしは失われた時に起こる。

 

つまり、行動異常型であろうが失語型であろうが、前頭側頭型認知症の予後はひとえに「前頭葉機能がどれほど維持されるか」にかかっている。

 

側頭葉はどんどん萎縮していくのに、Hさんの前頭葉萎縮が緩やかな理由は自分には分からない。

 

少量レミニールや少量プレタール、フェルガードBなどが少しずつ仕事をしてくれている可能性はあるが、個人的には、初期から勧めてきた低糖質高たんぱく食、ココナッツオイルやMCTオイルなどの工夫も効いていると思いたい。

 

その他、「日課が与えてくれる安心感」も重要だと思う。

 

日課をこなすことで得られる安心感は、日常に不安が侵入することを防いでくれる。不安は脳にストレスを与え、過度のストレスは脳を萎縮させる。

 

以前から、農業に従事するアルツハイマー型認知症の方は大崩れしにくい印象を持っているのだが、それは、型どおりに仕事をすすめていくという農業の持つ「日課性」が大いに関係しているからではないか、と思っている。*1

 

60代男性 前頭側頭型認知症(意味性認知症)

 

初診から3年4ヶ月後

 

  • HDSR:21(2)
  • 透視立方体:可
  • 時計描写:可

 

最後の5物品再生が全滅。これは初めて。カギと歯ブラシは呼称出来たが、スプーンはピーマンと呼んだ。

 

電話で名前を言われても分からないことが増えたので、相手に申し訳なく思っているとのこと。最近は甘いものが好きになったと奥さん。食べると確かに活気が上がる感じは受けると。

 

流暢だが、場にそぐわない言葉を使ったりなど度々あり、事情を知らない相手は混乱するだろう。取り繕い的にも聞こえるので、ATDと誤認されてもおかしくはない。

 

HDSRの点数としては過去最低。相談して2mgx2でレミニールを試す。

 

2ヶ月後

 

レミニールで目だった変化はなし。一旦維持。

 

奥さんが病気で寝込んだときに、買い物に行って料理をしてくれたと。
また、県外への旅行へ行ったがちゃんと楽しめたと。


ココナッツオイルやMCTオイルは継続してくださいね。

 

奥さんは料理で一生懸命になりすぎると自省。適当に手を抜いて下さい。


低糖質高たんぱく、古い油は避けるという原則を守れば外食もOKです。

 

次回は水分摂取励行を伝えよう。

 

2ヶ月後

 

視覚記銘のテストの際にビデオ撮影を。語義失語の様子を残しておく。


日課としての料理の回数を増やしましょうか。

 

今日は採血。次回説明。次回はHDSR。

 

2ヶ月後

 

  • HDSR:25(1)
  • 透視立方体:OK
  • ダブルペンタゴン:OK
  • 時計描画:OK
  • 二等分線:やや左より

 

前回よりHDSR4点上昇。


チューリップ?ネズミ?で遅延再生失点。
視覚記銘で歯ブラシ→白菜、時計→トマトと前段の野菜が想起された。

 

採血結果はA1c5.4と良好。BUN22~24と軽度上昇はプロテイン服用の結果だろう。

 

以前ほどは甘い物への嗜好の強まりがなくなったと。
これはケトン体利用が上手くいっていると考えて良いのか。

 

処方は維持。

 

初診から4年

 

話は流暢だが、噛み合わない点は多く認める。ただし、意味性認知症という事情を知らなければ、ついつい頷きながら聞いてしまうことだろう。

 

処方は維持だが残薬を調整。お付き合いが5年目に入る。

 

2ヶ月後

 

頭部CTは昨年と比して両側側頭葉の萎縮進行を認めるも、前頭葉はほぼ変化なし。


ここが、まとまりを残している最大の要因かな。

 

処方は維持。

 

通所利用には奥さんが難色を示す。確かに、一般的な通所は年齢からして馴染まないだろう。就労B利用は?

 

2ヶ月後

 

残薬調整。後発品の是非を聞かれたが、プレタールは先発品が望ましいことをお伝えし了承を得た。

 

今後加えたい新たな日課として、新聞コラムの音読ないしは書き写しを提案。

 

フェルガードBの粒タイプを試す。

 

2ヶ月後

 

  • HDSR:26(2)
  • 透視立方体:OK
  • ダブルペンタゴン:OK
  • 時計描写:分で表示
  • 中心線:OK

 

語義失語進行に伴い話は常同的となり、コミュニケーションが図りにくくなっているが本人は上機嫌。

 

新聞のコラム音読は漢字が読めずに断念。お孫さんへの絵本の読み聞かせはどうだろうか。

 

2ヶ月後

 

処方は維持で。


どんどん褒めてやる気を出してあげて欲しいと奧さんの手紙にあった。就労B利用については、本人が賃金の低さを理由に気乗り薄とのこと。

 

意味性認知症で難病申請を行う。

 

2ヶ月後

 

午前中は日課をこなしている。

 

少しずつ語義失語が進行していくことへの、奧さんの焦りは強い。


生活を形作る言葉を紙に書き、その横に言葉のイメージを表した写真を貼ってイメージごと定着を狙いましょう。一つずつでいいので。先のために。

 

初診から5年

 

話の脈絡は弱く話題は散らかるが、語の流暢性は保っている。
自己肯定感も保たれている。

 

就労Bでいいところがあったと。「人が足りなくて困っている人がいたら、助けてあげてくださいね。そのうち、奧さんが誰が困っているか教えてくれますからね。」と、通所に向けての促しをした。

 

処方は維持。


次回は頭部CT、採血、HDSR。お会いして丸5年経った。

 

2ヶ月後

 

  • HDSR:29(6)
  • 透視立方体:OK
  • ダブルペンタゴン:OK
  • 時計描画:長針と短針が同じ長さ
  • 二等分線:OK

 

頭部CTは昨年より萎縮はやや進行。ただし側頭葉のみ。前頭葉は保存されている。


これが効いているのだろう、HDSRは29/30。

 

言語リハに1人で行くようにしたら、やる気が出て言葉カードに積極的に取り組むようになった。

 

失語症支援者講座に通うようになり、現状を「仕方ないね」と受けとめ流せるようになった。FTLDの家族会にも参加。色々な話を聞けて良かったと。

 

糖質制限の意義について再度奧さんに説明。MCTオイルを更に活用して。次回は採血結果説明。

 

2ヶ月後

 

採血結果は問題なし。一時期5.8まで上昇したHbA1cは最近は5.3~5.4。BUNも24前後で、低糖質高たんぱく食は上手くいっているかな。

 

奧さんと一緒に作った日課表を見せて貰った。
きっちり日課をこなしながら生活出来ている。

 

素晴らしいですね。

 

処方は維持。

 

(最終処方)

 

  1. プレタール(50)2T2X朝夕食後
  2. レミニール(4)1T2X朝夕食後
  3. フェルガードB

 

(引用終了)

 

認知症患者の日課

 

*1:屋外で仕事をするのは、日が明けて暮れていくという自然な時間の流れ(見当識)を維持するのに役立つようにも思う。