ある治療により現在の状況を好転させる可能性があっても、結果的に年齢を考慮して「もう年だしね・・・」で様子を見ることは多い。それはそれで一つの決断である。リスクを取りにいった結果、逆に具合が悪くなることもあるため、一律にみなリスクを取るべきとは思わない。
しかし、一歩踏み込んで初めて得られる治療効果もまた、確実に存在する。
元気な若者は、大体皆同じように元気である。しかし、高齢になるほど個体差が大きくなる。*1
いわゆる「もう年だしね・・・」といっても、「年」の定義からして難しい。
今回紹介する方は、平均寿命を超えた超高齢の男性。迷った末にご家族がシャント手術を決意。手術を無事に乗り越えて、結果的には皆が満足できる状態になった。
80代後半の男性 ATD+iNPH
初診時
(既往歴)
前立腺肥大に対してステント挿入
(現病歴)
約3年前に、突然のめまいとふらつきあり。以降、農業や運転は出来なくなった。今年の夏に脳出血で妻を亡くしてから、一気に衰えが目立つようになった。それまでは出来ていた着衣や時間の判断などが出来なくなった。排尿困難や頻尿はステント留置でやや軽快した。
(診察所見)
HDS-R:敢えて施行せず
遅延再生:ー
立方体模写:不可
時計描画:不可
IADL:0
改訂クリクトン尺度:39
Zarit:12
GDS:施行不可
保続:ー
取り繕い:ー
病識:なし
迷子:ー
レビースコア:3
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー
頭部CT所見:DESH 梗塞痕あり
介護保険:まだ申請なし
胃切除:なし
歩行障害:すり足
排尿障害:前立腺肥大
易怒性:なし
傾眠:活気無し
(診断)
ATD:〇
DLB:
FTLD:
その他:NPH VaD
(考察)
右放線冠と左watershedに陳旧性梗塞痕あり。3年前の突然のめまいとフラツキ以降で農業や運転が出来なくなったのは、これらのせいだろう。ただし、現在明らかな麻痺はない。
両側シルビウス裂開大や異所性脳溝拡大はないものの、頭頂脳溝描出不良(DESH)は認める。病型は恐らくATD(アルツハイマー型認知症)+iNPH(特発性正常圧水頭症)。脳梗塞痕からVaD( 脳血管性認知症)の要素も考えるが、これは大きな影響はなさそう。
家族は年齢的にタップテストやシャント手術は逡巡している。
まずは日中活気はサアミオン1T1X朝食後。夕方に抑肝散。これで介入を開始。
介護保険申請も勧める。
ご家族希望が出てきたらタップテストを検討かな。抗認知症薬はどうする?
約10日後
活気はやや改善、サアミオンは1.5T1XTに増量。
眠剤は他院処方のリスミーから、当院処方のレンドルミンに変更。
家族相談の結果、タップテストをご希望。これで効果が無ければ、頻尿にはウリトスを使う?
娘さんと義理の娘さんの温度差に戸惑う。どこまで介入すべきか。現在介護調査まち。
1ヶ月後
〇〇病院で先日、タップテスト施行。運動面は明らかに改善。退院後は活気も上昇してきたことを家族が確認。
タップテスト陽性。娘さんは逡巡しているが、「LPシャントは積極的に検討した方がよいと思いますよ」とお伝えした。義理の娘さんは、強く頷いている。
LPシャント後の様子をみながら、抗認知症薬は検討する?もし使うならレミニールかな。肌は弱そうだからパッチはやめておくか。
タップテスト時は落ち着かず、検査入院中は常に家族の付き添いが必要であった。LPシャント手術入院も、1~2泊で検討せざるを得ないかな。手術をご希望される時には、ご連絡下さい。
1週間後
シャント手術希望でご家族からTEL
「今調子がいいので早めに手術をして欲しい」と
〇〇病院に連絡をとり、日程の調整をお願いする。タップテストの時は、1日入院がやっとだったことも重ねてお伝えする。(看護師〇〇)
1週間後
娘さんよりTEL シャント手術の日程決定。相談事あり、先週デイサービス体験へ行った。その夜眠剤服用して寝たが、夜中に起きてローカをうろちょろし各部屋を覗いて歩いたり部屋からトイレまでのローカに排尿があったり・・タップテスト入院の時も夜間おかしな行動があったので、今回入院が心配との事(受付〇〇)
上記を踏まえ、手術に備えてクエチアピンを12.5~25mgで夕方内服を開始。家庭天秤で調整を。術後は早期退院も検討頂くよう、〇〇病院に下記情報提供書を郵送。
〇〇様ですが、タップテスト後に活気や運動面での改善があるようで、タップ陽性例と思われます。
LPシャント予定になったと伺いましたが、タップテスト入院の際に夜間不穏があったと聞きました。恐らく術後も疼痛などによるストレスで不穏(易怒性亢進はありませんが、ソワソワウロウロされると思います)になることを予想して、本日からクエチアピンを予防的に12.5~25mgで夕方に内服して頂くようご家族にお願いしました。
入院中の不穏が強ければ、可能であれば早期退院をご検討頂けましたら幸甚です。
お忙しい中恐れ入りますが、どうぞ宜しくお願いいたします。
2週間後
〇〇病院の相談員より電話連絡あり。
LPシャント手術施行後、夜間不隠あり。術後4日目で退院。創部の抜糸は外来で行います、との事。(看護師〇〇)
その4日後
術後は予想通り不穏だったようだ。自宅に帰ると落ち着いた。抜糸後の創部離開なし。
活気は見違えるように上昇、歩行も改善。ただし日中頻尿は相変わらず。「歩けるようになってむしろ目が離せない(笑)」と、娘さんは苦笑い。それでも全体的な改善を喜んでいる。本人も上機嫌。
活気が上がったのでサアミオンは終了に*2。術後に一回尿閉となりウブレチドが始まった。また、以前飲んでいたユリーフが再開になっている。
ウブレチドとユリーフはウリトスに変更する。抑肝散をおいしいと喜んで飲むとのこと。朝夕に増量。夜は今のところほぼ起きることなく眠れているので、レンドルミンは継続。
1ヶ月後
日中は2~3時間おきの排尿に落ち着いた。夜間はぐっすり眠れている。これは、家庭天秤でクエチアピンを夕25mgにしたことが決定的だったと娘さん。
クリクトン尺度は介入3ヶ月で39→27と12点の改善。確実に家族の負担軽減が得られている。
抗認知症薬は当面使用せずに、経過を見ていく。
(処方内容)
- 抑肝散2.5gx2 朝夕食後*3
- マグミット330mgx2 朝夕食後
- クエチアピン25mgx1 夕食後
- レンドルミンDx1 眠前
(引用終了)