鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

もって他山の石とすべし。

60代の女性、Aさんの話。

 

Aさんは5年ほど前から抑うつ傾向が、3年前から歩行困難が出現した。

 

手の震えを自覚するようになった2年前に、B病院の脳神経内科を受診するも特に診断は告げられなかった。

 

その後も歩行困難や腰痛・背中の曲がりが改善することなく進行していったため、昨年C病院の脳神経内科を受診した。

 

DAT-scanという検査が行われた結果、D医師が下した診断は

 

「パーキンソン症候群」

 

だった。

 

診断がパーキンソン症候群のまま、パーキンソン病の薬が増えていく

 

パーキンソン症候群とは、

 

  • 脳血管障害や大脳皮質基底核変性症などパーキンソン以外の病気
  • 抗精神病薬などの薬物の影響
  • 加齢の影響

 

などによって、表情の乏しさや手の震え、小刻み歩行などのパーキンソン的症状を認める状態のことを指す。簡単に言うと、「パーキンソンっぽい症状があるけれども、パーキンソン病ではない状態」のことである。

 

ちなみにパーキンソン病(PD)とは、

 

  1. 安静時振戦
  2. 筋固縮
  3. 無動・寡動
  4. 姿勢反射障害

 

を4大症状とする進行性の神経変性疾患である。自分がAさんを診た時点で確認できたのは2と3だったが、ぱっと見の「PD感(パーキンソン病っぽさ)」は既に十分に感じられた。

 

前医で行われたDAT-scanの画像を確認したが、集積は両側でdot状に低下し左右差あり。SBRもカットオフ値を大幅に下回り左右差ありだった。

 

これは、パーキンソン病かレビー小体型認知症を疑ってしかるべき画像所見である。

 

パーキンソン症候群、DAT-scanについては、以下の記事をご参考に。

 

www.ninchi-shou.com

 

5年ほど前から徐々に症状が出始め、D医師の元を受診した頃には4大症状のうち3症状を満たし、かつDAT-scanで分かりやすい画像所見を呈していた方を、D医師が「パーキンソン症候群」と診断する理由がよくわからなかった。

 

経験不足の医師なら致し方ないが、D医師は大ベテランである。

 

解せないことに、D医師は「パーキンソン症候群」の診断を変えないまま、以下のように抗パーキンソン病薬を増量し続けたのである。

 

  1. ドパコールL(100)3T3X 毎食後
  2. ロピニロール徐放錠(2)1T1X 夕食後
  3. セレギリン(2.5)1T1X 朝食後

 

パーキンソン症候群に対してこれだけの量の抗パーキンソン病薬を処方することは、自分であればしない。

 

抗パーキンソン薬が増えるに従って、病状は悪化

 

抗パーキンソン薬の量が増えるに従って、Aさんは「小さな虫・カラフルな人形」といった明瞭な幻覚(幻視)が見えるようになっていった。

 

そのことをAさんと家族はD医師に伝えたのだが、取り合って貰えなかった。そこで、知人を介して当院を勧められ来院したのだった。

 

以下、D医師の胸中を妄想してみる。

 

(妄想開始)

 

うーん、最初にパーキンソン症候群って患者さんや家族には説明したけど、まずかったかな・・・。

 

薬を増やしていって途中で効果が出てきたら、その時に自信満々に「パーキンソン病ですね!これを『診断的治療って言うんです(キリッ)』」って言うつもりだったのに、全然よくならないし、最近は幻視も出てくるなんて。

 

抗パ剤不応型のパーキンソン病だったかな、またはレビー小体型認知症なのかな・・・。

 

どうしよう。

 

薬は減らした方がいいんだろうけど、診断をパーキンソン症候群のまま薬を増やしていった手前、減らすにあたって患者や家族になんて言えばいいんだろう。

 

参ったなあ・・・。

 

(妄想終了)

 

「診断的治療」を別に悪いとは言わないが

 

D医師は「診断的治療」のつもりで抗パーキンソン薬を処方・増量していったのだろうか。

 

あるいは、最初からパーキンソン病だと思ってはいたけれども、そう本人に告げるのが躊躇われたため、いずれ関係性が構築されてきた頃合いを見計らって診断を告げるつもりだったのだろうか。

 

いずれにせよ、増薬にもかかわらず病状の改善がなく事態が悪化していく過程で、引っ込みが付かなくなっていったのだろうと思われる。

 

ところで、診断的治療とは

 

【〇〇という病気の可能性を想定し、その病気の治療を行う。治療効果が得られたら、〇〇という病気だったのだと診断する】

 

このようなものである。

 

難病を扱うことが多い脳神経内科では、抗パーキンソン薬やステロイドが診断的治療(投薬)に多く用いられていると思われる。

 

診断的治療自体をどうこう言うつもりはないが、副作用の説明や、見立てが途中で変更になる可能性を事前に説明せずに投薬するのはいただけない。

 

www.ninchi-shou.com

 

以下のような例も、最近経験した。

 

ーーーーー

 

D医師とは別の、これまたベテラン脳神経内科医のE医師。

 

寡動で前傾姿勢の歩行に加え、幻視の訴えもある患者さんに対してドパコール200mg/dayを処方した。

 

2週間後、患者さんから「良くも悪くも変わりはない」と報告を受けたE医師は、

 

「この薬が効かないのなら、パーキンソン病ではない」

 

と患者さんに告げ、終診となった。

 

ーーーーー

 

これも診断的治療で、E医師は「抗パーキンソン薬に反応すればパーキンソン病」と考えていたということになるが、パーキンソン病ではない別の病気の可能性は考えなかったようだ。

 

その後、セカンドオピニオンを求め当院に来られた患者さんを診て自分は「レビー小体型認知症かな?」と感じたのでMIBG心筋シンチをオーダーした。

 

普段は核医学検査を積極的には推奨していないが、患者さんは60代と若く、また「確定的な診断が欲しい」と強くご希望されたので他院に依頼して受けてもらった。

 

結果は予想通り。

 

「認知変動・誘因のないパーキンソニズム・幻視」と診断要件3つを満たし、MIBG心筋シンチという指標的バイオマーカーの支持も加わり、診断に文句の付けようがないレビー小体型認知症だった。

 

抗パーキンソン病薬が著効すればパーキンソン病である可能性は相当高いと言えるが、効かなかったとしても「絶対にパーキンソン病ではない」とは言えない。L-dopa(代表的な抗パーキンソン薬)不応性のパーキンソン病の患者さんは、少なからず存在する。

 

そして、L-dopaが効かないパーキンソン症状を持つ患者さんに出会ったら、パーキンソン病以外の可能性を考える。

 

この患者さんの場合、パーキンソン症状以外に「幻視」という分かりやすいエピソードがあったにも関わらず、レビー小体型認知症の可能性が見落とされたという点が残念だった。

 

自分の間違いを認め、患者さんから学ぶ

 

前医から当院に転医して来られる方は、ほぼ全員と言っていいぐらい口を揃えて

 

「こちらは色々と聞きたいこと、話したいことがあるのに、お医者さんがコミュニケーションを取ってくれないんです・・・」

 

と嘆く。

 

双方向性のコミュニケーションが担保されていない外来とは、病気を人質に取った医者の自己満足によるただの「独演会」である。

 

お金を払って独演会に行ったにも関わらず、楽しめなかったばかりか健康被害を受けて帰る、患者という名の憐れな観客。

 

自分の説明に不足がないかを最後に確認し、「何か言い忘れたことはありませんか?」と患者さんに訊ねるのは、臨床医として最低限の「作法」というものだ。

 

D医師もE医師も恐らく、クローズドクエスチョンのみで外来を行ってきたのだろう。*1

 

患者との信頼関係を築くにはオープンクエスチョンこそ必須であるということを知るには、既に彼らは年をとりすぎているのかもしれない。

 

「自分は専門家であり、患者よりも医学の知識がある」という傲慢さは、本来対等であるはずの患者ー医者関係を歪なものに変質させる。

 

人は常に間違うものであり、それは医者とて例外ではない。

 

かく言う自分もその一人であり、自分の診立て違いに気づいては患者さんに伝え方向修正を図り、その後に落ち込む。そして気を取り直し、次は同じ間違いをするまいと心に誓う。

 

患者さんから学ぶとは、そういうことだと思っている。

 

彼らが自分の間違いを認めたくないのか、それとも気づいていないだけなのかは自分にとってはどうでもいいが、幾つになっても学び続ける姿勢は持ち続けたいと願うばかりだ。

 

もって他山の石とすべし。

 

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Photo by Marc-Olivier Jodoin on Unsplash

*1:「手は震えますか?」「幻が見えますか?」など、YesかNoで答えを迫る質問、または回答範囲が限定された質問のこと。一方、オープンクエスチョンとは、「この1ヶ月間、どのようにお過ごしでしたか?」といった、答えの展開が回答者に委ねられた質問のこと。自分はまず、オープンクエスチョンから診察に入る。そしてクローズドクエスチョンで問題を掘り下げて対策を講じ、最後はまたオープンクエスチョンで取りこぼしがないか確認して外来を終えるようにしている。