TSさんは脳梗塞で右半身に麻痺が後遺しているが、独り暮らしでADLは自立している方である。
他院から紹介されてお付き合いが始まり1年ちょっとが経過したが、低糖質高タンパク食の栄養指導により、精神科から処方されていた下記の薬剤を
- リフレックス15mgx2→15mg頓用
- ルネスタ3mg→2mg
- べゲタミンBx4→終了
このように減量することが出来た。また、体重も初診時より6kg減量出来た。
当院の経過だけなら中々良いと言える。が、しかし・・・
脳血管性パーキンソン症候群を「再」確認するために行われた3つの検査
ある日TSさんから、「もう少し手の震えが良くならないかと思って、〇〇病院を受診しました。」と聞いた。
当初から右上下肢、特に右上肢の振戦を気にされていた。
脳梗塞による麻痺側で、かつパーキンソン様の振戦とは異なる粗大な震えであったので、企図振戦※を伴うパーキンソン症候群と判断してアロチノロールを少量処方したところ軽快した。
※企図振戦・・・何か目的のあることをすると震える振戦。パーキンソン病の振戦は安静時に震える。
しかし、TSさんにとっては、その改善は満足出来るほどのものではなかったようだ。
〇〇病院を受診するとすぐに検査入院の予定が組まれ、MRI、MIBG心筋シンチ、DAT-scanとフルコースで検査が行われた。
頭部MRI画像

陳旧性脳梗塞のMRI
これはTSさんの頭部MRI画像で、矢印は古い脳梗塞の痕を示す。この脳梗塞の影響で、TSさんには右片麻痺が後遺した。
DAT-scan

DAT-scan
これは、DAT-scanの画像。DATとはdopamine transporter(ドパミン・トランスポーター)の略。
DATは黒質-線条体ドパミン神経終末の細胞膜に発現し、シナプス間隙に放出されたドパミンの再吸収を行う。
パーキンソン病およびその関連疾患において発現量が低下するというDATの性質を利用して近年、パーキンソン病やレビー小体型認知症の診断にDAT-scanが利用されるようになってきた。
TSさんの場合、DAT-scanで取り込みが低下しているのは、過去の脳梗塞で傷んだ箇所であり、「まあ、当然そうだよね・・・」という結果である。
MIBG心筋シンチ

MIBG心筋シンチ
MIBG心筋シンチは、早期取り込みと晩期取り込み、いずれも正常。ちなみにTSさんは、集積異常をきたす心不全や糖尿病は患ってはいない。
とうことは、80%以上の確率でパーキンソン病は否定的と言える。
MIBG心筋シンチについては、下記記事もご参考に。
www.ninchi-shou.com
この3つの検査によって新たに分かった情報は何もなく、強いて言うなれば「パーキンソン病の可能性は限りなく低いでしょうね」という事ぐらいである。
何を目指して治療しているのだろうか?
退院時にTSさんは、担当医から
パーキンソン病ではなく、パーキンソン症候群だと思います。
という説明を受けたと、説明用紙の控えを見せてくれた。確認したが、確かにそう明記してあった。
パーキンソン症候群 (英語: Parkinson's syndrome) は、パーキンソン病以外の変性疾患や薬物投与、精神疾患等によりパーキンソン様症状が見られる疾患・状態を指す。パーキンソニズム (英語: Parkinsonism) ともよばれるが、パーキンソニズムは症状そのものをも意味する。(Wikipediaより引用)
上記検査結果からは当然の結論であり、パーキンソン症候群も、脳梗塞後であることから「脳血管性パーキンソン症候群」と考えるのが最も自然である。
その説明のあと、ドパコール50mgx3が処方された。
パーキンソン病に対して主に使用されるドパコールだが、パーキンソン症候群に使われることもある。
TSさんはドパコール150mg/dayを飲むようになってすぐに、吐き気を覚えるようになった。
その後、抗パーキンソン薬は増やされ続け、〇〇病院への通院が始まり約1年たって、
- ドパコール400mg/day
- エクセグラン50mg/day
- ミラペックスLA4.5mg/day
という量に到達した。
これではまるでパーキンソン病への処方のようであるが、パーキンソン病でもこれだけの量だと副作用が出る人は相当いる。
二次性含めパーキンソン症候群を呈する疾患は複数あるものの、これだけの抗パーキンソン薬を必要とするパーキンソン症候群を、自分は経験したことがない。
大量の薬を投入して症状が改善してくれるのなら良いのだが、残念なことに、これまでの処方でTSさんは改善の実感が何もない。
改善がないばかりか、浮動感やめまい、突発的な息苦しさを頻繁に感じるようになり、先日の当院診察時には、時計回りで体をゆっくり揺らすような動きを見せていた。これは、薬剤性のジスキネジアと思われた。
先日、振戦の改善がないことをTSさんが担当医に訴えると、ガバペンが処方された。てんかんや神経障害性疼痛の可能性を考えたのだろうか?
担当医が何処を目指して何を治療しようとしているのか、その処方からは全く見えてこなかった。
トレリーフではなくエクセグランを処方しているところをみると、担当医はTSさんに対して一抹の申し訳なさは感じているのかもしれない。トレリーフもエクセグランも、どちらも一般名は「ゾニサミド」という同じ薬であるが、その薬価差は強烈である(トレリーフ>>>エクセグラン)。
詳しくは下記をご参考に。
www.ninchi-shou.com
患者あってこその臨床医
TSさんから「〇〇病院を受診した」ということを聞いて、自分はすぐに画像を取り寄せて確認した。そして、
「TSさんは脳梗塞後ですから、パーキンソン症候群でも「脳血管性」パーキンソン症候群だと思います。震えに対して、抗パーキンソン薬の効果は恐らく高くは望めないと思います。もし副作用を感じたら、担当医に告げるのは勿論のこと、いつでもウチに相談して下さいね。」
とお伝えしていた。
約1年間、ハラハラしながらも自分が手をこまねいていた理由として、〇〇病院担当医への遠慮があったことは否めない。
抗パーキンソン薬が増量になる度に、TSさんは担当医に増薬への不安と副作用と思われる症状を告げてはいたようだ。しかし、担当医は言を左右にのらりくらりと増量を続け、しまいには、
「これぐらいの副作用は、他の人と比べて軽い方ですよ」
と言ったらしい。
これを聞いて、遅まきながら自分は心を決めた*1。
「僕が全部預かって調整しますよ。次回から、そうしましょうよ。」
そう伝えると、TSさんはホッとした表情で頷いてくれた。
途中で診断が変わったのであれば、それを患者に告げて方針転換すればよいし、薬を増やすのであれば、どのような目的で増やすのかを説明すればよい。治療に自信がなくなったのであれば、それを患者に告げて頭を下げ、撤退を図ればよい。
医者の見立てが常に正しい訳ではないことは、医者を数年もやれば分かってくる。勿論、それを教えてくれるのは「自分が良くしてあげられなかった患者さん達」である。
見立てが間違っていたことを自分で認める、もしくは患者さんから告げられるのは辛いことだが、その辛さから逃げ続けていると、そのうち認知的不協和*2をきたすようになる。
「医者はプライドの塊」などと世間から揶揄されることがあるが、それは「自分は人より(患者より)知識があるから、自分の言うことを聞いておけばよい」とか、「人に(患者に)頭は下げたくない」といったプライドであることが多いように思う。
その種の卑小とも呼べるプライドを守るために認知的不協和を自分に許し続けていると、そのうちに人としての誠実さを失ってしまう。
医者としての能力は、目の前の患者の声に耳を傾け続けることさえ怠らなければ磨き続けることは出来るが、人としての誠実さは、一度失ってしまえば取り返しがつかない。
誠実さを失うと、もはや自分の能力を自己検証することは出来なくなる。自己検証されない能力に進歩はなく、同じ場所で堂々巡りするのみである。
「患者がいるから医者がいる」と考えるのか、それとも「医者がいるから患者がいる」と考えるのか。
問うまでもないことだが、困っている人がいなければ解決しようとする人もいない。先に患者がいたから、後から医者が生まれたのである。
目の前の患者が見えていない医者は恐らく、「医者がいるから患者がいる」と考えているのではないだろうか?
患者の存在しない荒涼とした世界*3で一人相撲をとり続ける医者にだけはなりたくないと願いながら、自己検証を怠らないようにしている。
このようなことは、明日は我が身かもしれないから。