鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

「投薬は侵襲行為」という自覚。

 

薬を処方するということについて、思うところを書く。

 

90代女性 嗜銀顆粒性認知症疑い

 

(現病歴)

 

現在、娘さんと同居中。

 

もの忘れ(同じ事の確認)が増えたため、認知症を疑った娘さんは3年前に〇〇病院を受診した。

 

しかし、診断名は告げられずに「取り敢えず、これを使って治療してみましょう」とイクセロンパッチが処方された。

 

4.5mgから始まり18mgまで増量されたが、特に改善はなかった。

 

その後、かかりつけの〇〇医院で処方が継続となったが、本人が痒みを訴えたため中止。代わりにメマリーが処方され、5mgで開始し15mgまで増量されたが、やはり何も変わらなかった。

 

娘さんは、どこの部分を指して認知症とされているのか、よく分からないとのこと。

 

担当のケアマネさんに、「今後施設に入居する場合、認知症の状態を知っていたほうがいい」と言われ、当院の受診を勧められた。

見た目は穏やか。「娘がいるから安心」と。

 

(診察所見)

HDS-R:8.5

遅延再生:0

立方体模写:ほぼOK

ダブルペンタゴン:OK

時計描画テスト:不可

IADL:3

改訂クリクトン尺度:26

Zarit:19

GDS:3

保続:あり

取り繕い:なし

病識:あり

迷子:なし

DLB中核症状: 0/4 薬剤過敏はあるかもと

rigid:なし

幻視:なし

FTD中核症状: 2/6

語義失語:なし

頭部CT所見:僅かに右>左で側頭葉内側萎縮左右差

介護保険:要介護1

胃切除:なし

歩行障害:なし

排尿障害:なし

易怒性:時にあり

過度の傾眠:なし

(診断)

ATD:

DLB:

FTLD:

その他:

 

(考察)

 

保続はあり、HDSRの失点パターンもATD的ではあるが、病識はあり、取り繕いはない。また、娘さんからみて、もの忘れがどんどん進行していく様子はないと。

 

脳萎縮の軽度左右差と、これまでの経過から最も考えられるのは嗜銀顆粒性認知症(AGD)だろうか。ただし、易怒性はさほど目立っていない。

 

メマリー減量をかかりつけに提案。 ご家族のご希望があったので、サプリメントの情報を提供したところMガードに興味を持たれた。

 

「今後はその都度ご相談ということにしましょう。超高齢なので、定期通院先は絞った方が良いですよ」と説明した。

 

(引用終了)

 

試される倫理観

 

医者が何らかの判断をしたとき、限られた診察時間の中で、その判断をどこまで患者や家族と共有するか。

 

相手の知識や理解力を量り、伝えることによって生じるかもしれない混乱などを考慮した結果、特に重大なことでなければ敢えて伝えないことはある。

 

今回紹介した症例にイクセロンパッチを処方した医者が、どのように患者を診てどのような診断を下したのかは知る由もないが、薬を出すのであれば自分の判断(診断)を相手に伝えるべきだっただろう。

 

薬を処方するということは明確な侵襲行為なのだが、

 

医療行為としての侵襲は、外科手術などによって人体を切開したり、人体の一部を切除する行為や薬剤の投与によって生体内になんらかの変化をもたらす行為などを指す。(Wikipediaより引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

どのような変化が起きうるかを告げずに投薬することは、外科医が診断を告げずに患者の手術をするようなもので、乱暴極まりない行為である。

 

もし、「どうせ説明しても分からないだろう」と思っていたのなら、それは乱暴ではなく傲慢である。 

 

処方医が自信を持って「アルツハイマー型認知症」と診断したのであれば、そのように患者家族に伝えて処方したであろうから、伝えなかったということから推測できるのは

 

  1. 面倒くさかった
  2. 何らかの認知症だろうから、取り敢えず抗認知症薬を処方しよう
  3. 自分の診断に自信が無かった

 

上記3点のいずれかである。

 

1は論外なので省略する。

 

2だが、このような処方については当ブログでこれまで多数報告してきたので、これも省略する。

 

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3だったらどうか。

 

認知症とは、記憶障害や遂行機能障害など一連の徴候を示す「症候群」であり、医者が初めて診察する時点で徴候が揃っていなければ、無理に病名を付けずに経過を見ていけば良い。

 

認知症が症候群であることを知らない患者には少しガッカリされるかもしれないが、その時には

 

「何らかの認知症かもしれないが、今の時点ではちょっと分からない」

 

と言えばよい。そして、

 

「いずれ徴候が揃ってくるかもしれないので、慎重に経過を見ていきましょう」

 

と言えばよい。

 

「医者として、そんなことは言えない」というのであれば、患者利益よりも自身のプライドを優先させていることになるが、そのような卑小に過ぎないプライドを守ろうとする時点で、その医者は既に認知的不協和をきたしているのだろう。

 

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結局のところ、我々が試されているのは倫理観である。

 

人体という複雑系を扱うことへの畏れを忘れると、「do no harm(患者を傷つけるな)」という、医者としての基本的な倫理観を失ってしまう。

 

 

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