他者から見て目的があるようには見えない、しかし延々と繰り返される行動のことを「常同行動(常同運動症)」という。
認知機能が衰えると常同行動が目立ってくる。ピック病(≒前頭側頭型認知症)の常同行動は有名だが、アルツハイマーでも他の認知症でも常同行動は見られるし、自閉症でも頻度多く見られる。
ある認知症患者さんのご家族は、
「アルツハイマーの母は、デイサービスから戻るとトランプを並べては崩し、並べては崩し、を延々と繰り返します。その様子を見ているだけで、こっちがどうにかなりそうです・・・」
と言っていた。
誰かの常同行動を見ているうちに自分自身が不安に駆られたら、相手の常同行動が危険なものでなければ、その場を離れたらよい。
- 夫婦げんかの度に、庭で無心に草をむしり続ける女性
- 対人関係でストレスを感じると、爪をかみ続ける男性
- 試験や授業の最中にペンを回し続ける学生
自分では「ただの癖」と思っている行動は、実は常同行動かもしれない。それは、自分自身を安心させようという対処行動なのかもしれない。
自分の行動パターンに常同性を見出したら、「ひょっとして、自分はストレスを感じているのか?」と我が身を振り返ってみるのがいいだろう。
ストレスには、早く気づくに越したことはないから。
80代男性 アルツハイマー型認知症+特発性正常圧水頭症(ON)
初診時
(既往歴)
胃癌で胃全摘
慢性硬膜下血腫で穿頭術
前立腺肥大症
(現病歴)
2年前にアルツハイマーと診断されドネベジルの内服が始まったが好変化なく、むしろ興奮が酷くなったので中止となった。
現在有料老人ホームに入居中で、施設としては①転倒が増えてきた(水頭症の要素は?)、②物忘れが増えてきた、③夜間頻尿(23時~5時の夜間に頻尿、尿量2000~3000ml)
などが気になるとのこと。
本人に加え家族3人、訪問看護師、ケアマネージャー、施設スタッフ2名の合計8名で遠方より来院。
(診察所見)
HDS-R:9
遅延再生:0
立方体模写:OKだが小さい
時計描画テスト:隙間はないが10時10分は不可
IADL:0
改訂クリクトン尺度:26
Zarit:0(スタッフ採点)
GDS:4
保続:あり
取り繕い:あり
病識:なし
迷子:あり
DLB中核症状: 2/4
rigid:左上肢に+
幻視:ありありとしたものはなし
FTD中核症状: 3/6
語義失語:なし
頭部CT所見:DESH+ 海馬萎縮+ 萎縮左右差+
介護保険:要介護3
胃切除:胃癌で胃全摘
歩行障害:やや不安定
排尿障害:夜間頻尿30回
易怒性:なし
過度の傾眠:なし
(診断)
ATD:〇
DLB:
FTLD:
その他:NPH B12欠乏
(考察)
ATDがベースにあるのは間違いないかな。ただし、わずかながらDLB要素もあり、また脳萎縮の左右差、胃全摘後のB12欠乏の可能性、NPHの可能性など諸々。
タップテスト入院は厳しそうなので外来にて施行。
タップ後の変化は、施設で観察を。2週間後にFAXでお願いします。陽性であればLPシャントを検討する?
2週間後
3日間ほどは歩行状態が改善したと連絡あり。
その後、ご家族の判断で年齢を考慮してLPシャント術は行わないことになった。ビタミンB12は基準内低値だったので、かかりつけに定期的なB12注射を進言した。
遠方につき通院は困難。今後は有事相談で。
1年後
昨年のメンバー大勢で飛び込み受診。診察室内に入りきらない。
昨年の受診以降はまずまず落ち着いていたが、2ヶ月前から活動性が高まり徘徊が増えたため、主治医に報告したらメマリーが15mgから20mgに増量となった。
しかし、強いふらつきが出現したため中止。すると更に陽性症状が増悪してしまった。
抑肝散は既に試し無効でルネスタも無効。 他の利用者の食事や飲み物に勝手に手を出すところはピック的。多い日でトイレに100回ほど行き、ほとんどは用を足すこともなく手を洗い出ていくという常同行動。スタッフが遮ろうと声掛けすると激高して手を挙げると。
当院到着から診察までの間も8回ほど。膀胱炎の可能性は検尿で否定的。2日排便がないとソワソワする。 昨年も同時期での受診。季節性の可能性は?
遠方ではあるが、家族は通院治療をご希望された。
肝機能にやや異常あるため、ウインタミンではなくクエチアピンを使う。 12.5mgを6T渡して朝1夕2で開始し、現場判断で増量可とする。
以下、かかりつけ医への情報提供書を掲載。
ご紹介頂きました〇〇様ですが、本日お見えになりました。
久しぶりにお会いしましたが、診察時の様子は前回同様ニコニコと穏やかでしたが、すぐに傾眠になりました。 頭部CTは、昨年と比較して新たな変化は認めませんでした。 比較的急な変化だったようですが、昨年も同時期から頻尿になっていたようですので季節性の精神症状と捉えられるかもしれません。 尿閉の既往がある方ですので、抗コリン薬処方は躊躇われます。
陽性症状軽減及び夜間睡眠の質向上を期して、クエチアピン12.5mgを朝1錠、夕2錠で開始しました。最大量は6錠/dayで、フラツキや眠気などに応じて現場の判断で調整をお願いいたしました。 しばらく経過を追わせて頂きます。 以上ご報告申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
なお、メマリー増量でフラツキが出現したので中止されたようですが、20mgからゼロにしたことで、その後陽性症状の増悪が出ているかもしれません。クエチアピンで落ち着いてたら、メマリーの少量からの再開を検討しようと思います。
2週間後
今日は、待合室では一度もトイレに行かなかった。 前回は10回以上行っていた。
施設では、常同行動を妨げられると昂ぶる。コツを少しスタッフも理解してきたかな。 現在クエチアピンは朝25mg、夕50mg。これ以上増えることはないかな。 3週間処方。適宜減量は任せよう。
3週間後
以下、施設スタッフへの手紙を掲載。
トイレ→便座→手洗いの繰り返しは、前頭葉機能低下に伴う常同行動です。常同行動を邪魔されると通常、認知症患者さんは激高します。
声掛けでの行動変容を促すのは困難ですので、「別の常同行動」にもっていく必要があります。ご家族からは、以前ツワの皮むきを延々としていたという話をお聞きしました。何らかの無害な常同行動に置き換えていけるよう、色々と試してみて下さい。
試すにあたっては、トイレ常同行動が出ていない時を狙うのが良いでしょう。たとえばですが、〇〇さん専用のポケットティッシュをご家族に大量に購入して頂き、名前を書いて施設内のあちこちに置いておき、集めて貰う、など。何でもいいのでどんどん試して下さい。ノートと鉛筆を渡して、何か書いて貰うのもいいでしょう。
今回は、日中の落ち着きを狙ってクエチアピンを増量しました。朝50mg、夕50mgです。その他、夕方にメマリーを再開としました。5mgで開始して1週間後に10mg。次回予約は3週間後です。傾眠ふらつきにはご注意下さい。 何か気になることがあればご連絡下さい。 どうぞよろしくお願い申し上げます。
3週間後
ご本人にノートと鉛筆を渡したところ、「〇〇です。ウナギ定食を頂きました。ありがとうございました。」などと書くようになった。延々と繰り返し何かを書いていると。
また、新聞を朗読する時間が増えた。全体的に穏やかとなり、夜間離床も減ってきた。 日中傾眠はやや目立つかな。朝のクエチアピンは今後減量を狙った方がいいかも。
クエチアピンは朝25mg夕50mgで維持して、メマリーは10mgから15mgに増量する。
メマリー増量で過鎮静が疑われたら、クエチアピンの減量を。その判断は適宜施設におまかせ。
今日は来院してから帰るまで、トイレは1回で済んだ。
介入から10週間後
施設満足度はこれまでで最も高い。今ぐらいなら安心して見ていけるとのことなので、今回で終診としてあとはかかりつけ医にバトンタッチ。
以下に、かかりつけ医への情報提供書を掲載。
ご紹介頂きました〇〇様ですが、おおむね落ち着きました。
クエチアピンを一時は100mg/dayまで使用し、その後は徐々に減量しつつ途中でメマリーを再開とし、15mgまで増量しました。 本日診察しましたが、夜間中途覚醒はなくなり良眠されています。
日中の100回を超えるトイレ行動も激減しました。失禁は増えたようですが、施設としては今の方がよいと思われます。日中の攻撃的言動はなく、やや傾眠がちとなりましたが、こえかけでは開眼し返答もしてくれます。 日中の傾眠が更に増えたら、朝のクエチアピンを減量するように施設には申し送ってあります。 今後当面、今の処方を継続頂けましたら幸甚です。
また何かありましたらご相談下さい。どうぞよろしくお願い申し上げます。
(最終処方)
- クエチアピン(12.5)4T2X 朝夕食後
- メマリーOD 15mg 夕食後
(引用終了)
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