抑制系薬剤のウインタミンで、可愛らしい変化を遂げる方達が少なからずいる。不思議な薬である。
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60代男性 くも膜下出血クリッピング術後
初診時
(既往歴)
40台でくも膜下出血を発症、クリッピング術を受けた。
糖尿病で内服治療中。
(現病歴)
デイケアに行きだして1年ちょっと。3ヶ月ほど前から妻の姿が見えないと慌てる、パニックになるなどの症状が出現。昔の話しを延々と繰り返すようになったとのことで相談に来られた。
(診察所見)
HDS-R:12.5
遅延再生:0
立方体模写:微妙
時計描画:OK
クリクトン尺度:20
保続:なし
取り繕い:軽度あり
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:0
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:1.5
頭部CT左右差:SAH後遺症あり 右側頭葉後頭葉LDA
介護保険:要介護2
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:あり
(診断)
ATD:?
DLB:
FTLD:?
MCI:
その他:
くも膜下出血後のFTLD症状なのかな?ぱっと見穏やかで明らかな語義失語はないのだが。
まずは、デイサービス(週に3回)時のみウインタミン6mg朝、で効果を確認する。
4週間後
ウインタミンで非常に穏やかな表情になった。
自分に優しい言葉をかけてくれるようになった、と奥さんは感激している。著効。
かかりつけから処方してもらうよう提案してみたが、当院からの処方継続希望。
4週間後
デイサービスで常に、妻への感謝の気持ちをスタッフに伝えるようになったと。奥さんは恥しそうにモジモジしているが、とても嬉しいと。
今回から2ヶ月処方。
(記録より引用終了)
何故ウインタミンを選んだのか?
- 妻の姿が見えないと、パニックになる
- 同じ話を延々とする(常同性?)
この2点に、わずかに前頭側頭葉変性症(FTLD)らしさを感じたので。
FTLD陽性症状の抑制系薬剤の第一選択はウインタミンである(コウノメソッド)。ちなみに、ピックスコアは1.5点と低かったが、ここは自分が感じたイメージを優先。
この方の頭部CTを以下に示す。
くも膜下出血により、右側頭葉に脳のダメージが残った。治療後は特に今回の訴えのような症状はなかったようだが、約20年の経過で認知症様症状が出てきた。
このような例は少なからず見かけるが、
【くも膜下出血による脳のダメージに、変性性認知症による影響が加わって発症した】
という風に理解している。この場合、くも膜下出血だけではなく脳出血や脳梗塞、脳挫傷後などでも同じように考えてよいと思う。
こういうケースには、型どおりのMRIやSPECTを用いた診断を行ってもメリットは少ないだろうし、ましてや
「長谷川式テストの点数が低いので、抗認知症薬を始めましょう」
とはしない方が無難。そもそも、診断名をつけることすら困難である。
ちなみに、この方に処方したウインタミンは6mg/回で週に3回。月に12回と計算すると72mg。
10%ウインタミン細粒の薬価は、1gで6.7円。
この方は、月に72mgなので約4.8円。3割負担で計算すると月に約1.4円の負担・・・。計算が合っているのか不安になるほどの値段である・・・。
もしこの方が、「長谷川式テストが12.5点で遅延再生が0点。これはアルツハイマー型認知症ですね。アリセプトを始めましょう」となっていたら?
アリセプトD5mgの薬価は334.7円。毎日5mgを服用して、1ヶ月で10041円。3割負担だと月に約3012円の負担。
診断の方向性やイメージが異なると、当然処方される薬も異なってくる。優先されるのは「困っている症状の改善」なので、高い薬でも改善してくれるのであればいい。
ただし、この方がもしアルツハイマー型認知症と診断されてアリセプトを内服し、それでも今回の様に改善したであろうか?残念ながら、そういうイメージは全く涌かない。
認知症患者の多くは後期高齢者で、つまりは年金生活者が殆どであることから、お財布に優しい薬を処方するに越したことはないと思う。