当院のある一日を切り取ってみる。
母親を施設に入れるかどうかで悩み、うつを発症してしまったAさん。抗うつ薬を飲むようになり2年経ち、病状は安定しているので薬を減らしたいとのご希望だった。
予約枠は空いていなかったのだが、たっての希望で受診となった。診察開始は始業前。
処方医(心療内科医)に減薬を相談するも、「適当に抜いてみたら?」と言われショックを受けたとAさんは語る。
それなりの量のSSRIとベンゾジアゼピンが処方されていたので、「これは適当に止めると危ないですよ」と説明し、まず減らす薬を伝え、そして中期的な減薬のスケジュールを提示して診察を終えた。
次は、飛び込みで来院した男性Bさん。
自身も持病がありながら遠方に済む認知症の母親をケアすることに疲れ相談に来られたのだが、具体的なアドバイスが出来るような状況ではなく傾聴で終わった。
3週間ほど前から整形外科に通院しているが改善がない、という女性Cさんが飛び込みで来院した。
両足裏から始まる感覚鈍磨の上行、両手掌の感覚鈍磨の出現という訴え。手袋靴下型の感覚障害か。呼吸苦はなし。深部腱反射低下を確認。血液検査で糖尿病を否定し、CKの上昇を確認後にギランバレー症候群疑いで脳神経内科に紹介した。
何処に行っても良くならないという5年来の舌のしびれと両足足底のしびれに対して、この半年ほど一緒に取り組んでいる60代男性Dさんが来た。今回こそは・・・?
「良くも悪くも変わらんねぇ。」
うーん・・・。ひとまずタリージェを微増した。一元的には説明困難な症状だが、本人的には舌のしびれも足底のしびれも、ほぼ同時に出現したのだと。
軽いレビー小体型認知症の男性Eさんが、いつものように処置室で星状神経節へのスーパーライザー照射を受けている。
幻視やREM睡眠行動異常で狼狽していた2年前とは別人のようだ。ちなみに、当院で処方しているのは抑肝散加陳皮半夏のみ。
2型糖尿病の男性Fさんから、「メトホルミンを止めてみたいのですが・・・」と提案があった。メトホルミンへの発がん物質混入のニュースを聞いたのだろう。
糖質制限でHbA1cは6.4から5.8まで下がっているので、一旦止めて様子を見るのはいいだろう。薬が減ったことを喜び、Fさんは帰って行った。
1型糖尿病の男性Gさんは、いつものように淡々としている。酒はなかなか止められないが、それも含めて彼の人生なのだろう。手放せなかった結構な量の睡眠薬を、トラゾドンに置き換えることが出来たのはせめてものことだ。
午前の診療の最後は、超高齢のご夫婦。
アルツハイマーの奧さんHさんの同じ話や常同行動に悩むご主人。お二人とも90歳前後で、ご主人もそれなりに衰えている。
Hさんの不便な日常を綴った文章を、本人の目の前で滔々と読み上げるご主人。それを聞いて顔色を変えるHさん。
二人に子はなく同伴者もなく、誰に何を説明していいのかよく分からず。げんなりしながら診察を終え時計を見ると13時10分。午前の診療時間はとうに過ぎている。
待合室モニターを見ると、離島からの患者さんIさんが既に来院している。予約枠は空いていなかったが、離島からという事情に配慮して無理矢理昼休みに入れた方だ。
初期のアルツハイマーかなと思ったが、一人暮らしのIさんに抗認知症薬は危なくて出せないし、同様に、一人暮らしの方に栄養療法を導入することはまず無理なので、「サプリメントを使いながら定期的に様子を見ていくのは如何ですか?」とご家族に提案したところ、受け入れてくれた。
Iさんは何やらご機嫌で帰って行ったが、当方のかつての離島勤務時代の話がウケたのかもしれない。
慢性頭痛とうつ病の女性Jさんが、薬が切れたと飛び込みでやってきた。表情は冴えない。
初回のうつにはリフレックスが切れ味良く効いたのだが、その後再燃した。
「SSRIを使おうかな」とも思ったが、家族は転医を希望しているようだった。
社交性の低い当方に腕の良い知り合いの心療内科医などいないのだが、ひとまず紹介状を書く。良いクリニックに出会えますように。
終業間際に挨拶に来られたのは、90歳を超えた母を施設に入れることを決心した娘さんのKさん。
自宅で最期まで看るつもりで母親を引き取ったKさんだったが、これまで良好だった母娘関係が同居で破綻寸前まで追い込まれ、Kさん夫婦の関係にも大きな影響が出ていた。
大事な親でも見たくない一面はある。逆も又しかり。
大切なのは在宅へのこだわりだろうか。それとも、これまでの良い関係を維持することだろうか。
これまで常に能面のような表情で母親に付き添ってきたKさんだったが、今は明らかに安堵の色が感じられた。良い選択が為されたのだろうと思いたい。
その日の診察が全て終わり、診療時間内に終えられなかったカルテに取りかかろうとしたとき、
「報告です。物忘れ外来ですが、現在ギッチギチに入れてますが3週間待ちという状況です」
というスタッフの声が聞こえたような気がしたが、幻聴だと思うことにした。
いつまでも、道は半ば。