「仕事でミスが目立ちすぎる」という理由で、上司に同伴されて当院を訪れたAさんの年齢は50歳だった。
50歳と言えば、平均的な女性の閉経年齢である。
その前後の5年間、45歳から55歳ぐらいまでを「更年期」と呼ぶが、更年期年代の女性が仕事のミスや物忘れを主訴に来院されたとき、いつも以下の順番でその原因を考えるようにしている。
- 加齢に伴うパフォーマンスの低下
- 更年期症状
- 鉄不足
- 発達障害
- 若年性認知症
それぞれが混在していることはザラにあるが、数値で把握が可能な3の可能性は見落としたくないので採血は積極的にしている。ちなみに、世間の人が最も気にするであろう5の若年性認知症は、最も頻度が低い。
今回紹介するAさんが仕事でミスをするようになった一番の理由は3の鉄不足(≒貧血)だったと考えているが、同伴した上司が真っ先に疑ったのが4(発達障害)、そして5(若年性認知症)だったというのは、いかにも今の世相を反映しているように思われた。
最後に、鉄剤の止め時について。
内科で鉄欠乏性貧血に対して鉄剤が処方されるも、ヘモグロビンが基準値を上回ったらすぐに中止にされてしまうケースを数多く見てきたのだが、十分なフェリチンの上昇を確認せずに止めたら元の木阿弥である。
「毎日、一生鉄剤を飲みなさい」なんて言うつもりは勿論ないが、「閉経までは何らかの形で鉄補充を続けた方が良いですよ」と患者さんには説明している。
一般的には「50歳前後で一年以上月経がこなければ閉経」とされるが、自分は
- 最終月経から6ヶ月以上経過
- 卵胞刺激ホルモン(FSH)が40mIU/mL以上
- エストラジオール(E2)が20pg/mL以下
が確認出来たら閉経と判断している。
ちゃんと注意して扱えば安全な鉄だが、フェントン反応*1のことを考えると、ダラダラと高用量で飲み続けることはお勧めできない。
Aさんも、上記の定義に則って閉経と判断した時点でフェリチンの値は十分であったので、鉄剤内服を終了とした。
月経という鉄を喪う定期的なイベントがなければ、高用量での定期的な鉄補充は不要な方がほとんどである。
50歳女性 鉄不足からくる貧血による仕事のミス
(現病歴)
お子さんは3人。今の職場で3年務めている。
同伴の上司曰く、入職当初から仕事のミスは気になっていたとのこと。
半年前にある部門の責任者となったが、これまでにも増してミスを連発するようになった。「人の意見を聞けない・5分前のことを覚えていない・メモの工夫を言ってもしようとしない」など。
上司は「Aさんは発達障害ではないか?」と考えたらしいが、若年性認知症の可能性も含めて調べて欲しいと。これらのことを、Aさんの横でハッキリと言う上司に危うさを感じる。
Aさんは白けた表情。イヤイヤ受診させられたのだろう。
持参の健康診断結果を確認したところ、1年前のHb9.7、MCV74がスルーされている。妊娠中に鉄剤の服用歴ありとのこと。
(診察所見)
HDS-R:30/30
遅延再生:6
立方体模写:可
ダブルペンタゴン:可
時計描画テスト:可
IADL:-
改訂クリクトン尺度:
Zarit:-
GDS:3
保続:なし
取り繕い:なし
病識:なし
迷子:なし
DLB中核症状: 0/4
rigid:なし
幻視:なし
FTD中核症状: 0/6
語義失語:なし
頭部CT所見:わずかに右>左で側頭葉左右差あり
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
過度の傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:
(考察)
貧血の可能性大。採血。
深刻さに欠けているのが気にはなる。側頭葉にわずかな左右差はあるが、ピック病含め若年性認知症の可能性はないだろう。発達障害の可能性を念頭に幼少時のエピソードを聞くも、引っかかりはなし。
上司目線のADHDスコアは4/9で該当。ASDスコアは1.5/4。
2日後
採血結果説明。
- 血色素量(HB):9.7g/dl
- MCV:83.8fl
- 赤血球状態:大小不同
- 尿素窒素:11.3mg/dl
- 血清鉄(Fe):26μg/dl
- フェリチン定量:4.1ng/ml
- T S H:2.38uIU/ml
- F-T3:2.3pg/ml
- F-T4:1.07ng/dl
貧血ですね。
鉄剤開始。血便や黒色便、不正性器出血などはないとのこと。
1ヶ月後
鉄剤開始で自覚的他覚的な仕事改善はないようだ。
鉄剤内服開始後すぐに、3ヶ月ぶりに月経があったと。
胃もたれ便秘なく継続出来ている。
フェルム2ヶ月処方、次回採血。
2ヶ月後
「最近、以前よりも身体が動くようになってきた」とのこと。
貧血改善の証拠だろう。鉄剤による胃もたれ便秘はなし。
処方継続。採血、次回説明。最終月経は2ヶ月前。
2ヶ月後
採血結果説明。
- 血色素量(HB):13.6g/dl
- MCV:101.7fl
- 総ビリルビン:0.2mg/dl
- AST(GOT):43IU/l
- ALT(GPT):16IU/l
- γ-GTP:55IU/l
- 中性脂肪(TG):1025mg/dl
- フェリチン定量:59.8ng/ml
Hb、フェリチンに関しては抜群の改善。MCVはやや大球性に変化。身体は軽くなり、仕事で怒られることはなくなり、周囲への目配りが以前よりも出来るようになった。
TGは注意。時々腰にずきんと痛みを感じると。酒量はどうか?注意を促した。
笑顔は以前よりも自然で、しれーっとした感じはなくなった。
最終月経は4ヶ月前。
初診から半年後
表情は以前より豊かになり、笑顔が自然に感じられる。体調は良いと。
- 血色素量(HB):13.2g/dl
- γ-GTP:81IU/l
- 中性脂肪(TG):134mg/dl
- 尿素窒素:10.0mg/dl
- フェリチン定量:154.1ng/ml
- FSH(血清):93.80mIU/ml
- E 2(血清):12pg/ml未満
中性脂肪は下がった。原因は何だったのかな?γ-GTPは微増。アルコールは気をつけて。
FSH、E2のパターンから閉経と判断。
フェリチンは十分。フェルム終了。
今後は有事受診で。何かあったら気軽にご相談下さい。
(引用終了)
鉄剤の使い方について。 - 鹿児島認知症ブログ
"Diagnose: Wechseljahre / Menopause", geschrieben auf blauem Ärzteordner, neben Medikamenten und Stethoskop flickr photo by verchmarco shared under a Creative Commons (BY) license