鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】ピンチを救ってくれたデエビゴ。

新薬は通常、市販後1年間は2週間の処方日数制限がかかる。

 

その薬が安全なのかどうかを、処方する医者が十分観察する機会を担保するためだと思われるが、月に2回、1年間で25回ほどの診察が必要となると自分も患者も大変なので、よっぽどの理由がなければ新薬を使うことはない。

 

今回久しぶりに「よっぽどの」事態を経験したのだが、その事態を打開してくれた新薬を紹介する。

 

その名は、「デエビゴ」。

 

2020年4月22日に薬価収載された新しい睡眠薬で、一般名「レンボレキサント」、オレキシン受容体拮抗薬である。

 

オレキシン受容体拮抗薬ということは、2016年に発売開始となったベルソムラ(一般名:スボレキサント)と同系統の薬ということになる。

 

ベルソムラは筋弛緩作用がほとんどなく、高齢者に対しても使いやすい印象はあるが、時々「悪夢」と「入眠時麻痺(金縛り)」を経験する。

 

デエビゴに関してはまだ処方経験が少ないのだが、30代女性で1名悪夢を、70代男性で1名入眠時麻痺を経験した。

 

今回紹介する方は施設で暮らす前頭側頭型認知症の患者さんで、色々試すもどうにも落ちつかず手詰まり状態だった。

 

その方に、なぜデエビゴを試そうと思ったのかは思い出せない。

 

苦し紛れだったには違いないが、結果的にデエビゴは手詰まり状態を劇変させてくれた。ありがとう、デエビゴ<(_ _)>

 

認知症全般に言えることとして、睡眠はとても重要である。

 

特にレビー小体型認知症や前頭側頭型認知症では、脳のアイドリング状態である「デフォルトモード」時の認知資源消費が相当激しく*1、睡眠で認知資源をうまく回復出来ないと日中の活動に甚大な影響が出る。

 

現時点で特に明確な根拠はないのだが、デエビゴは上手く嵌まるとゲームチェンジャーになれる薬だと感じるので、今後深掘りしていく予定。

 

70代前半男性 前頭側頭型認知症

 

初診時

 

(既往歴)

冠動脈ステント留置後

(現病歴)


50代半ばで仕事を退職し、その後は職を転々としていた。

 

60代前半で物忘れが出現。家族が病院受診を促すも本人が拒否するため、4年前に訪問診療医が往診し、何らかの認知症と診断した。

 

その後病状は進行し、今年に入って精神科病棟に入院。退院後の在宅生活は困難と判断されグループホームに入所となったが、全く落ちつかず。

 

施設スタッフ及び他入居者への影響が甚大とのことで、陽性症状コントロールを依頼された。

 

(診察所見)
HDS-R:施行不可
遅延再生:施行不可
立方体模写:施行不可
ダブルペンタゴン:施行不可
時計描画テスト:施行不可
IADL:0
改訂クリクトン尺度:32
Zarit:9
GDS:9
保続:-
取り繕い:-
病識:-
迷子:-
DLB中核症状: 1/4
rigid:鉛管様
幻視:なし
FTD中核症状: 4/6
語義失語:あり
頭部CT所見:左>右で萎縮左右差あり
介護保険:要介護4
胃切除:なし
歩行障害:ふらつき
排尿障害:なし
易怒性:なし
過度の傾眠:あり

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:〇
その他:

(考察)

 

不安で涙を流すなど見られると。その他、「どうしたら良いか分からない、教えてくれ」などと、夕方以降ホールをウロウロ。他利用者から苦情が来るなどGH全体への影響が出ている。

 

21時にアモバン内服。その後ウロウロし、寝付くのは1~2時。それでもトイレに起きたりするなど良眠は出来ていない。その為日中は傾眠。食事は自己摂取可。易転倒性あり。

 

現在の内服は以下。

 

  • 昼 ジアゼパム2.5mg、 コントミン6.25mg
  • 夕 ハロペリドール1mg、 コントミン6.25mg
  • 眠前 アモバン1T
  • 眠前 リバスタッチ4.5mg

 

待合室でも待てずにウロウロ。HDS-R等は不可。いかにも抗精神病薬が影響している顔つきで、両側上肢に鉛管様rigidを認める。

 

診断はFTD(前頭側頭型認知症)でいいかな。語義失語は相当目立つ。

 

  • リバスタッチ中止
  • セレネースは1mg→0.75mgに減量
  • コントミン12.5mgx2→25mgx1に変更
  • ジアゼパム2.5mg→1mgに減量
  • アモバン中止→ニトラゼパム5mgに変更

 

トラゾドン25mg開始。

 

メインは夕方症候群と不眠対策。

 

2週間後

 

表情が少し柔らかくなったのは、セレネース減量のおかげかも。
0.75mg→0.375mgに減量し、次回で卒業予定。

 

夜間、眠そうな表情は今までよりも分かりやすくなった。これはトラゾドン効果だろう。ただし、横になっては起きての焦燥感が目立つ。昼はそうでもないのはコントミンの影響か。夕にコントミン25mg追加。ニトラゼパムは7.5mgに増量。

 

今後、コントミンを増量しジアゼパムは減量中止の方向で。

 

 

2週間後

 

そわそわ感は減ったのか。問題は日中の傾眠。夜間も良眠とは言い難く、足に来ているようでスタッフとしては、まだ転倒せずに歩ける方がマシ、と。

 

ニトラゼパムは5mgに減量。コントミンも12.5mgに減らすか。昼のコントミンも12.5mgに。元々6.25mgだった。ジアゼパムも一旦offにする?

 

夜間介助に対して易怒性亢進はセレネース減量の影響?セレネースは一旦offにしたいが。

 

  • 眠前ニトラゼパム5mg
  • 夕方コントミン25mg+トラゾドン25mg、セレネースは終了
  • 昼コントミン12.5mg+ジアゼパム0.5Tx2天秤法

 

これでいってみようか。施設管理者としてはセレネース減量による人間らしさが見えてきたことが嬉しいと。

 

 

2週間後

 

睡眠に関しては、ニトラゼパム減量で少しバランスが取れたのか。

 

5~8時間ほど眠れるようになったと。一回は覚醒し、ウロウロし、再入眠まで30分~1時間ほどスタッフが付きそうと。トラゾドンを37.5mgに増量。

 

夜勤スタッフとしては、「4~6時半の間に寝ていてくれたら、朝の調理が出来るので非常に助かる」とのこと。トラゾドンは50mgまでは考えるか。ダメならコントミン微増かな。

 

昼は結局ジアゼパム2mgを固定で飲ませていたようだが、代わり映えなし。5mgを分2で渡す。MAXは5mgで。

 

入浴が問題。浴室まで来たら機嫌良くなるので、誘い方がカギ。


入居当初からすると、表情が優しげになってきた印象はあると。これは、セレネース中止効果だろう。

 

ただし、本気か冗談かわからないようなおちょくり方をすることもあり、暴力という形で他者に向かわないか、ヒヤヒヤする場面は多いのだと。

 

2週間後

 

前回工夫で目だった改善なく、関係者そろって苦笑い。難しい。

 

トラゾドンを50mgに増量。4~6時の睡眠が狙えるか。
コントミン25mgが入った後の19時頃はおとなしめだと。

 

昼のコントミンを25mgに。12.5x2でスタッフ調整可とする。ジアゼパム2.5mg、5mg、両方試すも変わらずと。3mgにして夕食後固定とする。

 

5日後

 

(施設管理者よりFAX)

 

昨晩からトラゾドンを50mgに増量した。

 

20時に自ら横になり、朝7時までぐっすり。しかし、朝のトイレ介助時に全介助が必要だった。便座に座った後に床を指して「花火が見える、虫が沢山いる」などと幻視様発言あり。

 

この数日は左体幹傾斜著明で、前傾小刻み歩行。これに関してはコントミンの蓄積の可能性はあるかも。

 

日中の安定を諦めるなら、思い切ってコントミンを止めてセルシンのみとし、夕はトラゾドン50mgのみで眠剤は止めるという手はある。


ひとまずトラゾドン1Tに減量し、連絡をもらう。

 

2日後

 

施設管理者から連絡。

 

トラゾドン1Tへ減量するも、翌朝はグダグダ。昼食あたりの時間帯から元気が出てきた印象だと。

 

一旦トラゾドンはoffにしましょう。これで寝なくなったら0.5Tで戻しましょう。

 

トラゾドンによる過鎮静が起きたと解釈。副作用で便秘もでていそう。

 

前回受診以降、振戦含めパーキンソニズムが目立つようになったと。これは、昼食後のコントミンを12.5mgから25mgに増量した影響だろう。

 

トラゾドンoffでもパーキンソニズムが持続するなら、昼のコントミンを12.5mgに減量しよう。活動性は上がるだろうが落ち着かなくもなるだろう・・・。

 

1週間後

 

トラゾドンoff、昼のコントミン2T→1Tへの減量でふらつきは予想通り軽減するも、ソワソワが増えた。

 

これに対しては、頓服のジアゼパム0.5Tx2など試してみて。

 

昼のコントミンをルーランに置き換える。1Tから開始して2Tまで増量はありで。


オランザピンは糖尿病あり不可。

 

2週間後

 

ルーランへの切り替えは効果なしというより、むしろ悪化。


コントミンはEPSが確実にでるが・・・。ルーランを中止してコントミンを一旦戻す。頓服ジアゼパムは2.5mgで効いたり効かなかったりだと。

 

ニューレプチル2.5mgを考えるか。1日3回、最大15mgまで。メマリーは?

 

睡眠はデエビゴ2.5mgも試してみよう。


(施設管理者よりTEL)


「デエビゴを飲んで眠れないときはニトラゼパムを追加で屯用可と言われたが、○時間空けるなどの決まりありますか?」との質問。

 

院長確認後、「2時間空けて使用可」と伝えた。(受付〇〇記載)

 

1週間後

 

デエビゴがはまったようで、睡眠良好、暴言などもなく落ち着いていると。デエビゴを次回予約まで足りるように処方。

 

介入から3ヶ月後

 

夕食後のデエビゴ服用で、19時頃からソファで傾眠。21時頃には完全入眠。そのまま3~4時間寝て布団へ移動。

 

合計9時間近く眠れるようになった結果、日中の覚醒が向上し、歩行状態は改善、集中力を保ってテレビを見るようになった。疎通も良好になった。

 

今回は、前回と同じ処方で様子を見たいとのこと。


普段の様子の動画を拝見したが、非常に穏やかな表情でレクに参加していた。娘さんは泣いて喜んでいたと。

 

2週間後

 

夜間良眠出来ている。屯用2.5mgのジアゼパムは2回使用しただけだった。

 

2週間後

 

夕食後にソファーでウトウト。そのままソファーで寝ることもあれば居室に移動して休むことも。


夜中は0時と4時にトイレに起きて、15分ほどホールを歩くというルーティン。日中は穏やかに過ごしていると。

 

日中の不穏行動、多動時にジアゼパム2.5mg屯用。夕方以降で同様の症状が出現した際にはニトラゼパム5mg。*2

 

ニトラゼパムは残23T、ジアゼパムは11回分ありと。ジアゼパムを14回分補充。

 

施設管理者としては、最も大変な時期を10とすると今は2/10ぐらいだと。

 

(引用終了)

 

(前医処方)

  1. リバスタッチパッチ(4.5)1枚
  2. ジアゼパム(5)0.5T1X昼食後
  3. コントミン(12.5)1T2X 昼夕食後
  4. ハロペリドール(1)1T1X夕食後
  5. ゾピクロン(7.5)1T1X眠前


(最終処方)

  1. コントミン(25)1T1X夕食後
  2. ジアゼパム(5)0.6T1X夕食後
  3. コントミン(12.5)2T1X昼食後 調整可
  4. デエビゴ(2.5)1T1X眠前
  5. ジアゼパム(5)0.5T 日中興奮時屯用
  6. ニトラゼパム(5)1T 夜間興奮時屯用

 

デエビゴ

Eisaiホームページより引用

 

*1:じっとしていても脳が激しく誤作動している

*2:こういう工夫を見出すのは得てして、医者ではなく冷静な現場観察者だったりする。