鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

夫に病気の可能性を見出そうとする妻と、それを受け止める優しい夫。

「うちの主人はどこかおかしいですよね?ね?上手く言えないけど前とは違うの。色んな検査をして突き止めなければいけないんじゃないですか?ねぇ?」

80歳男性 正常

 

初診時

 

(既往歴)

高血圧 糖尿病 

(現病歴)

最近もの忘れが気になるらしいので診て下さい、とかかりつけ医から紹介。

(診察所見)

HDS-R:28
遅延再生:6
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:3
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:施行せず
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:施行せず
頭部CT左右差:なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:頻尿
易怒性:なし

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:

正常。おしゃれな紳士。奥さんとプールで運動をしている。奥さんもおしゃれ。


フェルガードに興味がありお勧めした。半年後に再診でどうですか?

 

11ヶ月後

 

HDSR29
遅延再生6

 

順調。ココナッツオイル、エゴマ油をとっている。フェルガードは使用していない。


次回は半年後でどうですか?

 

4ヶ月後

 

前からあまり話しをするほうではなかったが、最近それが酷くなったと。言い訳や理屈っぽくなってきたとのこと。本人は飄々とした印象。

 

HDSR28

遅延再生6

 

前回HDSR29点。今回は28点。猫や100-7などは既に覚えてしまっているようだ。図形描写に問題はなく、全体的な印象としては15ヶ月の経過で大きな変化はなさそう。

 

以前からだが、奥さんは必死な表情。

 

改めてフェルガードの説明を求められた。また、大病院で精密検査を受けなくて大丈夫なのか?と。ご希望があれば紹介状は書く、と話した。


次は3ヶ月後ぐらいでどうですか?

 

(引用終了)

 

確定診断という言葉の意味

 

確定診断という言葉がある。

 

例えばガンの場合、CTやMRIなどで存在を疑い、次に組織をとって顕微鏡で調べ、ガン細胞の存在を突き止める。これがガン診療における確定診断。

 

では、認知症の確定診断とは?

 

f:id:takapisatakapisa:20160508165228j:plain

(日老医誌 2013;50:1―8)

 

これは、NINCDS/ADRDAによるアルツハイマー診断基準である。他にDSMやNIA/AAによる診断基準もあり、世界共通のアルツハイマー診断基準というものは存在しない。

 

細かな内容はさておき、赤丸で囲った部分に注目。

「Probable AD」と「Possible AD」とは各々、「アルツハイマーの可能性がかなり高い」、「アルツハイマーの可能性がある」ぐらいの意味である。

 

つまり、現在の基準(DSMやNIA/AAにおいても)ではアルツハイマーの確定診断というものはそもそも無理なのである。

 

今後、脳脊髄液検査によるタウやAβのチェック、そしてアミロイドPETやタウPETが一般的に用いられるようになると、「Definite AD(明確なアルツハイマー)」、つまり確定診断という言葉が使えるようになるのだろう。

 

ただし、あくまでも「症状の有無」が重要である。無症状ないしはMCIレベルなのにアルツハイマーの診断が下されることにならないだろうか?診断技術の向上による「冤病」*1の増加には注意しておく必要がある。

 

外来で、ご家族や医療介護関係者に「先生、確定診断をお願いします!」と頼まれることがあるのだが、確定診断という言葉にまつわるこのような背景を説明していたら時間がいくらあっても足りない。よって「今の技術では難しいんですよ」という説明に留めるのだが、

 

「この医者は確定診断も出来ないのかよ・・・」

 

という視線に高確率で曝されるのは、少々切ない。

 

正常と非正常の境目とは?

 

認知症診療の難しさとは、正常と非正常の境目を見分けることの難しさ、であるように思う。

 

認知症患者さん皆さんが、初診時に全ての徴候を揃えて外来に現れる訳ではない。なので、証拠が少ない場合には「見(けん)に回る」*2ことも時に必要である。「疑わしきは罰せよ」方式でやっていたら、世の中の高齢者はみな認知症になってしまう。

 

www.ninchi-shou.com

 

今回挙げたケースで気になったのは、奥さんから発せられる

 

「うちの主人はどこかおかしいですよね?ね?上手く言えないけど前とは違うの。色んな検査をして突き止めなければいけないんじゃないですか?ねぇ?」

 

という無言の訴えである。自分の気のせいだったらいいのだが・・・

 

短い外来の時間でその人の全てを把握出来るはずもなく、奥さんにしか気づけない微妙な変化があるのかもしれない。また、 大切な家族だからこそ少しでも怪しい徴候があれば自分が真っ先に気づいてあげなければ、という想いもあるかもしれない。

 

ご主人は必死な奥さんを優しい眼で見つつ、

 

「大丈夫とは思うけど、もうオレも年をとってきたからね・・・先生も忙しいし、そろそろ帰ろうか。」

 

と促して帰って行かれた。

 

この優しそうなご主人が奥さんの必死な想いを受けて、いつかどこかの病院で勧められるがままに抗認知症薬を始めてしまうのでは?という懸念が頭から離れない。

 

自分の見立てではこの方は正常、大げさに見積もってもMCI(軽度認知機能障害)までと思っているが、他院でVSRAD(MRIで脳萎縮を測定するソフト)により脳萎縮あり!と判断され、それを基準に抗認知症薬が始まる可能性は否定できない。

 

せめてリバスタッチであれば1.125~2.25mg、アリセプトなら1mg程度の極少量からお試し処方となってくれたらいいが、通常用量で抗認知症薬を使うことでこの方に良いことが起きるイメージは全く持てない。

 

ここまで想像したうえで、ではどうするか?

 

  1. 定期的な受診の重要性を今一度説明し、もし必要な時期が来たら、しっかりと説明して内服を開始する旨伝える
  2. 他院で薬を出されるよりは、と開き直って極少量のお試し処方を勧めてみる
  3. 信頼できる他院と連携を図り、セカンドオピニオンを聞きに行くように促す

 

今のところ、ほぼ1の手法を用いているが、ごく稀に2を行うこともある。

 

もし3が出来るようになったら色々と捗るだろうなぁと夢想している。

*1:「病気ではないのに病気にさせられてしまう」ぐらいの意味で、自分の造語です。

*2:ギャンブル用語。状況判断材料が少ないときには、敢えて勝負には出ずに観察を続けること