当たり前のことだが、困っている患者のためにボランティアで薬を作る会社など存在しない。想定患者が少ない疾患の薬は作られることは殆どなく、売り上げが見込めるジャンルの薬(降圧薬や血糖下降薬)には多くの製薬会社がこぞって参入する。シビアな世界である。
企業とは何か?
唐突だが、企業の最も重要な目標とは何であろうか?
ドラッカーによると
事業体とは何かと問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。たいていの経済学者も同じように答える。この答えは間違いではないが的外れである。事業の目的として有効な定義はただひとつである。それは顧客を創造することである。(現代の経営より)
こうである。
ダイヤモンド社 (2012-09-14)
売り上げランキング: 5,268
企業の目的といった場合、普通耳にするのは
- 人間性の追求
- 社会性の追求
- 経済性の追求
この辺り。
配当という利益分配を行う必要がないNPO(非営利法人)であれば、上記1や2が主な目的となるだろう。
営利企業(営利法人)は利益の分配という形で配当を行う必要がある。従って利益を上げることは企業存続の為には最重要事項の一つと言える。企業の定義を「企業=営利組織」から出発すると、至上目的は上記3になる。
では、企業の定義を「顧客が価値を決めるもの」としたらどうか。つまり、企業が存続するためには、顧客に価値を見いだして貰わねばならない、という視点。
この視点から出発すると、企業の至上目標は「(自分たちに価値を見出してくれる)顧客の創造」となる。新たな顧客を創造するためには、他よりも優れた製品やサービスを提供する必要がある。「顧客の創造」を目標とすることで、新たなイノベーションが産まれていく。
製薬会社が「顧客」を創造するということの意味
潜在的な
「自分の好きな音楽をポータブルに持ち運んで、どこでも聴けたら楽しいよね♪♪」
というニーズに上手く応えたiPod*1から分かるように、ヒット商品とはニーズを上手く掘り起こし(マーケティングの成果)、他にはない付加価値を提示(イノベーションの成果)することに成功した商品のことである。
では、製薬会社がニーズに応えるとはどういうことだろうか。
「自分は治らない病気と言われているけど、いい薬が出来たらなぁ・・・」
これは「顕在的ニーズ」である。
このようなニーズに応えることは製薬会社の使命の一つと言えるだろうし、それに応えた会社は莫大な利益を挙げることが出来る。最近ではハーボニーだろうか。1錠8万円という凄まじい値段設定だが・・・
では「潜在的ニーズ」はどうか。
「最近何か調子が悪いけど、自分は何かの病気なのではないだろうか・・・?」
普通に生きていて何らかの不調(不安)を来したときに誰しも一度は頭に浮かぶことである。この時点では、果たして本当に病気があるのかどうかは分からない。そして、この種の不安は容易に増幅されうる。
「テレビの番組で取り上げられていた病気の症状に、自分は当てはまる気がするな・・・やっぱり病気なのかな・・・」
製薬会社が潜在的ニーズを掘り起こすということは、「生きていく上で多くの人が持つであろう健康面への不安」に過剰に目を向けさせることだとしたら・・。
この掘り起こしに成功したら、あとは薬を売るだけである。手っ取り早いのは、「不安を煽ること」である。
既存患者に薬を売っているだけでは 、製薬会社は成長出来ない

上の画像は、たまたまネットで見つけたもの。2013年にアメリカで認可されたBELVIQという肥満症治療薬のプレゼン資料と思われる。赤丸で囲った「テレビCMにより疾患啓発を拡大」という文言に注目。
「患者様貢献を本格的に全世界展開へ」と銘打ったスライドだが、貢献とは今現在困っている患者さんに対してなのか、未来の患者さんに対してなのか、はたまたその双方か。

ここで注目したいのが、エーザイの売り上げ目標。
2013年見通しでは575億円だった売上高を、2018年には1200億円に伸ばすことが目標のようだが、既存の患者(顕在的ニーズ)に「貢献」するだけで目標を達成出来るものだろうか。未だ病気ではない層に訴えかけ、潜在的ニーズの掘り起こし≒顧客の創出を行う必要があるのではないだろうか。
「自分では気づいていないかもしれないけど、あなたは病気かもしれないですよ?早めに病院を受診して、治療を受けた方がいいかもしれませんよ?」
穿った見方かもしれないが、テレビCMによる疾患啓発の拡大とはこのようなことなのではないだろうか。
そして、製薬会社における顧客とは病人のことであろうから、
【顧客の創出≒病人の創出】
という式が成り立つ。
営利企業が持続的な成長を運命づけられているものである以上、製薬会社とは顧客(病人)を創出し続ける運命を背負った企業、といえよう。
作られる病気
多くの点で抗うつ薬の発見はうつ病の発見とその販売戦略そのものであった。最近の10年間で製薬会社は、抗うつ薬という拠点から神経症の中心地域へと進み、その途上で強迫性障害、パニック障害、社会不安障害などを販売促進してきた(「抗うつ薬の時代」より引用)
病気と認定され治療が始まるには、何らかの基準が必要である。
1970年代にはWHO基準で160/95が高血圧の基準ラインだったようだが、1993年には140/90となり、近年では年代や基礎疾患別で更に細かく規定しようという流れのようで、基本的には、more lower,more betterのようだ。基準値が下がるほど引っかかる人が増え、当然だが降圧薬の処方量が増えて製薬会社の売り上げは増す。この構造は数値目標が設定される他の生活習慣病、即ち脂質異常症や糖尿病にも当てはまる。
生活習慣病の発症には普段の食事が大きく影響する。その食事における思想*2がもし誤っていたら、疾患基準数値未満を達成することが難しくなる。生活習慣病においては
【誤った栄養指導x厳しすぎる疾患基準≒患者数増大≒薬の売り上げ増大】
このような図式が成り立ちそうだ。
ちなみに、認知症の診断は通常、CTやMRIによる画像診断と、長谷川式やMMSEなどの神経心理学検査や各種ガイドラインを用いた操作的診断、また担当医の経験に基づいた伝統的診断、これらの組み合わせで行う。うつ病であれば、DSM*3を用いた操作的診断が主になるのだろうか。
患者)最近疲れが溜まって体調が今ひとつだから、病院に行ってみよう
↓
医者)血圧が150/95ですね。あなたは高血圧なので薬を飲んで下さい
疲れやストレスから血圧上昇というパターンが多いだろうが、この場合基準にされたのは150/95というその時こっきりの数値。そして何となく降圧薬が始まる。よくある話である。
患者)テレビで認知症を疑ったら早めに受診、と言われたので今日は来ました
↓
看護師)では、こちらで検査を受けて下さい。あら、長谷川式が20点ですか・・・
↓
医師)基準点を下回っているので、あなたは初期の認知症です。薬を始めましょう
冗談のような話だが、実際にこのような病院が存在するのである。
www.ninchi-shou.com
ではどうしたらよいのか?
薬も所詮は商品である、という当たり前の現実を受け止めるしかない。
飲まずに済めばそれに越したものではないのに、薬を欲する人は非常に多い。「早めにお医者さんを受診しよう」≒「早めにお医者さんで薬を貰おう」なのかもしれない。
「先生、早めに飲んだら認知症にならない薬があるんですよね?それを試してみたいのですが・・・」
毎日の様に外来でこのような質問を受けているので、巧妙な「宣伝」の威力とは相当なものであることは理解しているつもりである。
商品を売るためには宣伝が必要であり、宣伝にはお金が必要である。お金をかけている以上、なんとしてでも売らなければならない。売るために、潜在的患者を掘り起こさねばならない。潜在的患者とは、あなたのことかもしれない。
資本主義のルールで製薬会社が動いている以上、患者(消費者)は情報の非対称性*4を利用されないためには自衛するしかない。この場合、自衛とはリテラシーを高めて良質な知識を身につけることである。玉石混淆ではあるが、知識を得やすいという点ではインターネットが使える現代は便利な時代ではある。
信頼できる医者や医療機関を捜すことは大事だろうが、情報リテラシーを高めることはより重要である。*5
昨今の「医療=サービス業」という考え*6は、気をつけないと容易に「医療依存」に転じうる。
高い依存心と高いリテラシーは、通常共存し得ないものである。
文藝春秋 (2015-05-29)
売り上げランキング: 201,268