こういう風に話を聞いてもらったことは、12年間で一回もありませんでした。本当に「一回も」ありませんでした。ありがとうございました。
このように仰り、外来をあとにしたある患者さんの奥さん。
憤り、理解、そして未来へのわずかな希望。約20分間の外来で、様々な想いが吐露されていった。
84歳男性 12年前にアルツハイマー型認知症と診断されたのだが・・・
初診時
(現病歴)
12年前にもの忘れの相談で訪れたある病院で、アルツハイマー型認知症と診断されアリセプトが始まった。
以降、12年間アリセプト5mgを内服。診断や説明に納得がいかずセカンドオピニオンで訪れたどの病院でもアルツハイマー型認知症と言われた。
以前プラズマローゲン(抗酸化作用を持ったリン脂質)を試したが、怒りっぽくなりおかしな動作をし始めたので止めた。イチョウの葉エキスは効いた実感があったが、アレルギーで脱落。
最近はココナッツオイルで体重の減量ができた。また性格が優しくなったので続けているとのこと。
河野先生の書籍を読んで「やはり父はアルツハイマー型認知症ではない」と思った娘さんの判断で、アリセプトを止めて2週間経過した。
イライラや怒りっぽさが影を潜めとても穏やかになり、落ち着いている。これまでで最も良い状態だと。このまま経過をみていいのかの判断をお願いしたい、とのことで受診。
(診察所見)
HDS-R:21
遅延再生:1
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:11
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:1
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:施行せず FTLDセット3/4 難聴ありか
頭部CT左右差:なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
(診断)
ATD:?
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:
「遅延再生*1が弱いので注意は必要だが、当面は現在行っている抑肝散の家庭天秤*2とココナッツオイルで経過をみましょう」と説明。
フェルガードはご希望があれば使いましょう。
かなりの遠方だが、当院に通うとのこと。診察室を出る前に、奥さんと娘さんは感極まったのか泣いておられた。ご本人は神妙な面持ち。
(記録より引用終了)
医者の診断名は積極的に疑おう。何故なら、医者も迷っているのだから。
医者を続けている限り、常につきまとうのは
「自分の診断は果たして正しいのだろうか?」
という想いである。医者が様々な検査を行うのは、データを豊富に集めて診断に役立てるという理由以外に、
『「これだけ検査をしたのだから」と自分に言い聞かせて、「誤診しているかもしれない」という疚しさから逃れたい』
このような思いがどこかにあるのではないだろうか?いや、あくまでも想像ですが。
認知症の診断や変性疾患の診断の場合は特に、この問題がつきまとう。
更に話を厄介にさせるのは、
「一度アルツハイマー型認知症と診断されたら、死ぬまでずっとアルツハイマー型認知症なのか?」
という問題である。
往々にして、途中でレビー小体型認知症の要素が加わり、ピック病的な要素が加わったりなど、認知症の経過は実に多様であり、その時の症状に応じて診断名も柔軟に替えていく必要がある。必要があるというより、そうせざるを得ないというのが実情である。この辺りの事情は、現在の認知症の診断名が主に「推測病理診断名」であることにも原因がある。
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ガンの診断のために、「まずは組織をちょっと採って調べてみましょう」ということはある。しかし、認知症の診断のために「ちょっと脳の組織を一部採って調べましょう」というわけにはいかない。
誤診の可能性は常にある。病状も刻々と変わっていく。家族の話を聴き続けることこそ、最も重要である。
この方はこれまでに錚々たる病院や医者を受診してこられた。中には認知症診療で有名な教授もいたようだ。その医者達のほぼ全てが
あなたはアルツハイマーなんだから、アリセプトを飲み続けなさい。止めたら必ず進行するんだから。
良くなることはないから覚悟を決めなさい。
と言ったという奥さんの言葉には、正直寒気を覚えた。
しかし、自分の身近でこのような例は幾らでもあるので、この発言は事実なのだと思う。
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自分の言う「家族の話を聞く必要がある」というのは、「患者や家族の想いに寄り添って~」とかそういうことではなく(それはそれで大事なことですが)、単に
「家族の話に診断や治療の大きなヒントがあるのに、それを聞かないでどうやって治療しているの?」
ということである。
事実、家族の話を聞かずにアリセプトを出し続けてきた医者ではなく、近くで父親を見続けてきた娘さんの判断によって、この方は救われた。
ちなみに、この患者さんを診た医者はほぼもれなく
- MRIやSPECTの画像とにらめっこ
- 電子カルテとにらめっこ
- キーボードを打ちながら話をし、患者に向き合わない、患者の身体に触れようとはしない
- 長谷川式テストやMMSEなどの臨床心理検査は全て他のスタッフが行い、その結果の詳しい説明はなく「診断名」だけ告げる
というスタイルだったようだ。
こういう風に話を聞いてもらったことは、12年間で一回もありませんでした。本当に「一回も」ありませんでした。ありがとうございました。
冒頭にも挙げたこの言葉に、家族と本人の12年間に及ぶ苦しみが、全て凝縮されているように思う。
まとめ
すでにアリセプトは止めており、この12年間で一番良い状態になっている。ココナッツオイル摂取で効果も実感出来ている。自分が行ったことは、
- 面と向かって話を聞く。
- 初診時の診断の根拠は今となっては分からない。ただし、現時点で透視立方体模写や時計描画テストに全く問題がなく、また病識があり長谷川式テストが21点であることを考えると、12年経過したアルツハイマー型認知症とはとても考えられない。
- アリセプトを止めたことは正解である。ただし、 遅延再生は1点という結果に気をつけておく必要はある。
- フェルガードについて情報提供。
これぐらいである。
この方の奪われた12年間を取り戻すことは出来ないが、せめてここからの時間を穏やかに過ごしていけるように、注意深く見守っていかなければならない。
出会ってしまったからには、その責任がある。
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☆その後の経過
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