「それはやり方次第だろうなぁ・・・」
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認知症の早期発見とは?
下記のニュース。
「認知症は早期発見が大切」はナンセンスである かえって弊害多く | ビジネスジャーナル
この著者の言いたいことは良くわかる。しかし、ちょっと極端だなと感じた点もあった。以下、本文より引用しながら考えてみる。
何のための早期発見なの?
早期発見が重要というためには、少なくとも下記の2条件が満たされる必要がある。 (1)正常者と異常者を区別する境界が明確であること (2)早期の患者に対して有効な治療があること
これは、認知症の定義が曖昧で、かつ根本的な治療方法が無い状態で何を「発見」して、何を「治療」しようというのか?ということであろう。以前、当ブログでも指摘したことはあるが、重要な視点だと思う。
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現在の診断基準に合致しなかったら、介入を見送る?
レビー小体型認知症(DLB)を例にとって考えてみよう。以下に診断基準を列挙する。こちらより引用。
- (必須症状)進行性の認知機能低下により、生活に支障を来している
- 中核的特徴(2つを満たせばDLBほぼ確実,1つではDLB疑い) a. 注意や覚醒レベルの顕著な変動を伴う動揺性の認知機能 b. 典型的には具体的で詳細な内容の,繰り返し出現する幻視 c. 自然発生の(誘因のない)パーキンソニズム
- 示唆的特徴(中核的特徴1つ以上に加え示唆的特徴1つ以上が存在する場合,DLBほぼ確実.中核的特徴がないが示唆的特徴が1つ以上あればDLB疑いとする.示唆的特徴のみではDLBほぼ確実とは診断できない) a. レム期睡眠行動異常症(RBD) b. 顕著な抗精神病薬に対する感受性 c. SPECTあるいはPETイメージングによって示される大脳基底核における ドパミントランスポーター取り込み低下
- 支持的特徴(通常存在するが診断的特異性は証明されていない) a. 繰り返す転倒・失神 b. 一過性で原因不明の意識障害 c. 高度の自律神経障害(起立性低血圧,尿失禁等) d. 幻視以外の幻覚 e. 系統化された妄想 f. うつ症状 g. CT/MRIで内側側頭葉が比較的保たれる h. 脳血流SPECT/PETで後頭葉に目立つ取り込み低下 i. MIBG心筋シンチグラフィで取り込み低下 j. 脳波で徐波化および側頭葉の一過性鋭波
例えば「繰り返し出現する幻視」の訴えのみで物忘れ外来を受診した患者さん。
MRIで脳萎縮は目立たず、SPECTでの後頭葉有意な血流低下もなし。MIBG心筋シンチを行っても、さほどの取り込み低下はなし。DATスキャンではわずかに取り込み低下有り。(検査やり過ぎ、という点はこの際置いておきましょう)
このような方は、著者の基準に従うとレビー小体型認知症とは言えないので、介入は見送ることとなる。これは是か非か?
確実に言えるのは、「全ての患者さんが、完全に診断基準を満たして外来に現れるわけではない」ということである。
ひょっとしたらこの方は、今から様々な症状が揃ってくるのかもしれない。そう考えると、この時点で疑って引っかけておくことは、将来に備えるという意味で意義があるのではないだろうか?この時点から薬を開始する云々は、また別の話である。
異常と診断されても、90%は進行しない?
異常と診断された人のうちで1年以内に実際に進行する人は10%程度という研究がある。この研究結果からしても、とにかく早期に発見することが重要とはいえないことがわかる。90%の人が進行しないのなら、そうした人に対する早期発見は効果がないばかりでなく、認知症への不安を植え付けるだけである。
どの研究結果なのか出典が記載されていないので分からないが、これで早期発見が無意味というのはちょっと乱暴な印象。
90%の人が進行しないというのは、自分の臨床感覚からするとあり得ない。ただし、「認知症への不安を植え付けるだけである」という記載には頷けるものがある。
早期発見、早期治療を勧める人たちが、認知症の早期発見が重要だと強調して、多くの軽度認知機能障害の患者を見つけ出し、そうした患者にいろいろな医療を提供し、1年たったところで「全然進行していません。よかったですね」というのである。そうやって何か世の中の役に立っていると考えるようなナイーブな人が、医者も含め多くの医療関係者の大部分だからである。
かなり辛辣な表現である。そして、ここから著者が何に対して警鐘を鳴らしているのかが見えてくる。
人の不安にかこつけて、商売をするな!
恐らく、著者はこう言いたいのではないだろうか?これなら、自分も全くその通りだと思う。
最も悪質なビジネスとは、人の弱みにつけ込んで質の低いモノやサービスを売ることである。「今はいいけど将来は大丈夫かな?」という不安は誰しも持つものだが、 その不安を煽ることに成功すれば、そのビジネスは更に確実となる。
ビジネスそのものを否定するわけではない。良質なビジネスは社会を活性化させる。これから起きる「認知症800万人時代」を乗り切るためには、認知症に関わる業界が如何に「良質な」ビジネスを提供できるかどうかが鍵となる。
今の時期に、悪質なビジネスが横行して一般生活者が認知症に関わる業界を白い目で見るようなことにはなってほしくない。
厚生労働省は、少なくとも早期発見の明確な基準を示すべきである。そうでなければとにかく早く見つければ見つけるほどいいという世の中の風潮に押され、認知症でない人を認知症だと不安にさせ、さらには無駄のコストを強いるだけかもしれない。
「明確な基準」を設けることは、実際は相当困難と言わざるを得ない。まず、ヒトには個体差がある。そして、神経変性疾患には連続性があり、ある時点(この場合、物忘れ外来受診時)の前後で明確な線引きが出来ないことは多々ある。
「疑わしきは罰せよ」ではないが、疑わしいケース全てに投薬するなど論外である。しかし、疑って引っかけておき、ひとまず薬は使わずにその方と一緒に慎重に経過を見ていく、というやり方はある。
また、認知症とはアルツハイマーだけではなく複数の認知症疾患が合併しているケースもあるため、「明確な基準」やガイドライン策定は中々難しいのが現状である。
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- 明確な基準が出来るまでは、早期発見早期介入はしない
- 確実に発症してから治療を始めましょう
もし著者がこのような考えだとしたら、自分は反対の立場である。介入に慎重さが求められるのは当然ではあるが。
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結局、早期発見早期介入はしないほうがいいの?
答えは、「自分ならします」である。現在のスタンスは以下。
- 早期発見したらすぐに抗認知症薬開始、という考えには明確に反対である。
- 発見後の最重要目標を「進行の抑制」に設定して、抗認知症薬を始めることには反対(慎重)である。
- 外来を受診した人の「不安な気持ち」は、そのままにするべきではない。「明確な基準がないから」という理由で、何も提案せずに帰すことはしない。
- 食事や運動の工夫についての提案は、全員に行う。ひとまず薬を使わずに経過をみてみることも、当然ありである。
その人がどうしたいのかを聴き、その希望に対する提案を複数提示することが出来るかどうかが重要だと考える。
過剰診断、過剰介入が起きてしまう原因の一つに、「医師が提示するのが検査や薬のことばかりだから」ということが挙げられるのではないだろうか?
「正解はある。ただし、複数ある。」
というのが、現在の自分の考えです。
☆上の赤文字強調で書いた「発見後の最重要目標を「進行の抑制」に設定して、抗認知症薬を始めることには反対(慎重)である。」については、次回記事でもう少し詳しく書く予定。
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