まず前提として、 手術を受けるかどうかを最終的に決めるのは患者さんである。
医者は、手術のメリットやデメリットについて適切な説明を心がけるのみである。ただし、圧倒的にメリットが大きい場合には積極的に勧めることはあるし、余りにもリスクが高い場合には勧めないこともある。
今回紹介するのは、レビー小体型認知症に特発性正常圧水頭症を合併していた方である。


74歳女性 レビー小体型認知症+特発性正常圧水頭症
初診時
(記録より引用開始)
(既往歴)
糖尿病と高血圧症などで内服治療中
(現病歴)
HDSR17/30で認知症が疑われ、かかりつけから紹介。
笑顔はみえ視線も合うが、レビー感あり。
(診察所見)
HDS-R:14
遅延再生:3
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:12
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:8.5
rigid:あり 右
幻視:あり
ピックスコア:0
頭部CT左右差:なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:やや小刻み
排尿障害:あり 頻尿 子宮脱の影響もあり?
易怒性:なし
(診断)
ATD:
DLB:〇
FTLD:
MCI:
その他:iNPH
DLBにはイクセロンパッチ4.5mgを開始。DESHありiNPHの要素もありそう。タップテスト入院予約。
2週間後
家族から連絡あり、イクセロンパッチを貼りだしてからお腹の調子が悪いと。中止するように伝える。
タップテスト入院〜2週間後の外来〜シャント手術
髄液排除直後では、リハビリ評価で目立った改善は無かった。
しかし、退院後の自覚評価で「足が軽くなった」とのこと。また家族評価では「明るくなり笑顔が増えた、電話対応がハキハキしている」とのこと。タップテスト陽性と判断し、ご家族希望もあったのでLPシャントの予定を組み、滞りなく手術を終えた。
(記録より引用終了)
ガイドラインにおけるタップテスト陽性の基準とは?
特発性正常圧水頭症の治療において、重要な判断基準となるタップテスト(髄液排除試験)。
頭部画像でDESH所見があり、またタップテストが陽性であれば、これはシャント手術を積極的にお勧めできる。
www.ninchi-shou.com
ガイドラインにおけるタップテスト陽性の基準は
- 特発性正常圧水頭症重症度分類で1点以上の改善
- 3m往復歩行検査で10%以上の改善
- MMSEで3点以上の改善
となっているが、自分は2と3を重視している。
この方のタップテストの結果は以下。
(タップテスト前)
3m往復歩行検査:15.01秒
MMSE 14/30点
(タップテスト後)
3m往復歩行検査:13.96秒
MMSE 16/30点
ガイドラインにおけるタップテスト陽性の基準に照らすと、ちょっと微妙である。少なくともタップテストで大幅に改善しているとは言い難い。
しかし、以下の点を重要視してご本人ご家族と相談のうえで、手術に踏み切った。
- 自覚的に足が軽くなっている
- ご家族がみて、活気が上昇している
- 頭部CTではDESHを認める
そして、その結果は・・・
LPシャント手術で劇的に改善。 当面独居継続可能に。
術後1ヶ月目の評価が以下。
(タップテスト前)
3m往復歩行検査:15.01秒
MMSE 14/30点
(LPシャント1ヶ月後)
3m往復歩行検査:12.19秒
MMSE 25/30点
その他の評価項目では、Berg Balance Testが43/56→50/56に。起き上がり動作テストは6.14秒→3.42秒に。FIMは91/126→118/126に、いずれも大幅に改善した。
もしガイドラインを厳格に守って「適応なし」としていたら、この結果には辿り着けなかった。
ガイドラインを厳格に守りすぎると、どうしてもこぼれ落ちてしまう方達が出てくる。そして、逸脱しすぎるとガイドラインの意味は無くなるし、治療における安全性が疑われてしまう。
このバランスをどうとるかで悩むことは多いが、そんな時に思い出すのは勝俣先生のこの名言。
ここ数年で、一番刺さった言葉である。
独居が危ぶまれていたこの方だったが、ひとまず当面何とかなりそう。その間に、ご家族には今後の様々な計画(将来一緒に住むのか、等々)を立てて頂くようお願いした。
正常圧水頭症に変性性認知症が合併している場合の手術適応は?
これに関しては、現在ガイドラインなど何もなく手探り状態である。
自分は、その患者さんに少しでも水頭症の要素がある場合には、本人やご家族の希望があれば積極的にシャント手術を行っている。そして、変性性認知症にはコウノメソッドを用いて治療を行っている。
当院で行う特発性正常圧水頭症に対するシャント手術は、局所麻酔によるLPシャント術(腰椎腹腔短絡術)を選択している。
- 脳を触らずに済む
- 局所麻酔手術である(痛み止めの注射と鎮静剤で行う手術)
上記のような特徴があるので、合併症を持つ方や超高齢者にも適応しやすいというメリットがある。
ところで、シャント手術は行うがアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の診療には携わっていない脳神経外科医に、合併例のシャント手術依頼があったとする。その時の脳神経外科医の脳内には、
この患者さんはレビー小体型認知症と正常圧水頭症の合併みたいだけど、シャント手術でレビー小体型認知症まで良くなるわけではないし、むしろ歩けるようになって徘徊などの危険が増すのでは?だったら、手術はしない方が無難じゃないかな・・・
という考えがよぎっているはず(かつての自分がそうだった)。
そしてその結果、主に歩行面でタップテスト陽性であったとしても「手術適応なし」という判断が下る可能性がある。
変性性認知症(アルツハイマーやレビー)を普段から診ている脳神経外科医がシャント手術を行うことが、効率性の面から見ると理想的である。しかし、中々そうもいかないことが多いと思われる。
もし、認知症を普段から診ているかかりつけ医がこのようなケースに遭遇した場合には、脳神経外科宛の紹介状には
「レビー小体型認知症を合併している正常圧水頭症の可能性あり。レビー小体型認知症のフォローはこちらで行うので、タップテストが陽性であればシャント手術を検討してもらえないだろうか?」
という風に記載してみたら如何だろうか?
紹介先の脳神経外科医の心の中のハードルが、少し下がるかもしれない。
この方の今後の展望
今後は、レビー小体型認知症にどう取り組むかが問題となるだろう。4.5mgのイクセロンパッチは腹痛の副作用で一旦脱落している。
LPシャントでここまで劇的に改善しているということは、認知症の要素としてiNPH>DLBであったのだろう。しかし、シャント手術によってiNPHの要素が改善したので、今後はDLB>iNPHと逆転してくると思っておいた方がよい。
フェルガード内服を勧めたが、残念ながら経済的な理由で無理であった。治療や予防に有効なレベルの糖質制限は、独居であることから無理であろう。
今後、DLBの要素が強まってきた頃合いを見逃さずにイクセロンパッチを再開を検討し、その際には薬剤過敏を考慮して2.25mgで開始する予定である。