鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

過食の原因として、また認知症リスクとしての鉄欠乏について。

 質的栄養失調による体調不良をきたしている患者さん達を診るようになり、そこで得られた知見を認知症診療にも応用するようになった。

 

質的栄養失調については、下記を参考に。

 

www.ninchi-shou.com

鉄不足で過食になる可能性は?

 

以前紹介したこの方。

 

www.ninchi-shou.com

 

その後しばらくして、「過食」を主訴に再診された。

 

一日何度も「ご飯はまだ?」と聞かれ、娘さんがその都度お菓子や果物を食べさせているうちに体重が増えてしまったようだ。

 

ちなみに、この患者さん(80代後半)と娘さん(60前後)、お孫さん(女性、30代)、皆さんかなり「ふくよか」で、炭水化物が大好きとのこと。「貯め込みやすい」という遺伝形質のスイッチが、炭水化物の過剰摂取で押されたのだろうか。*1

 

「間食には、お菓子や果物ではなく、ゆで卵やコンビニのサラダチキンなどのタンパク質を勧めてはどうか?」と提案してみた。

 

それを娘さんは自宅でしばらく実践してみたが、

 

「それはおかずでしょ。私はご飯が食べたいの。」

 

と、ほとんど受けつけてくれなかったと外来でこぼしていた。

 

炭水化物(糖質)への嗜好が極端に強いようで、ご飯だけに拘るわけではなく、お菓子や果物だったら食べるのである。

 

栄養評価目的で採血をしたが、総タンパクは7.1でBUN12.8とタンパク質の摂取分解こそまずまずだったが、フェリチンは14.6と低値であった。

 

フェリチン(貯蔵鉄)が少ないと、エネルギー(ATP)の産生効率が低下する。

 

「糖質摂取→フェリチン不足のため、少量のATPしか作れない→エネルギー不足のため、もっと糖質が欲しくなる→少量のATPしか作れない→以下無限ループ」

 

このような悪循環に陥いり、余剰糖質が中性脂肪に変換され体重が増えていることが予想された。

 

長年鉄不足が続くことのリスクと、ATP産生効率化の重要性

 

胃潰瘍、出血を伴う大けが、その他大手術を受けた既往はなかったので、そろそろ90歳になるこの方は短くても約40年、長ければ約70年ほど鉄欠乏状態で生きてきたことになる。*2

 

"白ご飯にお味噌汁とお漬け物。時々焼き魚や煮物。煮物の味付けは砂糖たっぷりで甘い。漬け物があれば、ご飯は何杯でもおかわりできる。"

 

このような食生活を送ってきた高齢者(しかも認知症)に、タンパク摂取と炭水化物減量の重要性を伝えても、理解して貰うことは難しい。 

 

なので、せめてたっぷり摂っている炭水化物の利用効率を最大化しようと考えて、

 

  • ①ピルビン酸→アセチルCoAを効率化するためのビタミンB1摂取
  • ②エネルギー代謝全般を効率化するための、B1以外のビタミンB群摂取
  • ③採血でフェリチンが低ければ、鉄の内服

 

このような工夫を最近は行っている。

 

ちなみにビタミンB1は、TCAサイクルのコハク酸→αケトグルタル酸にも関与するので、解糖系からTCAサイクルへの橋渡し、TCAサイクルの回転効率の維持、いずれにとっても重要なビタミンである。

 

具体的な処方は、B1補充のためのアリナミンFやベンフォチアミン、B群補充のためのビタノイリン、ビタメジン、鉄不足があればフェルムやフェロミア、といったところ。*3

 

今回の方は、確実に内服出来るのが1日1回という条件なので、次回処方からまずはフェロミア50mgと鉄の吸収を高めるためのシナール(ビタミンC)を、更にビタノイリン50mgという組み合わせを考えている。

 

このような工夫で、自発性や活気が向上してくる方は多い印象である。また、抗認知症薬などとは違い、水溶性ビタミンなので副作用の心配がいらないのはメリットである。*4

 

生活習慣病が増悪する可能性を考えると、過食が望ましくないのは言うまでもない。しかし、間食を与えないと患者はストレスから認知症の周辺症状(怒りっぽくなったりなど)を悪化させてしまう可能性がある。

 

家族としては「生活習慣病のことは気になるけど、好きなものをお腹いっぱい食べさせてもあげたいし・・・」と悩む方が多い。

 

であればせめて、「食べても効率的にエネルギーに変えてもらえばよい」と考えて(割り切って)ビタミン強化を図る方が、結果的には良い方向に繋がりやすい。

 

その他、「フェリチン不足≒ATP産生効率低下」から、

 

「フェリチン不足≒ATP産生効率低下≒神経伝達物質産生低下≒認知症発症(悪化)リスク↑↑」

 

という経路も考えられる(個人的考え)。

 

ATPそのものが神経伝達物質のように振る舞う*5ことを考えれば、二重の意味でATP産生効率化を図ることには意義がある。

 

「抗酸化」と「ATP産生効率化」の工夫。

 

この二つが、自分の診療の核になってきた。*6

 

そして、認知症対症療法の精度を高める工夫も引き続き行っている。

 

認知症とATPの関係

*1:いわゆるエピジェネティクスの発現。興味深いのは、患者さんはアルツハイマー型認知症で、娘さんは精神的には今のところ問題ないものの、大腿骨頭壊死を発症。お孫さん達(皆さん女性)が統合失調症に摂食障害という家族歴。

*2:閉経後からであれば約40年、初潮を迎えてからであれば約70年、という意味。

*3:その他のビタミン群やユビキノン、カルニチンなども使いたいところだが、保険診療かつ認知症高齢者という点で、内服回数や処方数にも配慮した結果、B群補充のみとしている方が多い。

*4:メガドースを行いたいところだが、保険診療内で出せるビタミンの量は雀の涙程度。

*5:「交感神経伝達物質としてのATPの作用機構-摘出血管実験からの考察」 千葉 茂俊

*6:頭痛、肩こり、めまい、うつなど、様々に適応可能。