今回は、ある事情によりいつの間にか抗認知症薬を卒業していた方をご紹介。
薬を続けようが続けまいが、いずれ長谷川式テストの点数などは下がっていく。テストの点数を基準にし続けるよりは、「生活全般の質が低下していないか?」という視点で見続けることの方が大事だと思う。
その視点に立ったとき、抗認知症薬を減量ないしは中止出来る高齢者が、実は相当数いるのだろうと思っている。
87歳女性 アルツハイマー型認知症
初診時
(既往歴)
高血圧症 高脂血症
(現病歴)
10年以上前に夫を亡くした。その後、息子夫婦と同居するもお嫁さんと折り合いが悪くなり、高齢者住宅に入った。そして、長女さん家族と同居する事になった。
10年近く前からアリセプトを飲んでいるが、最近症状が進行してきた。家事動作、片付けが出来ず、いつも同じ服を着る、身なりに構わなくなったとのこと。
(診察所見)
HDS-R:19
遅延再生:0
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:28
保続:ありあり
取り繕い:あり
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:1.5
rigid:なし
ピックスコア:1
頭部CT左右差:なし
介護保険:要介護1
胃切除:胆石の手術
(診断)
ATD:〇
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:
取り繕いと保続が目立ち、遅延再生0点。明るく朗らかで臨床的には典型的なATDと言えるだろう。易怒性は全くないと。頭部CTではシルビウス裂レベルではわずかに左萎縮が目立つが、全体的に左右差なし。海馬や頭頂葉の萎縮は目立たず。
アリセプトの増量や他剤への変更を提案したところ、イクセロンパッチに興味を示された。
残薬消化後に切り替えましょう。娘さんとお孫さんが同席。みな仲が良さそうだ。
2ヶ月後
薬が切れていました。イクセロンで目立った変化はありませんとお孫さん。
今回から9mgに。掻痒感は全くない。ニコニコ機嫌良さそう。
4ヶ月後
食欲亢進
甘いもの好き
HDS-R16.5/30
遅延再生1
メマリー5mg追加。イクセロンは9mgで据え置き。娘さんがフェルガードに興味を持っており、資料を渡した。
先日、大汗をかいて訳がわからなくなったと。意識消失があった?
ニコニコよく笑う方で、DLB感は感じないが、気をつけておく。遅延再生は相変わらず弱い。
6ヶ月後
著変無し。
消化器系がちょっと弱いか。吐きやすいようだ。ゆっくり食べずに掻き込むような傾向ありそう。
8ヶ月後
HDSR18/30
遅延再生2/6
前回よりアップ。周辺症状なく良い経過。
フェルガード100Mを併用している。処方維持。
10ヶ月後
にこにこ穏やか
フェルガードは娘さんも飲んでいる
甘い物好き
日時見当識低下
朝食を食べたことをよく忘れる
体重増加傾向。シャトレーゼの糖質制限スイーツをお勧めした。
初診から1年後
下肢掻痒感、皮膚科にも行ってはいるが。
ヒルドイドを塗ってみて。
昨年から10kgの体重増。HbA1cは6.4。糖質制限を可能な範囲で。しかし、娘さんも甘いもの大好きな様子・・・。ピック的な体重増だが、ピック感はまるでなし。
初診から1年半後
好調を維持。相変わらず食欲旺盛だが、体重増は一段落したようだ。過食で時に噴出様に吐く。
初診から2年経過した現在
先生久しぶり~。名前は忘れたけど、顔は覚えているよ~
と、ニコニコしながら来院された。いつも通院に付き添っていた娘さんが体調を崩したせいで、半年間受診が途絶えていた。
最終処方はイクセロンパッチ9mgとメマリー5mgを2ヶ月分だったのだが、かれこれ4ヶ月は内服や貼付が出来ていなかった計算になる。しかし、目の前にいるその方は、半年前と比較しても全く変わりないように見えた。現在の服薬は、他院からの胃薬のみ。フェルガード100Mは続けていたとのこと。
1年ぶりに長谷川式テストをしてみると、12/30で遅延再生は1/6であった。初診時と比較すると7点低下している。しかし、透視立方体模写と時計描画テストは、初診時と変わらずしっかり描けている。視空間認知は保たれている、ということだ。また、ADLは横ばいで特に大きく困ったことはないとのこと。デイサービスにも楽しく通っている。
この方の娘さんは、初診時の印象ではかなりナーバスであったように記憶している。それが、いつの頃からか
「最近は穏やかで変わりないですね~」
と変化してきた。こちらはその間、あれこれと処方をいじくり回していた訳ではなく、外来でのんびりと世間話をしていただけのように思う。
推測だが、中核症状の急激な悪化に戸惑っていた娘さんだったが、抗認知症薬をアリセプトからイクセロンパッチに切り替えることで病状は小康状態となり*1、そのことによって少し心に余裕が出てきたのだろう。これは、介護に関して「腹が据わってきた」とも言える。腹が据わったことで、多少のことをスルーできる能力を身につけたのかもしれない。
娘さんからは、
「先生、いつの間にか薬が要らなくなることがあるんですかね?」
と聞かれたので、
「そうですね。そのような方はいらっしゃいます。そして、それを決めるのが医者ではなく、患者さんやご家族であることの方が多い気もしますね。」
と話すと、ウンウンと頷きながら何事かを考えているようであった。