患者さんやご家族に対する言葉使い、言葉の選び方には気をつけている。
丁寧に話していればいいというものでもないが、何気ない自分の言葉が患者に多大な影響を及ぼしてしまうことは、医療関係者であれば誰でも経験していると思う。
今回紹介するのは、医者の執拗な念押しが未だに尾をひいている女性である。
86歳女性 抑うつ状態
初診時
(現病歴)
最近気分の浮き沈みがあると相談に。
(診察所見)
HDS-R:26
遅延再生:3
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:22
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:1
rigid:なし
幻視:なし 薬剤過敏なし
ピックスコア:施行せず FTLDセット4/4
頭部CT左右差:なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:抑うつ
10年以上夫の介護をしてきたが、5ヶ月前に夫が亡くなり独居になった。
介護疲れと喪失感からの抑うつ傾向か。病院では常に、『今奥さんが病室を出た瞬間になくなるかも知れませんよ』と医者から言われ続けてきたと。今でも電話が鳴ると「病院から?」と反射的に考えて動悸がすると。
「認知症の可能性は低いと聞いてホッとしました」とご家族。抗鬱薬は使わずにしばらく様子をみたいと。
希死念慮なしで食欲睡眠はまずまず。いつでも御相談を。
(記録より引用終了)
「いつ死んでもおかしくないですよ」と家族に話す時の医者の心境とは?
恐らく次の2つのどちらか、もしくは両方だろうと思う。
- いざという時に出来るだけ家族が受ける衝撃が少なくなるように、前もって伝えて覚悟をしておいてもらおう。
- 「説明が足りなかった」と後で言われたくないから、念を入れて何度も言っておこう。
悪意を持ってそのような言い方をする医者は、まずいないと思う。しかし、結果としてご家族が
今でも家の電話が鳴ると、「病院から!?」と反射的に考えて動悸がします。
このような状況になってしまっているのであれば、その言葉は適切であったとは言い難い。
「後で何か言われたらたまったもんじゃない!」という医療者側の感情を背景に、防衛医療や萎縮医療はもはや常識レベルにまで敷衍している観がある。一時期の異常なまでの医療バッシングのことを考えれば、この業界に籍をおく者としてむべなるかなという思いはある。
防衛医療 - Wikipedia
過剰なバッシングに曝されて悔しい思いをした医療者は、膨大な数になるだろう。
同様に、「医療過誤」で辛い思いをした患者さんやご家族の数もまた、無数にのぼるであろう。
なかには、各々の主張が平行線のままで両者とも救われないケースもある。これは辛い。
どのような話し方や伝え方がいいのか?正解はないのだろうが・・・
自分は大体このような感じで話している。
物忘れ外来で、治療を開始する時
「テストの基準点を少し下回って、またお困りのこともあるようですね。今は大丈夫ですが、来年、再来年のことを考えて今から備えていきましょうか。 」
初回の外来で、その時に自分が考えた全てを話すことはほぼない。
皆さんが一般的な予測通りに病状が進行していく訳でもないし、中には「治った?」としか思えない改善ぶりを示す方もいる。
www.ninchi-shou.com
なので、薬の副作用への注意喚起やご家族の話の傾聴に重点を置いている。
脳卒中患者さんで、死が差し迫っている状況では
「残念ですが、回復の可能性は低く命の危険があります。 いつ急変するかは予断を許しませんので、ご家族のどなたかは必ず連絡が取れるようにしておいて下さい。心労の余り、体調を崩される方もいらっしゃいますので、必ず皆さん交代で休みをとられてください。」
このような話し方になることが多い。
幸い自分は、今のところ訴訟を含めた大きなトラブルになったことはない。
上記の話し方でご理解を頂けているからなのかは分からないし、恐らくは運がいいだけなのかもしれない。
忘れられない経験はある
ご家族たってのご希望で手術を行ったが、残念ながら命を救うことは出来なかった50代の男性のことを、時に想い出す。
患者さんの死亡宣告を行った際に、ご家族から
「人殺し!お父さんを返して!」
と叫ばれた。
理不尽な言葉と今でも思うが、家族を喪った悲しみをどこにぶつけていいか分からない場合、それが医療者に向かうことは往々にしてある。
多くの場合、医療者は静かにそれを受け止めるし、また社会的にそのように期待されてもいる。
こういう世界で我々は仕事をしている。そして、少しずつすり減っていく。
仕事がアウトプットのみになれば早晩燃え尽きてしまうので、一定以上の年齢になれば嫌でもインプットを意識せざるを得ない。
燃え尽き症候群 - Wikipedia
自分にとっては決して消えることのない記憶であるが、家族を喪ったご家族の悲しみもまた、決して消えることはない。
時間が癒してくれることはあるが、それでもやはり消えることはないのである。