「お宅から貰った薬が全然効かないので、もう行きませんから!」
Aさんの奧さんから凄い剣幕で電話がかかってきたと、受付スタッフが困惑した表情で報告に来た。
Aさんは、冒頭の電話がかかってきた3日前に物忘れ外来を受診された80代の男性である。
受診当日のこと。
診察室に入ってきたAさんの奧さんは開口一番、
「この人は昔からキ〇ガ〇なんです。外面は良いくせに、家では急にスイッチが入ったようにキレるので手が付けられません。もう離婚してやろうと思っているんですけど!今日は覚悟してきましたよ!」
「おおおおお、凄い人がきてもうた・・・」
と、こちらも覚悟した。
猛烈な勢いでまくし立てる奧さんの横で、Aさんは弱々しく困ったような笑みを浮かべていた。
妻子に連れられ渋々の受診ではあったのだろうが、一見穏やかに見えるAさんがキレる状況は、にわかには想像できなかった。
一通り診察しても、変性性認知症の要素を積極的に見出すことは困難だった。「病気(≒認知症)に違いない!」と確信を抱きながら、食い入るようにこちらを見つめ続ける奧さんから強烈なプレッシャーを感じつつ、
「病気と断定できるほどのものはないですけどねぇ・・・。年とともに気が短くなる人はいますよね。80過ぎて離婚っていうのも穏やかではないでしょうから、ご主人には少し落ちついて貰う必要はあるのかもしれませんね。ただし、奧さんも言い方に気をつけてみて下さいね。
あまり強い薬だと副作用が心配なので、血圧も高くて怒りっぽい人に効きやすい黄連解毒湯という漢方薬を使ってみましょうか。すぐには効かないかもしれないけど、まあゆっくりやっていきましょうよ。」
このような説明をした。
そして、冒頭の結果に終わった。残念。
あとで奧さんから聞いたところによると、当院から帰る車の中でAさんは
「オレをあんなところに連れて行きやがって、ふざけるな!!!」
と大暴れしたとのこと・・・
病院受診が、逆に夫婦仲を悪化させたのであれば申し訳ない気分にはなるものの、こういったケースに対応するたびに、「そもそも医療が介入するべきことなのか?」という疑念が常に拭えない。
若年から中年カップルなら普通の選択肢であろう離婚が、高齢夫婦だとそうもいかない事情はわかる。
しかし、その"調停"は医療の仕事なのだろうかと考えたとき、「認知症700万人時代」が喧伝されすぎて生じた歪み*1の後始末が医療に託されているのではないか、と思わなくもない。
昔はどうだったのだろう。
想像するに、核家族が固定化される前の大家族時代では、大半のトラブルは息子や息子の嫁さんが窘め、取りなし、またご近所さん達も介入して「まあまあ、ね?」と済ませていたのではないかと思うのだが、自分自身は団塊ジュニアで核家族ど真ん中世代のため、かつての事情については良くわからない。
「自分を困らせる相手は病気に違いない」と思いたくなる心理は昔からあったのだろうし、座敷牢の時代に戻れというつもりも勿論ないが、ほぼ100%と言って良いぐらい
- 夫がキレやすいので妻が困っているが、夫は困っていない
- 妻の言い方が辛辣すぎるが、妻は意に介さない
このパターンで夫が家族に連れられてクリニックを訪れる、というケースに遭遇する度に、「参ったなぁ・・・難しいなぁ・・・」と思う次第である。
ちなみに、こういうケースでは、「お互いが発達障害なのでは?」と感じることも多々あるのだが、今回はそこには触れない。
Fight flickr photo by Mark.Stevenson shared under a Creative Commons (BY) license