本人は受診したくないし、薬も飲みたくない。しかし、家族や入居先の施設は悲鳴を上げている。このような状況でよく用いられるのが、「健康診断を受けに行こうよ」と誘い出す手法である。
90代男性
初診時
(既往歴)
特記事項なし
(現病歴)
(診察所見)
HDS-R:13
遅延再生:2
立方体模写:不可
時計描画:OK
IADL:1
改訂クリクトン尺度:46
Zarit:28
GDS:2
保続:なし
取り繕い:なし
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:ー
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー
頭部CT所見:DESH
介護保険:要支援2
胃切除:なし
歩行障害:ややすり足
排尿障害:失禁あり
易怒性:時に
傾眠:なし
(診断)
ATD:△
DLB:
FTLD:
その他:NPH
(考察)
過去のことを思い出しては興奮し、易怒性を発揮するようなった。約4年前からケアハウスに入居しているが、徐々に他者との折り合いにも影響が出てきているらしい。困ったご家族と施設側が、「健康診断」と称して連れてきた。
頭部CTでDESH(正常圧水頭症の画像所見)を認める。ややすり足で時に失禁があるようだが、それが現在のお困り事ではなく、また年齢からも積極的にシャント手術を勧めるのは難しいく様子見かな。変性性認知症の診断は困難かな。
現在何も内服なし。まずは抑肝散でどうだろうか。易怒性は相当に高いようだが、会話の途中にしばしば「薬なしで元気にやってきたから、薬はいらん。」と話す。
効果があれば嘱託医に。
(引用終了)
その後の流れ
診察室を出るときはにこやかな様子であった。しかし、その後施設へ帰る車の中で猛烈に怒り出したとご家族より連絡があり、以下のようなことが分かった。
- 頭の写真を撮るなんて、オレを痴呆扱いしやがって
- 薬なんか絶対に飲まないぞ
- 採血もしないなんて、健康診断じゃないだろうが
結局、当院受診前よりも状況が悪化してしまった。具体的には、
- 杖を振りかざして威嚇するも「ただ振っているだけだぞ」などとスタッフを嘲弄する
- 「お前等から受け取る薬は飲まんぞ、毒だから」と。「では、自己管理して飲み終わった空袋を渡して貰えますか?」とスタッフが言うと、「空袋だけ渡して、中身はゴミ箱に棄ててもいいんだな」などと屁理屈を言う
- 「用事があるから自宅に電話をしてくれ」と毎日スタッフに要求し、聞き入れられないと大声で怒鳴り威嚇する
- かなりの遠距離にある自宅にタクシーで頻繁に帰ってくるようになり、そのタクシー代が凄い金額になる
このようなことが度々おきるようになってしまった。
これでは施設内で生活を続けていくことは困難である。
その後、精神科病棟への入院を検討しているとケアマネさんから連絡があった。
敗因は?
初診時のクリクトン尺度は46点と、相当に高い介護負担が窺われた。しかし、診察室で目の前に座っているご本人の表情は、非常に穏やかで疎通も良好であった。
取り繕いの可能性は当然あるにしても、認知症というよりは年齢からくる衰え、そして周囲との関係性を色々と拗らせてしまったのかなぁと考えた。
自分が行った説明は以下。
- 今日は健康診断に来てくれてありがとうございました。
- 記憶力テストは13点。ご年齢からは立派な点数だと思います。
- 頭の写真は、特に大きな問題はないと思いますよ。年齢相応だと思います。
- ただ、これからも元気に過ごしていくためのお守り代わりに、この漢方薬(抑肝散)を一日一回だけ飲んでみましょうか?「気分が静まる」と、喜ぶ方は多いですよ。
- もしこのお薬で調子がいいなと感じたら、お近くの病院で出して貰えるようにお手紙を書きますね。
これで納得頂けなかったorz
「採血もしないなんて、健康診断じゃないだろうが」
という本人の発言があったことから、採血をしていたらご機嫌になってくれたのかもしれない。
高齢者を病院受診に繋げるために
「ほら、最近病院にかかっていなかったから健康診断に行くよー」
という言い方は方便としてよく使われるし、実際に有効なことは多い。
ただし理解しておかないといけないのは、保険診療には「健康診断目的で保険診療を利用してはいけない」というルールがある、ということ。健康診断は本来自由診療領域である。
本人を納得させるために、保険を使って何でも検査をすればいいというわけにはいかないが、採血検査はギリギリ許容しうるだろう。なので、今後は「よかったら血の検査をして帰りますか?」といった声掛けはしてみようと思った。
また、ケアマネさんからの連絡票には
脳神経外科とお伝えしなかったことで立腹されたのかもしれない。しかし、そう伝えたら受診してもらえなかったかもしれない。
といったことが記載されていた。これもまた、よくある悩みである。
「頭の病院なんて、受診したくない!」と思う高齢者は多い。このような方には、初診時には敢えて頭部画像検査は行わなくてもよいと思うが、ご家族やスタッフは「何とか診断を!」と意気込んでいることが多い。ここにミスマッチが生ずる。
「何のための検査なのか?猜疑心を持たれたら、その後が続かなくなるかもしれない」
ということは、医者、家族、施設スタッフ、皆が意識しなくてはならない。
ほぼ一発勝負の外来で事前に確認しておきたいこと
今回のケースは、当方の講演会を聞いたケアマネさんが「この先生なら・・・」」と思って紹介してくれた事例である。それが、改善に繋がらないどころかむしろ受診で状況が悪化してしまったことを考えると、非常に申し訳なく思った。
今回のことを当院スタッフ間で協議した結果、遠方からの診察依頼があった際には
- 通院が可能なのか?それとも診断をつけるだけの受診なのか?
- 頭部CTを施行すると怒る可能性があるか?
- 長谷川式テストや透視立方体模写などを行うと、怒る可能性があるか?
- 採血や心電図を施行したら喜ぶか?
このようなことを事前に確認することにした。
もし、「通院は不可能、頭部CTは多分無理、長谷川式テストも多分無理」ということが事前にわかっていれば、無理矢理受診させると逆効果になる可能性があることをあらかじめお伝えしなければならない。
受診を強行して逆効果になるよりは、ご家族相談でひとまずお越し頂いて状況を確認し、その見立てを近医やかかりつけ医に伝えて対応を依頼する、という方法もある。
本人が希望しないこと(物忘れ外来受診)を周囲がさせるためには様々な配慮が必要なのである。
あとひとつ、受診に際して確認しておくべきこととして、
「薬を飲んでくれる方なのか?」
ということが挙げられる。
受診に際して超えなくてはならないハードルは幾つかあるが、内服可能かどうかは最も高いハードルの一つと言える。
(flickr photo by A. Strakey https://flickr.com/photos/smoovey/3542145475 shared under a Creative Commons (BY-ND) license)