元々コミュニケーション障害があるなら、より重要となるのは周囲からの問診
認知症の定義では、「後天的な障害」ということが挙げられている。
先天的、後天的に様々な障害を持ちながら高齢化していく中で、臨床的には認知症を発症したと思われる方は多い。以前当ブログでも報告したことがある。
今回は、先天的に聴覚障害があるものの、これまで問題なく社会生活を送ってこられた方をご紹介。
(記録より引用開始)
初診時
(現病歴)
聴覚障害で手話によるコミュニケーション。手話協会の方とお嫁さんが同席。
お嫁さん夫婦と同居。日中は障害者施設の送迎で施設にて過ごしている。そこからは特にもの忘れのことは言われていない。家族から見て、言った言わないが増えた、怒りっぽくなった、とのこと。
本人は穏やかな様子。礼節を保っている。
(診察所見)
HDS-R:施行不可
遅延再生:
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:8
保続:?
取り繕い:?
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:1
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:0
頭部CT左右差:なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:少しあり?
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
MCI:?
その他:
コミュニケーションの問題でHDSRは施行不可。頭部CTで特記所見なし。
ADLは完全に自立。積極的投薬対象とはし難い。お嫁さんも息子さんも手話はあまり達者ではないようで、その結果コミュニケーション不足の可能性はあるかも。
家族は内服希望あり、本人はなし。フェルガードを勧めたら両者とも納得された。3〜6ヶ月ごとで受診を。
(引用終了)
臨床心理検査が困難な方の診察
前もって、手話協会の方を同伴して来られた準備の良さが有り難かった。長谷川式テストも、手話者を介してやってみても良かったのかもしれないが、やりとりに要する時間とその日の外来の混み具合を考慮して割愛。
この日得られた情報を整理すると、
- 家族から見ると心配なところがあるが、手話の達者なスタッフがいる施設側から見ての最近の変化はないようだ。
- 問診から拾えたレビースコアは1点。真面目さと食事のムセ。幻視やパーキンソニズムは認めない。薬剤過敏もない。
- 問診から拾えたピックスコアは0点。
- 頭部CTで、強く印象に残る所見は無かった。
これらの情報から、少なくともこの方がレビー小体型認知症や前頭側頭葉変性症である可能性は非常に低いということは分かった。
診断に悩んだ場合の対応
では、アルツハイマー型認知症の可能性はどうだろうか?
- 時計描画テストと透視立方体模写は問題ないので、視空間認知は保たれていると予想出来る。
- 遅延再生がどうかの情報は欲しいところだが、長谷川式テストが出来なかったので諦める。
- 第三者の手話を介してのコミュニケーションでは、特に問題を感じなかった。その時の家族の様子を見ていても、特に取り繕いをされて困っている様子は無かった。
- ADLは完全に自立しているが、本人には記憶力低下の自覚はあるらしい。
この結果から、アルツハイマー型認知症の可能性は低いと考えた。ただし、軽度認知機能障害(MCI)の可能性はわずかに留保した。共に暮らす家族が感じる違和感は、やはり重視するべきである。
正常〜MCIと考えた場合の対応として今のところ、
- 食事と運動療法で三ヶ月後にフォロー
- 上記に加えてフェルガード100Mを併用しつつ、三ヶ月後にフォロー
このようなフォローの仕方をとっている。
この方はご希望もあり、フェルガードを使用して三ヶ月後に再診予定とした。
次回も手話者とご一緒であれば、手話者を介した長谷川式テストを行ってみたい。