慢性硬膜下血腫=即手術というわけではない
脳神経外科領域において、慢性硬膜下血腫は日常よく遭遇するありふれた疾患である。
比較的低侵襲な手術だが症状は劇的に改善するので、ご本人やご家族からは喜んで頂ける。
ただし、必ずしも手術を必要としない、または手術に伴うリスクが高い症例もあり、そのあたりは慎重に見分ける必要がある。
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お約束の足組み。頭部CTで猛烈な萎縮あり。 |
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徐々にだが画像上の改善を認めている。 |
91歳男性 ピック病+慢性硬膜下血腫
初診時
近医から慢性硬膜下血腫で紹介。
元々高度認知症でコミュニケーションはとれない。ここ数日で足腰が立たなくなってきたとのこと。
- 疎通不可
- 使用行動著明
- 易怒性高度
- 軽度右片麻痺 4+/Ⅴ
右上下肢軽度麻痺あり、体幹は右にやや傾斜。
頭部CTで両側CSDH、左>右。軽度shiftを呈しており十分手術適応だが、点滴ルート確保すら困難な易怒性あり。
術中及び術後の安全性の確保が懸念される。 認知症病型診断はピック病。息子さんのベルトが目の前で動いているのを手で追いかけている。これまで認知症病型診断は為されておらず、長期間抑肝散のみの処方であったと。
抑肝散は中止してウインタミンでの陽性症状コントロールを開始する。慢性硬膜下血腫対策で五苓散も併用する。
10日後再診予定に。それまでに意識レベル低下や麻痺の増悪をきたすようなら来院を。そのタイミングで穿頭術とする。
10日後
別人のように落ち着いている。
足腰も少しよくなっていると。相変わらず疎通は困難だが。頭部CTでわずかに血腫圧排は改善傾向かな。なんとか手術をせずに逃げ切れるかも。奥さんは涙を流して喜んでいる。次回は5週間後。
その5週間後
目立って穏やかになったのはウインタミン効果。頭部CTは血腫量は変化なし。麻痺の左右差もほぼなし。
処方は継続、右麻痺出現時で手術予定は変更なし。
更に4週間後
穏やかにニコニコ。処方継続。次回は頭部CTを。
更に4週間後
「日中の傾眠が少し増えたかな」と息子さん。
易怒性はたまに発揮。以前ほどではないと。頭部CTでCSDHはやや消退傾向。何とか手術せずに逃げ切れるかな。採血で脱水や肝機能異常なし。
(引用終了)
慢性硬膜下血腫は、「治りうる認知症」とよく言われるが・・
慢性硬膜下血腫は特発性正常圧水頭症と共に「治りうる認知症」の一つとしてよく取り上げられ、適切な治療で「治る」とされている。
ただし、実際のところ「認知症と思われていた方が実は慢性硬膜下血腫で、手術をしたら認知症症状も治った」などという例は滅多になく、
- 最近フラフラするようになった
- 右手右足(逆も勿論有り)の動きが鈍くなった
- しつこい頭痛がある
という訴えで受診されることが殆どである。
便利な青木式ツイストドリル
慢性硬膜下血腫の手術は通常、局所麻酔下でこのようなドリルを用いて頭蓋骨に小さな穴を開けて行う。
術後は血腫腔(血腫があったスペース)にドレーン(管)を一本留置して、一晩様子を見る。翌日の頭部CTで問題なければ、ドレーンを抜く。
通常このような流れであるが、認知症患者さんで問題になるのは、ドレーンの留置である。
患者さんがドレーンを自分で抜いてしまう危険があるため、ベッド柵で手を抑制しなくてはならないことが多い。 そうすると、抑制の意義が理解できないため興奮してしまう。
あまりにも興奮が強ければ、鎮静剤を使って一晩経過を見ることもある。当然だが、そのような場合は薬剤により呼吸が抑制される恐れがある。
慢性硬膜下血腫の手術自体のリスクは低い。しかし、認知症患者さんの場合、術後管理まで含めると様々な問題が起こりうるのである。
そこで便利なのが、この青木式ツイストドリル。
ワインのコルクオープナーのようなもの、とイメージして頂けたらよい。
皮膚切開が不要で、ドレーン留置も不要なので、超早期退院も可能(翌日退院する人もいる)。
認知症を合併している慢性硬膜下血腫の方には、とても有用な手術器具である。
自分は、頭部CTの画像をよくみて
- CTで血腫が均一な場合、青木式ツイストドリルを用いる
- CTで血腫が不均一な場合、血腫腔が多房性であることを示唆するので、そのような場合には通常の穿頭術を行う
このような使い分けを行っている。
ごく一部の脳外科医しか行っていない手技だが、術後抑制不要という絶大なメリットがあるので、もっと広まって欲しいと思う。