鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】減薬、トラゾドン、機を見ての抑肝散加陳皮半夏で落ちついた94歳女性。

 

今回紹介する方の処方ポイントを、簡単にまとめる。「何かを足したら、何かを引く」のはいつも通り。

 

  1. 抑肝散はタイミングが大事
  2. ベンゾジアゼピンの多重処方は避ける
  3. トラゾドンの抗不安作用・睡眠作用は侮れない(特に高齢者) 

 

抑肝散の使い方については、次回まとめる。

 

94歳女性 加齢に伴う抑うつ

 

初診時

 

(現病歴)

 

2年前に夫を喪い独居となった。

 

昨年、帯状疱疹で入院。退院後は独居困難だろうということでサ高住に入居となるも、不眠不穏になったため〇〇病院を紹介され受診した結果、アルツハイマー型認知症の診断を受けた。抗認知症薬は処方されなかった。

 

その後、現在の有料ホームに転居。

 

ADLはほぼ自立だが、不安や悲観的言動が目立つ。他者と関わっていたら安心するようだが、自室で一人になると不安に駆られる。

 

夜間に不安の訴えが多い。その際の表情は苦渋ではなく無表情。かかりつけ医に相談したら抑肝散が開始となるも、好変化なし。

 

エチゾラムが処方されるも好変化なし。頓服メイラックス1mg、リスペリドンなども処方されているが、好変化なし。

 

(診察所見)
HDS-R:19
遅延再生:2
立方体模写:OK
ダブルペンタゴン:OK
時計描画テスト:OK
IADL:1
改訂クリクトン尺度:18
Zarit:8
GDS:7
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
DLB中核症状: 0/4
rigid:なし
幻視:なし
FTD中核症状: 0/6
語義失語:なし
頭部CT所見:特記所見なし
介護保険:要介護2
胃切除:なし
歩行障害:年齢相応
排尿障害:なし
易怒性:なし
過度の傾眠:なし

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:

(考察)

 

変性性認知症ということはないだろう。

 

事前情報にあるように、確かに不安を強く感じさせる言動が診察室内でも多発。


施設希望は、まずは夜間良眠とのこと。


夕食後内服は18時頃で、0時頃までに自室から3回コールあり。今のエチゾラムやレンドルミンが効いている印象は全くないと。抑肝散も効果なしと。

 

超長時間ベンゾジアゼピンのメイラックス1mgを頓用で用いても無駄かな。メイラックスは0.25mgで朝定期内服とし、併せて甘麦大棗湯も朝に入れて日中不安対策とする。

 

夕食後にはクエチアピン12.5mg。エチゾラム0.5mgは0.25mgに減量し次回中止予定。眠前薬はベルソムラ。これでひとまず2週間。SL(スーパーライザー)併用で。 

 

3週間後

 

夜間は良眠出来るようになったが、起床後すぐに不安になると。


夕食後の内服で落ちつくのはクエチアピン効果かエチゾラムか。エチゾラムだとしても減量卒業は目指した方がよいと思われ、今回更に減量して0.125mgにする。

 

代わりに朝のメイラックスを0.25mg→0.5mgに増量し、かつ朝食後→起床後に変更して不安対策とする。甘麦大棗湯は人参養栄湯に置き換えて活気上昇を期す。

 

戦前の思い出話が豊富。

 

2週間後

 

前回処方変更後10日間ほどは朝も落ち着き調子が良かったが、受診前3日間は大崩れ。今朝は良かったと。

 

起床時の内服で、8~11時ぐらいまでは元気だと。昼から腰折れすると。
昼食前に人参養栄湯追加。

 

エチゾラム減量にて寝付くまでに少し時間を要するようになったようだが、いったん今回で中止してみる。

 

代わりにクエチアピンは1.5Tに増量する。一回寝たら、トイレで2回ほど起きるも朝までは大きな問題は発生しないと。リフレックス0.25Tはありなのかどうか。

 

エネルギーを増やしたい。

 

2週間後

 

日中の不安言動はほぼ消失。前向きな発言も聞かれるようになっていると。


これは人参養栄湯効果とみるべきか。

 

夜間不穏は、自分が何も出来なくなっていくという実存への不安から、亡くなったはずの実母の心配といった家族の安否を気遣う内容に変化してきた。

 

この質的変化は悪くはない。

 

夜勤者から日勤者への申し送り内容は減り、またご家族からも「最近は安心しています」との声も聞かれ、状態は上向きと考えて差し支えはないかな。

 

下腿浮腫対策で五苓散。夜間睡眠対策はクエチアピンを減量しトラゾドンを12.5mgで開始。

 

3週間後

 

採血で甲状腺機能を確認するも問題なし。
五苓散投入で好変化なく、一旦終了に。

 

同伴スタッフの観察と他スタッフの観察にズレがある。施設の複雑な事情がありそうだが、聞くべきは同伴スタッフの意見かな。

 

夜間睡眠に至るまでの不安対策は必須。トラゾドンを12.5mg→25mgに増量し、クエチアピンは撤退、ジアゼパム1mgを開始。


ジアゼパムを入れる代わりに、朝のメイラックスは終了。毎日面会に来る家族の「他の人に迷惑をかけたらダメ!」という言い聞かせは、不安を煽ることになっていそう。

 

2週間後

 

日中は大分良い感じ。これは人参養栄湯効果とみたいところ。ただし、他者への過剰介入も出て反撃を喰らうことがあるらしく、昼の人参養栄湯は中止にしてみる。

 

おおむね良いが、睡眠はまだ課題。入眠困難で不安になりウロウロ。
ベルソムラ増量は転倒リスクを懸念するスタッフにより採用不可。

 

代わりにトラゾドン増量で対応する。25mg→37.5mgに。


昔、自宅で音楽を教えていたのだと。レコードが自宅に沢山有る。持ち込み自室で流すことで不安軽減に繋がらないか?

 

5週間後

 

かなり落ちついたようだ。

 

現状維持で大丈夫、と同伴スタッフ。排尿回数の多さをウリトスなどで追いかけると浮腫増悪を来す恐れあり。五淋散などはどうか?

 

4週間後

 

初診とは別人の安定ぶり。

 

21時には入眠できており、不安言動は消え落ちついている。

 

朝食後に机に伏せて元気が無いように見えることはある。ここは人参養栄湯の時間をずらすことで対応したいと。

 

同伴スタッフにかかりつけ医に戻すことを提案したが、当院継続で大丈夫とのこと。

 

介入から半年後

 

夜間睡眠は問題なしと。

 

日中他者に対してお節介になりすぎることがあり、それが朝の10時頃だったので人参養栄湯を起床時から朝食前にしてみたら、今度は攻撃的になった。

 

中止して様子をみていたら、明らかに不安言動が増えてイライラするようになった、とのこと。

 

ここで抑肝散加陳皮半夏を試す。

 

風邪症状あり。気分安定まで狙って香蘇散を処方。

 

3週間後

 

他者への必要以上の介入がなくなり、穏やかに座っていられるようになったため、周囲の空気に溶け込みスタッフの目に留まることがなくなった。新入所者が話を聞いてくれることも好影響かな。

 

夕方から眠前までの間はコール頻回だが、1回寝たら1~2回トイレに起きて自分で用を足し、また睡眠に戻れている。

 

ピアノを弾くようになった。ふさぎ込むことも減った。

 

抑肝散加陳皮半夏は著効でいいだろう。

 

4週間後

 

「ほぼ完璧な状態です」と同伴スタッフの評価。

処方維持。

 

5週間後

 

相変わらず、完璧な状態で維持出来ているとのこと。

処方維持。

 

(前医処方)

 

  1. ロフラゼプ(1)1T1X 不眠時頓用
  2. リスペリドン内用液(0.5) 不安時頓用
  3. エナラプリル(5)1T1XM
  4. アムロジピン(5)1T1XM
  5. フロセミド(10)1T1XM
  6. プラバスタチン(5)1T1XM
  7. エチゾラム(0.5)1T1X眠前
  8. ブロチゾラム(0.25)1T1X眠前

 

(最終処方)

 

  1. ツムラ抑肝散加陳皮半夏1P1X起床時
  2. ジアゼパム(2)0.5T1XA
  3. トラゾドン(25)1.5T1XA
  4. ベルソムラ(10)1T1X眠前

 

(引用終了)

 

処方はタイミング
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