鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】夜中に叫びながら自傷行為を繰り返していた80代男性。

他院より転医してこられた80代男性のAさんを紹介する。

 

約20年前に脳幹出血を発症して以降、Aさんは人が変わったようになってしまった。軽度の麻痺と体幹失調が後遺したが、それらの身体症状よりも、夜の叫びや自傷行為が止まないことが家族の悩みだった。

 

取り組んだ結果は後段に記すが、今回のポイントは、自傷行為をどう捉えるかだった。

 

リストカットが代表的だが、それが身体的なものであれ精神的なものであれ、辛い目に遭っている人は、何かを引き換えにして辛さから逃れようとする。

 

自傷することで何と取引をしているのだろうと考えた時、Aさんの原疾患が脳幹出血*1だということに思いが及んだ。

 

脳幹出血や脳幹梗塞後に、レム睡眠行動異常(RBD)や、restless legs syndrome*2を合併することがしばしばある。

 

ちなみに、脳幹が変性していくパーキンソン病やレビー小体型認知症においても、RBDやRLSは高頻度で合併する。脳幹は、睡眠や覚醒、感覚を統合する上で重要な場所ということである。

 

「Aさんの自傷行為は、RLSの痛みや不快感を紛らわせるための対処行動(コーピング)ではないか?」

 

そう考え処方を組み立て、今回は結果を残すことが出来た。良かった。

 

80代男性 脳幹出血後

 

(既往歴)


約20年に脳幹出血
約5年前にLPシャント手術

 

(現病歴)

 

約20年前に脳幹出血で左片麻痺と左視力障害?が後遺。直後から現れた精神症状のため、一時は精神科に入院していた。しかし、特に改善なく退院となり、以降は外来でフォローされてきた。

 

夜間の叫びで本人家族が眠れない状態が何年も続いている。「なんをすっとよ!」と叫びながら自傷行為を働くことがしばしばあり、奧さんはハサミや包丁、爪切りなど怪我に繋がりそうなものは隠している。

 

「近所に虐待していると思われてはかなわないから・・・」と、奧さんは自宅のあらゆる窓を二重窓にしている。

 

とにかく、夜しっかり寝て欲しいというご希望。「家族のために一生懸命働いてきてくれた夫なのに・・・」と奧さん涙。

 

(問診)

介護保険: 要介護3
サービス利用: なし
易怒性: なし
日中傾眠: あり
迷子: なし
易転倒性: なし
頻尿・尿失禁: なし
DLB中核症状: 2/4
FTD中核症状: 1/6
薬の希望: あり
サプリの希望: なし
病名が知りたい: なし
改定クリクトン尺度: 23/56
IADL: 1/5
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HDSR:7/30
遅延再生:0/6
取り繕い: なし
保続: なし
立方体: 不可
ダブルペンタゴン: 可
時計描画:  10時10分デジタル表記 文字番記入なし
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(問診者自由記載欄)

 

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(診断)
ATD:
DLB:
FTD:
その他:

(診察所見)

 

不安定な失調性歩行で入室。笑顔。

 

前医の見立てはFTD+VaD(前頭側頭型認知症と脳血管性認知症の合併)。

 

HDS-Rは7/30と高度低下。診察室内での発語はほとんど見られないが、こちらの言うことは結構分かっている様子。眼球運動に併せて首も上下させるのは、脳幹出血の損傷が中脳に及んでいるということなのか。

 

頭部CTで脳底部はアーチファクトで分かりにくいが、脳幹出血は橋出血だったのかな。その他、シルビウス裂拡大や中等度以上の海馬萎縮を認める。約5年前にLPシャント術を受けているが、シルビウス裂拡大で水頭症と診断されたのかな。術後に特に好変化は見られなかったとのことなので、水頭症要素は少なかったのだろう。

 

「折角来てくれたから、一緒に写真を撮りましょうよ」と促すと、マスクを自ら外して撮影に臨んでくれた。前頭側頭型認知症とはし難い雰囲気。 脳血管性認知症的な、感情失禁表情も認めない。

 

「脳幹出血をしてから徐々にではなく、一気にガラッと変わってしまった」とのことなので、変性疾患寄りに現状を理解するのは困難。

 

夜中の叫びは脳幹出血後から認めるようになったとのことで、RBD(レム睡眠行動異常)の存在は恐らく確実だろうが、経過中に大声で騒ぐだけではなく自傷行為がみられるようになったというのは独特。

 

「爪切りなどで自分の足を傷つけながら騒ぐ」というのは、RBDだけでは説明困難。RLS(レストレスレッグス症候群・むずむず足症候群)が合併しているかもしれない。

 

自傷行為は、RLSによる何とも言えない不快感・痛みを和らげるための対処行動(コーピング)ではないだろうか。

 

脳幹出血により上行性網様体賦活系が障害を受けた結果、覚醒リズムが乱れRBDとRLSを合併して今の状態に至ったと考える。

 

サアミオン3T3X中止。恐らく、夜間不眠からの日中傾眠を奧さんが訴えたら処方されたものと思われる。

 

コントミン12.5mg2Xも中止。前頭側頭型認知症と診断されているので、興奮に対して処方されているのだろうが、家族が感じる効果はない。

 

夕方のクエチアピン25mgは50mgに増量し夜間対策とする。RLSにはプラミペキソール0.125mgで対応する。

 

眠前ベルソムラ15mgは全く効いていないとのこと。RBDがある人なので、一気にノンレム睡眠までもっていくためにはオレキシン2受容体をブロックする方が良いだろう。ベルソムラはデエビゴ5mgに変更する。

 

リバスチグミンテープ4.5mgが使われている理由は不明。日中覚醒を促したかったのかもしれないが、コリン作動性ニューロンを介してRBDを悪化させる可能性を考慮し中止。

 

これで3週間。

 

3週間後

 

家族代理受診。

 

夜間休めるようになった。日中は周囲に目を向けることが増えたようだが、これはコントミン中止の好影響だろう。サアミオン中止の悪影響はなさそう。

 

食事中の手遊びが目立つと。ワンプレートでの食事提供を試してみて。

 

自傷行為が減っていると。やはりRLSへの対処行動だったか。プラミペキソールを増量。

 

奧さんとても嬉しそう。

 

4週間後

 

家族代理受診。

 

19時半から5時半までぐっすり寝てくれるようになった。自傷行為なく中途覚醒もなし。

 

自宅1階が家業の仕事場になっているが、脳幹出血をしてからおよそ18年ぶりに仕事を手伝ってくれた。たまたま実家に帰ってきていた息子さんが、その様子を見て驚愕していたと。

 

また、実姉から電話がかかってきた電話に出て、「元気にしているか?」と訊ねたことに実姉が感激していたと。

 

「家族みんな感謝しています。やっと救われた想いです。」と奧さん涙。

 

処方維持。良かったですね。

 

(前医処方)

  1. アムバロ配合錠1T1X朝食後
  2. クエチアピン(25)1T1X夕食後
  3. アムロジピン(2.5)1T1X夕食後
  4. ベルソムラ(15)1T1X眠前
  5. コントミン(12.5)2T2X朝夕食後
  6. ニセルゴリン(5)3T3X毎食後
  7. リバスチグミンテープ(4.5)1枚
  8. コントミン(12.5)0.5T 不穏時屯用

 

(最終処方)

  1. クエチアピン(25)2T1X夕食後
  2. プラミペキソール(0.125)2T1X夕食後
  3. アムロジピン(2.5)1T1X夕食後
  4. アムバロ配合錠1T1X朝食後
  5. デエビゴ(5)1T1X眠前

 

(引用終了)

 

むずむず足症候群 頭部画像

 

*1:延髄・橋・中脳を総称して「脳幹」と呼ぶ

*2:むずむず足症候群・下肢静止不能症候群のこと。