息子さん夫婦と暮らす、80代のアルツハイマー型認知症の女性。
診察室の中では常に笑顔で、愛想よく話す。その様子を、同伴のご家族は醒めた目で眺めている。
80代女性 アルツハイマー型認知症
家に帰ると、診察室での愛想の良い態度は一変する。「なぜ私が病院にいかなくてはならないのか?」と、家族に尋ねる。
週に3回はデイサービスに行くが、デイサービスでも愛想は良い。連絡帳にはいつも、「今日も元気に過ごしておられました。食事もしっかり召し上がっています。」と書かれる日々。
しかし、家に帰ってくると元気はなく、すぐにソファーに横たわる。デイのない日には、日中うとうとすることが増えている。
ある日の午後。
いつものようにデイサービスから帰宅すると、家の床にトランプを並べはじめた。静かに、一言も発することなく、ただただ並べる。並べ終わったら、また最初からやり直す。
トランプ並べはかれこれ、2ヶ月以上続いているようだ。
「あの様子をみていると、自分までおかしくなりそうです。」 と話すお嫁さんは、トランプ並べが始まると庭に出て見ないようにしている。
認知症患者さん達が見せる常同行動。
同じ行為を繰り返したり、同じ姿勢をとり続けたり、同じ言葉を発し続けたり。デイサービスに行くと、必ず決まった場所に座り動かない人がいるが、あれも一種の常同行動であろう。
無害な常同行動は、そっとしておくに限る。いつまでも続くことはなく、そのうちに熄むことがほとんどである。
不安を感じると特定の行動で気を紛らわす人は多い。
「いらいらしてくるとしきりにボールペンをくるくる回す」人もいれば、「庭の草むしりをしていると、だんだん心が落ち着いてくる」という人もいる。
反復行動は、人を無心にさせてくれる。
何もせずに無為に時間を過ごすことは、アイデンティティを保つうえで結構な試練なのかもしれない。
常同行動のある患者さん達は、その常同行動で自分のアイデンティティを必死に守ろうとしているように、自分には思える。
この"アイデンティティ保持の為の常同行動"という観点は、治療の重点を投薬におくのか、それとも介護の工夫におくのか、方向性を決める上で重要だと思っている。
無害な常同行動を無理に薬で押さえ込もうとするのは止めた方がよい。それをやると、患者さんの活気そのものが失われてしまう。